③ 挟み撃ち
***
「ダイキチ、殴り飛ばせ!」
マンションから脱出し、通りを走るアニ達を大型のキョンシーが襲った。
瞬時にアニは判断する。敵が来た。敵の名前は桑原一輝だ
「トレミー、捩じり切って」
「回れ」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!
右後方から向かって来る巨体。その進行線に螺旋状のテレキネシス力場が発生する。
「左に避けろ!」
「!」
力場が産まれたその瞬間、まるで何処に現れるか分かっていたかのように大型キョンシーが左に曲がり、そのままこちらへと突撃してくる。
良くある汎用型のキョンシー。スペックではこちらに劣る。けれど、その一撃はアニ達を殺すのには充分な威力を持っている。
「キッド、もう撃てるな!?」
「いけるいけいけるぜジャック!」
「撃て!」
並走するジャックがキッドへ指示を出し、発電する銃口が大型のキョンシーへと向けられた。
「しゃがめ!」
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!
「!」
まただ。キッドのレールガンが放たれるその一瞬前に桑原の指示が降りる。必殺のレールガンは大型のキョンシーには当たらない。
――ならば、
「しょうがありません。トレミー、組み合いなさい」
「承知である。我は肉体派ではないのだがな」
トレミーの腕から放され、アニはタブレットを抱き締めながらゴロゴロ地面に転がる。肘や膝に擦過傷が生まれるが気にしなかった。
そして、トレミーがその両腕で敵の大型のキョンシーと組み合った。
「ッ! 振り払え!」
今度は敵が驚く番だ。トレミーは学者たるキョンシーだが、その体格相応の膂力を持っている。
「トレミー、捩じり切って」
「回れ」
超至近距離。絶対の距離でトレミーのテレキネシスが炸裂する。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!
大型のキョンシーは逃れる事が出来ず、グチャグチャグチャグチャ! と体が捩じり切られ、折り畳まれ、遂には直径一メートルほどの肉団子に成った。
一体目は倒せた。しかし、アニ達は足を止めてしまった。
「チュウキチ、ショウキチ、行け!」
敵の追撃は止まらない。
声が聞こえた方向。そこには桑原一輝が立ち、十数体の大中小のキョンシーを連れてこちらへと走ってきていた。
その内の二体、中型と小型のキョンシーが俊敏な動きでアニ達を襲う。
「キッド!」
「はいはいはい!」
バンバンバンバンバンバン!
即座に反応したのはキッドだ。得意の連射。大量の銃弾はキョンシー達の関節へと的確に放たれる。
人間の形をしたからにはその運動能力の限界から逃れらない。
二体のキョンシーは僅かに体勢を崩し、そこへトレミーのテレキネシスが炸裂した。
「回れ」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!
二体はあっと言う間に一つの肉団子へと様変わり。
「トレミー、逃げますよ。抱えなさい」
「我に任せろ」
アニは再びトレミーに自分を抱えさせ、その場から走り出そうとした。
しかし、その直後、トレミー、そしてキッドが足を止める。
「おいおいおい、お前がこっちに来るか」
ジャックが焦った声を出す。アニも同じ気持ちだった。
「戦いまショウ」
アニ達の視線の先。現れたのは老紳士のキョンシー、セバスチャンに抱えられたメイド、ヤマダだった。
ヤマダはラプラスの瞳を装着し、セバスチャンは薄紅色の血の燕尾服を着ていた。既に臨戦状態に入っているのだ。
――木下恭介の所に行っていると思ってたのに。
嫌な誤算だ。ヤマダは第六課の人間だ。清金京香から留守を任されているはずである。
その彼女が大怪我を負った木下を放ってこっちに来る。アニ達には予想外だった。
「あラ? 予想外と言った顔をしてマスネ?」
セバスチャンに抱かれてヤマダが首をわざとらしく傾げる。アニ達を挑発している様にも見えた。
後方、桑原からの攻撃は一旦止まっている。アニは周囲を確認する時間を確保するため、ヤマダへと口を開いた。
「木下恭介はどうしました? 大怪我を負わせたはずですが?」
「マイケルと似た事を言いマスネ? ええ、大丈夫デス。キョウスケなら生き残れマスヨ。失敗したラ、死ぬだけデス。まあ、キョウカは悲しむでしょうけどネ」
認識を改める必要があるとアニは理解した。このメイド服姿のふざけた女には期待していた様な仲間意識など無いのだ。
「ジャック、場所を後退しましょう。あなた達ではヤマダには勝てません」
「オーケー了解。桑原は任せろ」
そうしてアニはトレミーから降り、ヤマダへと前に出る。
――ヤマダと戦うなんて。
再三注意を受けていた敵戦力の一人がヤマダである。ラプラスの瞳を装着した彼女の前ではあらゆる攻撃が予測されてしまう。
――カーレンが言ってましたね。ヤマダは〝完成例〟だと。
アニはヤマダへの対処法も聞いている。勝算は十分にあった。
――まったく、私は戦闘員ではないのですけどね。
やれやれ、アニは額に触る。理想を遂げると言うのも大変だ。
「トレミー、行きますよ」
「ああ、我ならば勝算はある」
二拍か三拍の間。
「セバスチャンを捕まえなさい」
「Whip」
トレミーがヤマダ達へと突撃し、セバスチャンの血の燕尾服が広がった。