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③ わがままを聞いて




***




 気怠い明るさで恭介は眼を覚ました。


――まぶし。


 不愉快な明るさの原因は天井で輝くLEDライトだった。


 恭介は初め自分が何でここに居るのか分からなかった。何だか大切な夢を見ていた気がするし、どうでも良い夢だった気もする。


 ピ、ピ、ピ。電子音に恭介は気付いた。何処で聞いたことがあるのかもすぐに分かる。何度も通い詰めた人恵会病院603号室。優花の病室にあった彼女の生命維持装置の音だ。


 音の出所を探して恭介は体を起こそうとし、直後、ズキッとした鋭い痛みが腹に走った。


「死にたいならそのまま起き上がりなさい」


「……」


 聞き慣れた声が右側から届き、そこにはホムラとココミが椅子に座り、こちらを見ていた。距離が近い。だからか、眼鏡が無くてもその姿がはっきりと見えた。


 そこまで見て、恭介は思い出す。そうだ。自分は敵の攻撃に撃たれ、そして倒れたのだ。


 どうやら運良く生き残れたらしい。ゆっくりと息を吐く。


「ここは何処で、今は何日だ?」


「東区の学校の地下にある施設、一月十六日よ」


「……」


 意外にもホムラは素直に答えた。いつもならば悪態の三つは吐くだろうに。


――一月十六日。


「僕は三日も寝てたのか」


「ええ、愚鈍にピクリとも動かずにスヤスヤとしていたわ。いい迷惑だったわね」


「……」


「はいはい。ごめんごめん」


 これだけの長い間意識を失ったのは初めてだ。体は何処か浮いた感覚がして、けれど同時に手足がとても重かった。


「もしかして僕けっこうヤバかった?」


「知らない。興味無いもの」


「……」


「そうかい」


 血が足りていないのか、頭がボーっとしている。きっと考えなければいけないことはたくさんあった。いつもならもう少し頭が冴えていて考えなくても良いすら脳裏に浮かぶはずなのに、靄がかかった頭では一つ一つゆっくりとしか考えられなかった。


 だからだろうか、真っ先に恭介が考えて口にした言葉は自分でも意外な物だった。


「優花は、どうなった?」


「……」


「……」


 ジッとホムラがこちらを見る。その表情からは思考を読み取れない。しかし、恭介にはその瞳にいつもとは違う感情が混ざっている気がした。


「隣の部屋に居るわ。三日徹夜してさっき倒れたから」


「……」


「そっか。うん、そっか。なら、まあ良いや」


 生きてるならそれで良い。少しだけ恭介は安心して、今の自分の質問が意味の無い物だったと理解した。思い出したのだ。優花は人恵会病院に置いて行っている。先程の様な状況なら自分が死ぬことはあれ、優花に何かが起きるのには早過ぎる。


――次に、そう、考えなきゃいけないことは。


 今の自分の惨状から逆算で考えるしかなかった。


 一月十六日。三日間の昏睡。敵の襲撃。エンバルディア。その理由。ココミ。


「ちっ」


 散文的に浮かび上がっていく言葉の羅列。恭介が何かを言う前にホムラが強く舌打ちした。


「どうしたホムラ?」


「ココミを隠すために第一、第四、第五課が外を走り回ってるわ。吐き気がするけど、ココミの姿を真似てね」


「……」


 ホムラの答えは確かに自分が聞きたかったことだし、それを先回りしてこのキョンシーがわざわざ答えたことに恭介は驚いた。と、同時に今の回答の意味が分からなかった。


――ココミの姿を真似る? 何だそれ?


 ココミと同じ顔をしたキョンシーがホムラ以外に居ただろうか。少なくともハカモリには居ない。


 ならば、一体何が起きている?


「説明はしないわ。面倒だもの」


「……」


 スッとホムラは立ち上がり、部屋の出口前まで歩いて、そのドアを叩いた。


「起きたわ。来なさい」


「……」


 すると、すぐにドアが開き、ヤマダとセバスチャンが入って来て、ホムラとココミは外に出て行った。後は彼女らに聞けということなのだろう。


「キョウスケ、良く生きてましたネ。褒めてあげマス」


「ハハ、どうも」


 スタスタとヤマダはさっきまでホムラ達が座っていた席に腰かける。


「今、第一課、第四課、第五課がエンバルディアと戦っていマス」


「ホムラから聞きました。ココミの姿を真似るってどういうことですか?」


「アリシア達の光学迷彩デスヨ。シカバネ町み散らばった捜査官達は皆、キョウスケ、ホムラ、ココミ達の姿をしていマス」


「何でそんなことを?」


「時間稼ぎデスヨ。カズキとケイがどちらも負傷しましたかラ。彼らの治療が終わるまでの時間を稼ぎたいだけデス」


「あの二人が? どんな相手だったんです?」


「身内の暴走らしいデスヨ。詳細は不明ですので無視しまショウ」


 第一課主任の桑原一輝と第五課主任の長谷川圭、彼らが戦えない程負傷したのだ。


 なるほど、時間稼ぎ。それは理解できる。敵は強く、生半可な捜査官では勝ち目が無いのだろう。幸いハカモリの医療班は優秀だ。死なない限り生きて戦場へと送り返すだろう。


「じゃあ、僕達の姿を真似てるのは?」


「敵はココミを無視できませんかラ。嘘だと思ってモ、そこにキョウスケ達が居るのなら行くしかないでショウ」


「その散らばってる捜査官達に支給されたキョンシーは?」


「ただの汎用戦闘型です。まあ、勝ち目はありませんネ」


 酷い作戦だ。つまり、恭介達のために町に散らばって鬼ごっこをしろと言っているのだ。敵と戦闘になったら勝ち目は無い。ただ、死ぬしかない理不尽なお遊びである。


 こんな作戦を誰が思いついた? 恭介は考えて複数の顔が浮かんだ。


「それで、主任達の治療は終わったんですか?」


「ええ、明日にでも戦えマス」


 なら、明日から反撃なのだろう。しかし、それまでの間捜査官達は死んでいくのだ。


――あいつらは、死んだのかな。


 恭介は実行部での同期の顔を思った。特別親しいわけではなかったが、何度か飲み会をして、何度か遊びにも行ったメンバー達。最低でも半分にはもう会えなくなるのだろう。


 そう、恭介が思っていると、ヤマダが言葉を続けた。


「キョウスケ、PSIキョンシーが足りまセン」


「……」


 恭介は黙った。ヤマダがどの様に言葉を続けたいのかは分かっていた。その上で口を閉じたのだ。


「イルカは敵と相打ちデス。回収しましたガ、修理は間に合いそうにありまセン」


「第四課に居るでしょう。PSIキョンシーならいっぱい」


「他律型の低出力なキョンシーなら居マスネ」


 そうなのだ。第四課が抱えているPSIキョンシー達は皆他律型。もちろん戦闘用にチューニングされているが、それでも、一流のPSIキョンシーと戦える程では無かった。


「今回の敵を倒すためにハ、強力なPSIキョンシーが必要デス。それも近接戦が可能で高出力なキョンシーガ」


「……分かってます」


 ヤマダが言いたいことを恭介は分かっていた。もう、はぐらかせる状況では無いのだ。


 その時、部屋のドアがバァン! と開かれ、そこにはホムラとココミ、そして浮かび上がる優花の姿があった。


「お兄様! 起きたのね! ああ、ああ、ああ! 良かった! フレデリカは今とても安堵しているわ!」


 表情豊かに感情を語る妹の顔をした半キョンシー。それがキイイイイイイインとサイコキネシスで自身を浮かせて恭介へと近寄ってくる。


「キョウスケ、ワタシはあなたの選択を尊重しマスヨ」


 今度はヤマダとセバスチャンが部屋から出て行き、代わりにホムラとココミが入ってきた。


 優花は病院服のままだ。四肢を失ったまま浮くその様は、まるでクラゲの様でもある。


「お兄様、ああ、お兄様! 良かった、フレデリカはお兄様が死んでしまうじゃないかってただただただ怖かったの! ねえ、お願いよ、お兄様! 今度こそ、次の戦いにはフレデリカを連れて行って! そうじゃないと、フレデリカの心はもう耐えられないわ!」


 フレデリカの慟哭が部屋に響く。急な言葉のボルテージ。普通に育った人間ならこんな風には喋らない。キョンシーの様な言葉使い。


――ああ、そう言えば、キョンシーは嘘を付かないんだっけ?


 過去に清金がそう言っていた。キョンシーは純粋な存在だ。意味の無い嘘を付くことは無い。


 ならば、今の優花の、フレデリカの言葉は真実だと思って良いのだろうか。


「ねえ、お願い! フレデリカのわがままを聞いて!」


 ホムラとココミ、そして優花の四つの瞳が恭介を見る。


 否が応でも回答が求めれた。


「……正しい、か」


 恭介は呟いた。正しい選択を今度こそしなければならないのだ。

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