⑤ 反撃会議
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「南区派遣の第一課全員死亡! 追加補充求む!」
「北区第五課生存者二名! 交戦中、あ、いえ、今死にました!」
喧騒渦巻くオフィス。怒号を背景にアリシアは会議室に籠っていた。
「カツノリ、ケイとカズキの容態は?」
「強心剤を打てば戦える程度には回復した。今は休息してもらっている。明日の朝には復帰してもらうつもりだ」
「人使いが荒いですね」
会議室にはアリシア・ヒルベスタ、水瀬 克則、黒木 白文の三人の主任が居た。
アリシア達が居るのはシカバネ町東区と中央部の境目。そこにあるキョンシー犯罪対策局の研究棟ビルだ。
一時的な本拠地としたここでアリシア達は反撃のための策を練っている。
「アリシア、光学迷彩はあとどれくらい持つ?」
「明日の朝には解析されているでしょうね。敵にはアニが居ますから」
ホムラの視覚データにはアリシアの見知った顔があった。アニ・イシグロ、かつて面倒を見た、後輩に当たる彼女ならばアリシアのガジェットを無効化できておかしくない。
「そうなると、ココミが見つかるのも時間の問題に成りますね」
パソコン画面から目をそらさず、黒木が状況を整理する。光学迷彩が破られてしまえば、ココミ達を見付けるのは簡単だ。シカバネ町の監視カメラデータを敵は入手しているだろう。映像には細工しておいたが、不自然な映像データだけを追うのは簡単だ。
「状況は悪いですね、とても。どうしますカツノリ? もう一度リコリスを暴れさせますか?」
「桑原と長谷川が負傷したのにか?」
「戦力的に勝てるのはリコリスだけじゃないですか。それに二人は明日の朝には復帰するのでしょう?」
状況はとても悪かった。イルカが破壊され、まともに戦えるPSIキョンシーはもう数える程しか残っていない。
現状シカバネ町に居るキョンシー使いの中で最高峰に当たるカズキとケイもリコリスの暴走を止める為に負傷した。
湊斗と京香、彼らが居れば今回の様な事態には成らなかった。敵は一流のキョンシー使いだが、湊斗とコチョウ、京香と霊幻の組み合わせが居れば倒せる相手だ。
敵は狙ったのだろう。最高戦力の一角が抜けるこのタイミングを。そしてそれはすなわち内通者が未だ紛れ込んでいる事を意味していた。
「アリシア、リコリスは投入する。だが、タイミングが問題だ。次の暴走を止める手段が無いからな」
「次リコリスを動かしたら近隣住民がみんな殺されるでしょうね」
リコリスの仕様をアリシアは良く知っている。この世界で一番詳しいと言っても良い。マイケルの手も借りて、当時持てる技術の粋を決しても決して制御は出来なかった。それが赤髪のキョンシー、リコリスだ。
「カツノリ、これは技術者としての質問です。リコリスならば今回の敵を倒せますか?」
「近寄れさえすれば可能だ。運動能力も引けを取らない」
アリシアは技術者であり、戦闘員では無い。故に自らが作り出したキョンシーのスペックだけで判断する。リコリスならばどの様なキョンシー相手でも勝ち目はあった。
「黒木、使える捜査官とキョンシーの残数は?」
「戦える捜査官は後三十、キョンシーはPSI無しが百七、PSI有りが十五です」
「四割を切ったか」
アリシアが提案した光学迷彩での町を使った攪乱。目的は時間稼ぎであり、それは達成されている。一輝と圭、そして恭介が眼を覚ますまでの時間を確保できた。
後はアリシア達が反撃の策を出せれば解決である。
「報告です! 北区でヤマダ、セバスチャンが会敵! その後敵は撤退しました!」
会議室にも聞こえる第二課と第三課の声。敵は徹底して主戦力との戦闘を避けている様だ。
「エンバルディアも時間稼ぎをしてますね。まあ、ココミを見付けるためでしょうけど」
敵の目的は一貫している。ココミを奪うことだ。世界で唯一のテレパシスト。あのキョンシーを是が非でも手に入れたいのだろう。
アリシアは何度か考えたことがある。ココミを使えば一体何ができるのだろう。
――ココミが居ればA級キョンシーを奪える。
ココミのテレパシー。脳で思考するキョンシーにとってそれは絶対的な力だ。各国が保有する戦略的キョンシーの全てをココミの力で操れる。
キョンシーが生きる世界、エンバルディア。そんな矛盾に満ちた理想郷を作るのには確かにココミの力が必要なのだろう。
「カツノリ、今の内にココミ達を外に逃がしてはどうですか? 首輪の爆弾は解除しておいて」
「何処にだ? 一瞬で捕まるぞ?」
「確かに。愚問でした」
シカバネ町の周囲にはココミを奪おうと各国の合法非合法な機関が眼を光らせている。優秀な護衛も居ない今の状況でココミを外に出すのはそれこそ自殺行為だ。
「アリシア、敵の居場所は?」
「ええ、突き止めましたよ。西区のマンションに潜伏してます。空き家問題は深刻ですね」
敵の潜伏場所をアリシアは突き止めていた。あらゆる監視カメラに残った映像。敵が現れ逃げて行った方向、それら全てを統合し、決定づけたのが西区のとあるマンションの一室だ。
「明朝、桑原と長谷川が戦えるように成り次第、リコリスを向かわせる。ここで勝負に出るぞ」
なるほど。アリシアにも分かる。逃げ道の少ない屋内での奇襲。リコリスの戦い方には打って付けだ。
一輝と圭も明日には骨と内臓が繋がる。反撃に出るタイミングとしても適切だ。
「マンションの住民達への避難勧告は?」
黒木の質問にカツノリが黙った。リコリスは目に付いたモノを全て溶かそうとする。避難勧告がなければマンション中の住民達が犠牲に成ると思って良い。
「素体ランクはどのくらいだ?」
「ちょっと待ってください。……ああ、最大でD-ですね」
黒木が出した画面には住民達のリストがあり、そこには素体ランクが記載されている。集合住宅である西区のマンションには低ランクの
「……なら、避難勧告は無しだ。奇襲する」
「承知いたしました。準備は進めておきましょう」
「頼むぞ」
――勿体ないですね。
これから生産される死体は毒に犯され素体として使い物に成らないだろう。技術者としてアリシアは勿体ないと思い、D-の素体で済んで良かったとも思った。
「明日の作戦の詳細を詰めるぞ」
克則が次の議題に移る。決断した後うじうじとしない所が彼の良い所でもあった。
ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ。
その時、アリシアのスマートフォンが鳴った。
着信先は恭介である。
――ああ、眼を覚ましたか。
しぶとく生き残れたらしい。
眼で克則へ断りを入れ、アリシアはその場で電話に出た。
「ああ、恭介、良く生きてましたね」
『アリシアさん、一つお願いを聞いてください』
「ええ、言ってみてください」
重い恭介の声にアリシアは「ふぅん」と唇へ手を当てた。