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④ 緊急手術

「!?」


 何が起きたのか恭介には分からない。だが、作戦が失敗したことは確かだ。


「ホムラ、戻れ!」


「……」


「……」


 コノミを抱えてホムラが恭介の元へと走る。その顔からは普段ある苛烈な表情が抜け落ちていた。ココミが頭を抑えている。一瞬のPSI使用で多大な負担が掛かったのだ。


「危ない危ない危ない! アニの勅令が間に合わなきゃトレミーが奪われてたぜ!」


「やばいやばいやばい! そうなったらトレミーも破壊しなきゃな!」


 この間にもジャックとキッドは走っていて、ホムラとの距離が近づいている。


 今のホムラにパイロキネシスが発動できないのは火を見るよりも明らかだ。


 バチバチバチバチ! ホムラとココミが恭介の元に戻った時、キッドの銃口が帯電する。充電時間は終わったのだ。


 次来る凶弾を恭介達は避けられない。狙いは正確にホムラを撃ち抜くだろう。


――。


 その時、恭介は何かを考えていた訳ではない。


「っ!」


 結果として、恭介はホムラ達を引っ張った。


 地面へと倒し、場所を入れ替えて、キョンシー達の前に自分が立つ様にだ。


 レールガンが放たれる!


 ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!




 音速を超えた銃弾が恭介の腹を貫いた!




「おっとおっとおっと! 人間に当たっちまったよ!」


 キッドの声が遠い物の様に聞こえ、一拍の間を挟んで灼熱ような激痛が恭介の全身を走った。


 恭介は力なくドサッと地面に倒れ、無意識に前に空いた自身の穴を抑える。


 だが、穴は貫通している。恭介には想像もできない勢いで鮮血が地面へと流れ出した。


「燃えろおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 その時、ココミによるホムラの動作設定が再完了し、ホムラの灼炎が敵を包み込んだ。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 炎の勢いは先程の物を遥かに超える。暴走に近い出力。ホムラの眼、鼻、耳、そして千切れた左肩から薄紅色の人工血液が流れ出した。


「やべ、キレた! キッド、下がれ下がれ下がれ! この炎は耐えられねえ! トレミーも連れてだ!」


 ジャックが抱き着いたキッドがトレミーを引き摺り、後方へと下がる。銃口はホムラ達に向いたまま、継戦の意思はありありとあった。


 しかし、状況は変化する。


「DA」


 ヤマダを抱えたセバスチャンが恭介達の逆側より現れたのだ。セバスチャンの出せる全速力で向かって来ている。十秒もしないでここに到着するだろう。


「キッド、撤退だ! ヤマダだ! あいつとは相性が悪い!」


 ジャックの判断は早かった。トレミーの巨体を抱え、すぐにこの戦場から走り去っていく。


――熱い、熱い、熱い!


 灼熱の痛み。なのに体は熱を失って行く。


 その矛盾した感覚の中で恭介はヤマダの声を聞いた。


「キョウスケ、今、救護隊を呼んでマス。絶対に死ぬんじゃありませン」


 ヤマダがポーチから補肉材を取り出し、止血剤代わりに恭介の傷口へと注入する。


 グチュグチュ、ブジュブジュ。まるで優花の頭に注入され続けてきた様な肉音を最後に恭介は意識を失った。




***




 フレデリカへ兄の緊急手術が伝えられたのはそれからすぐ後のことだった。


「……それで、お兄様は?」


「今手術中だ。生存率は半々って所だな」


 603号室でフレデリカはマイケルの言葉を聞く。彼女の体は布団越しに縛られていた。あまりにも暴れるフレデリカへ痺れを切らした看護師が縄を取り出したのだ。


「お兄様のお腹に、穴が空いたの……」


 マイケルからの報告によれば、恭介は敵との戦闘により腹を撃たれ、出血多量で意識を失ったらしい。


 フレデリカの体は知っている。血液が抜けた時、人間はあまりの寒さで何も考えられなくなるのだ。その命を失う感覚は絶望の味をしている。


「幸いヤマダがすぐに応急処置をしてくれたんだけどな」


「ええ、ええ、分かるわ。フレデリカには分かるわ。ヤマダさんなら処置を間違えない。その時にできる最適で最高をしてくれたはずなの」


 蘇生符の記録からフレデリカは知っている。ヤマダならば血を流して倒れた兄を救うためできることを全てしてくれただろう。


「……それでも生きられるか分からないくらいの大怪我なのね」


「まあ、そうだな。後はハカモリの医療班の腕を信じるしかねえ」


「でも、医療班は他の捜査官の手術もしているんでしょう? お兄様への処置が片手間に成ってしまってるんじゃないの?」


 今日、キョンシー犯罪対策局はエンバルディアの襲撃を受け、多大な被害を受けた。第一、第四、第五課戦闘員の捜査官とキョンシーは半分が死に壊れ、非戦闘員も二割近くが殺されている。


 今正に、救護班は死地に居る。一人でも死から救う全力を尽くしているはずだ。


 フレデリカは顔を歪めた。痛かっただろう。苦しかっただろう。怖かっただろう。そんなことが起きて良い人じゃないのに。


「恭介はホムラとココミの主人で、命の優先順位は高い方だ。スタッフたちも全力を尽くしてくれてると思うぜ」


「……そう。なら、フレデリカは、少しは期待しても良いのかしら」


 期待。キョンシーにはそぐわない言葉だ。マイケルから聞いた兄の怪我の度合い、生存率は厳密な計算から求められてしまう。


 確率として出てしまったのだから、蘇生符で出力されるフレデリカの感情に大きな変化は無いはずだ。


 けれど、今正にフレデリカの心は激情に包まれている。


 名付けるのなら絶望で、出力するのなら憤怒に似ていた。


 フレデリカは首だけ動かしてマイケルを見た。


「マイケル、フレデリカの脳を調整して。今すぐにでも戦えるように。お兄様が認めてくれるくらい」


「調整って? 今のお前はもう戦えるだろ? PSI脳波の安定、サイコキネシスの出力。生半可なキョンシー相手なら負けねえよ」


 マイケルがその豊満な腹をフニフニと揉んでいた。その表情は不可解と言った様だ。


「でも、お兄様はフレデリカを認めてくれなかった」


 フレデリカは細かく震えてあの時の兄の言葉を思い出す。


「PSIの発動に不安な点があるって言い訳をしたの」


 そうだ。兄のあの言葉は言い訳だ。本当に兄が言いたかった言葉はあれではない。あんなものであるはずが無い。


「木下優花を守りたいからとか、木下優花を愛しているからとか、木下優花を戦わせたくないとか、そういう理由じゃなくて、お兄様はもっともらしい言い訳をただ、口にしたの」


 ああ、フレデリカには分かっていた。兄はきっと木下優花の愛し方を忘れてしまったのだ。


 兄が、木下恭介が、嘘を付けるくらい優しければ良かったのにと、フレデリカは思った。


「だから、お願い。お兄様が認めるしかないくらい完璧に、フレデリカを戦えるようにして」


 マイケルはジッとフレデリカを見て、ただ一言質問した。


「それは人間とキョンシーどちらでの要求だ?」


 ゾッとするほど真面目な表情だ。マイケルがこんな顔をできるとフレデリカは初めて記録した。


 フレデリカの返答は決まっていた。


()()()()としてのお願いよ」


 フニフニフニフニフニフニ。マイケルはしばらく腹を揉み、そして立ち上がった。


「いつでも戦える状態にはしてやる。ただ、最終判断は恭介だ。良いな?」


「ええ、ありがとうマイケル。フレデリカはとても嬉しいわ」


 フレデリカは眼をつぶる。これはある意味で兄を裏切る行為だし、正しくない行為なのだろう。


 知ったことではない。


 兄は妹の我儘を聞くものなのだ。

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