⑥ 予測と博打
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「Arch。Whip。 Spear」
ヤマダの命令でセバスチャンが次々に武器や足場を作っていく。
ラプラスの瞳は超高速に零と一の世界を表示し、ヤマダはその中から直感的に未来を予測していた。
前方、博士帽子を被ったキョンシー、トレミーとそれに抱えられた褐色の女性、アニがセバスチャンの血の攻撃を避けようと動く。
――右に二歩。後ろに半歩。
しかし、ヤマダの眼は敵が逃げる先を予測する。
「トレミー、守って」
「任せろ」
避けられぬと悟ったのか、トレミーがアニを守る様に半身を突き出し、セバスチャンの血の槍と鞭を受けた。
ブシュウウウウウウウウウウウウウ!
槍が右肩に刺さり、血を噴出させる。
――浅い。かなり皮膚が硬いみたいですね。
しかし、噴出した血液量は少なく、有効なダメージには至らない。
どうやら、トレミーの体は戦闘用にチューニングされている様だ。
セバスチャンは攻撃力に優れたキョンシーではない。身体能力もそこまで高い方ではなく、トレミーの様な大型で硬いキョンシー相手は苦手である。
「こういう時、正義バカが居れば、話は簡単なのデスけれどネ」
京香と霊幻は今別件で戦っている。ならば嘆いていても仕方がない。
「回――」
「BD5」
「――れ!」
キイイイイイイイいいイイイイイイいいン!
トレミーのPSIが発動する直前、セバスチャンが後退し、ヤマダ達はギリギリでテレキネシスを回避する。
「本当に魔法みたいに躱しますね」
もはや天晴れとでも言うかのようにアニが唇を歪めている。彼女には今ヤマダがトレミーのPSI発動を予知していたかの様に見えたのだろう。
「ただの予測デスヨ。あなたにだって時間をかければできマス」
――取るべき距離は六メートル七十三センチ。
ラプラスの瞳からヤマダは解析し判断する。トレミーとセバスチャンの身体スペックの差、PSIの能力の違い、その他地形条件を考慮し、敵と取るべき最低な攻撃位置はこれだ。
首に回した指でセバスチャンのうなじをなぞり、セバスチャンへ指示を送る。
「仰せのままにお嬢様」
血の燕尾服を纏った老紳士が躍動する。
右に左に、前に後ろに。そう示し合わせたかのように、ヤマダとセバスチャンはトレミーの攻撃を避け、生み出した槍や鞭でトレミーの体を着実に削っていった。
「トレミー、私の事は良いです。前に詰め続けて」
「了解だ! 我にちゃんと掴まっていろ!」
アニの指示にトレミーがヤマダ達へと一気に踏み出す。
「正解デス。ワタシ達の苦手な所を良く分かっていマスネ」
ヤマダ達の弱点は身体の貧弱さにある。ラプラスの瞳による圧倒的な予測能力、セバスチャンのハイドロキネシス、その二つを併せ持つが、セバスチャンの体の改造は戦闘用キョンシーとすれば最低限だ。
「回れ」
「LD2」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
不可視の力場をヤマダは避ける。局所的な出力ならばB+を超えるテレキネシス。
一度でもまともに食らえばヤマダ達は戦闘不能だ。セバスチャンのハイドロキネシスではトレミーを倒すのに百数の攻撃を当てなければならないと言うのに。
「Entangle」
血の鞭が分裂し、触手となってトレミーとアニに絡み付く。
「シッ!」
だが、トレミーが右腕を振り、力任せに触手を引き千切る。
「中々の剛腕。正義バカ並みデスネ」
「褒めていただき感謝する!」
トレミーが腕を伸ばす。ヤマダの指の指示を受けたセバスチャンが一定の距離を保ち続ける。だが、最高速度は敵が上。セバスチャンの腱がミシミシと悲鳴を上げていく。
ヤマダとセバスチャンはアニとトレミーを圧倒している様に見える。だが、それは薄氷の上でダンスしている様な物だ。
一手読み間違えれば終わり。ヤマダはガチャガチャとラプラスの瞳のダイヤルを回した。
零と一の奔流が加速する。視覚を焼き、脳を痛める程の情報量。それらをヤマダは涼しい顔で処理していく。
――長時間は不利ですかね。貧血でクラクラしますし。
ヤマダ達のもう一つの弱点がこれである。セバスチャンがPSIを使うには一定量以上のヤマダの新鮮な血が必要だ。けれど、当然ながら血を抜かれたヤマダは貧血と成り、思考が鈍ってしまう。
「セバス、オカワリをお飲ミ」
「いただきますお嬢様」
けれど、ヤマダはセバスチャンへ追加の血を提供する。
ブシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
更に顔を白くして、ヤマダはセバスチャンが扱える水の量を増やした。
「ッ、死ぬ気ですか?」
「それくらいの方が気持ちイイんデス」
貧血で鈍りそうになる思考。表情を崩さず、ヤマダはセバスチャンへ命令を送り続ける。
「進みなさいトレミー、こっちが有利です」
「回――」
「FD7」
「――れ!」
キイイイイイイイイイィィィィィィイイイイイイイイイイイイン!
未来を予測して、ヤマダとセバスチャンは前に出た。六メートル七十三センチ。保っていた絶対的に安全な距離を捨て、一瞬にして一メートル先にまで敵と近づく。
「ッ」
アニが眼を見開く。ここまでの戦闘でこの女が純粋な戦闘員で無いと分かっていた。
――あかねを思い出しますね。
一瞬の郷愁がヤマダの胸に浮かび上がる。あのいつまでも自分を妹分と扱っていた女は今の様に戦っていた。
「Wing」
ブシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
セバスチャンの血がトレミーを包み込む程に大きく広がる。
「Entangle」
グネグネグネグネグネグネグネグネグネグネグネグネグネグネグネグネ!
瞬時に翼が分裂し、四方八方にトレミーの体へと絡み付いた。
「引き千切りなさい!」
ブチブチブチ! トレミーが腕を振るい、数本の触手が千切れるが、関節部に絡み付いた物は千切れない。
そして、トレミーはつい一瞬前までこちらへと突進していた。
慣性の法則からは質量を持つ何物も逃れられない。
――体を落としなさい。
ヤマダの指の動きにセバスチャンが一気に体を落とし、トレミーの足元へと入る。
「Cyclone」
そして、血の触手がトレミーの巨体を投げ飛ばした。
一本背負いの要領で自らの突進のエネルギー全てがトレミーの体を地面へと叩き付ける!
メキメキバキバキ、ボキボキ!
骨がひしゃげ、筋の腱が切れる音する。
けれど、敵もまた意地があった。
「トレ、ミー!」
「回れぇ!」
キイイイイイイイイイィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィイイイン!
「!」
叩き付けられ、骨が砕け、肉が避けながらもトレミーが今までで最大のテレキネシスを発動する。
「R3B4JD!」
ヤマダとセバスチャンは右斜め後ろに飛び、ギリギリでテレキネシスを避ける。しかし、テレキネシスはセバスチャンの背中に生えていた血のマントのほぼ大部分を飲み込んでしまった。
「……やリマスネ」
素直にヤマダは敵を褒める。ハイドロキネシス用の血のほとんどをは失った。追加での補給は難しい。これ以上は死に関わる。
「く、そ」
視線の先、トレミーが立ち上がり、その左脇に抱えられたアニがこちらを睨む。
落下の衝撃を受けたのだろう。左肘が逆方向に曲がっていた。
激痛に襲われているのか、アニの額には脂汗が浮かんでいる。けれど、その眼にはまだ戦う意思があった。
「痛み分けデスネ」
「本当に、第六課は狂った人間しかいない、みたいですね」
苦々しくアニが吐き捨て、ヤマダが笑う。
「セバス、まだハイドロキネシスは使えマスネ?」
「一リットル分ならば」
「エクセレント」
フゥッと少しだけヤマダは集中する。まだ戦いは終わっていないのだ。
「第二ラウンドと行きまショウ」