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⑥ 立て直し




***




 克則がキョンシー犯罪対策局研究棟に到着した時、既に捜査官達は走り回っていた。


「急げ急げ。避難は終わったのか! 何人死んで何体壊れた!?」


 突然の襲撃。いち早く対応した第一課の捜査官達を中心に半分以上の人間とキョンシーが死亡し破壊された。


 克則が逃げ切れたのは長谷川のおかげである。迅速に四階から先の生き残りの迅速な救出は流石の手腕だった。


 捜査官たちにとって日常であり恐怖はあるが逡巡するものではない。この場にいる誰もが今攻めてきた敵を必要なことは何かを考えていた。


 狂気的な精神である。キョンシー犯罪対策局に所属する多くの者はキョンシー犯罪を憎悪している。自らの命を捨ててでも目の前の犯罪者を殺そうとするのが克則達だった。


「主任からの依頼はいつ完了する!?」


 スマートフォンに向かって叫ぶのは第四課と第五課の捜査官達だ。彼らは皆血だらけで、鎮痛剤を打ちながら方々へ指示を送っている。


 敵キョンシーのPSIは凄まじい物だ。個の戦力と言う意味では第一課と第五課の実力を明確に超えている。この場を切り抜けるためには策を練る必要があった。


『後十分です!』


「五分でやれ! 間に合うだろうが!」


 捜査官達が電話をかけているのはシカバネ町の役所のインフラ部門だ。突然の要求にも拘わらず、役所の職員達は捜査官達の要求に可能な限り答えようとしていた。


 シカバネ町で働く人間達にとってキョンシー犯罪対策局は生命線である。圧倒的な戦力を持つ殺人集団。彼らが居るからこそシカバネ町の秩序は守られているのだ。


 そこまでを見届けて、克則は捜査官達へ声を掛けた。


「長谷川は勝てると思うか?」


「勝率は三割程度です。相性が悪すぎます。第四課、第五課のキョンシーじゃ、あの霧使いと冷気使いへの有効だがありません」


――関口か清金、どちらかを残すべきだったな。


 克則は自分の判断ミスを悟った。長らく戦いの場に出ていないことが災いした。戦闘の勘は鈍っている。


 対個の戦闘においての切り札を二枚同時に切ってしまった隙を突かれたのだ。


――まだ、スパイが紛れてるのか?


 清金と関口を外部に送り出したことは秘匿情報だ。けれど、この襲撃のタイミング。敵に情報を流した何者かの存在を疑わずにはいられなかった。


「アリシアかマイケルが何処に居るか分かる者は?」


「はい! お二人とも六階に居ます! 黒木主任もご一緒です!」


 左眼が潰れた女の捜査官が天井を指す。既に残った主任達は集まり、話し合いを始めている様だ。


「良し。お前達は長谷川から指示に従ってくれ。俺はアリシア達と話をして来る」




「カツノリ、来ましたか。お互い無事で何よりですね」


 六階。マイケルの研究室には、アリシア、マイケル、黒木の三人が机を囲んで立っていた。机上には敵のスペックが殴り書きされた紙やタブレットが置かれている。


「敵のスペックは?」


「ベンケイって言う超改造キョンシー、あとはクロガネって言うマグネトロキネシスト。残り二体は温度低下ができるサーマルキネシストと霧を出すハイドロキネシストだな」


 マイケルがすらすらと敵の性能を説明する。興味と興奮でその眼はギラギラと光っていた。どうやら、同僚の捜査官達の死亡よりも新たに現れた敵キョンシーが気に成った仕方が無い様だ。


「黒木、第三課の方では何をやっている?」


「シカバネ町の複数地点で拠点を構築中です。加えて負傷者の病床確保、追加キョンシーの発注は既に終えています」


「引き続き頼む。外部に出した捜査官達も可能な限り呼び戻せ」


 迅速な事後処理。第三課の主任として黒木のサポート能力はとても高かった。


 克則はアリシアとマイケルを見る。彼らは現状戦闘に出せるキョンシー達のことを話し合っていたらしく、互いのタブレットには多種多様なキョンシー達の写真が流れていた。


「そこのキョンシー達で敵は倒せるのか?」


「無理だろ。こいつらはただの予備キョンシーだ。調整だって間に合わねえよ」


「実線レベルで使えるキョンシーは? PSI持ちならば尚良い」


「C級のパイロキネシストとエレクトロキネシストが三体と二体。D級のエアロキネシストが四体ですね」


 キョンシー技師としてマイケルとアリシアは希望的な観測を話さない。彼らがそう言うのであれば確かにそうなのだ。


――俺達が切れる手札は。


 克則は僅かに眼を細めて戦力を思い浮かべる。


 この様な事態に成ったのは、前衛で戦える戦力が居ないからである。つまり、それを補填さえすれば状況を五分に戻すことが可能だった。


「……〝リコリス〟を出せるか」


 克則が出したキョンシーの名称にアリシアとマイケルがピクリと眉を上げ、黒木が微かに首を傾げた。


 リコリス、そのキョンシーの名前を知っているのはシカバネ町でもアリシア、マイケル、そして克則だけだ。


「克則、本気で言ってんのか? いや、確かに俺もアリシアもリコリスのことは考えたぜ? あいつを出せば少なくとも一階での戦闘は終わるだろうさ」


「ええ、スペックだけならリコリスは適任でしょう」


 技師達は難色を露わにし、その理由は克則にも分かっている。


「カツノリ、リコリスは最悪の失敗作です。それを戦場に出す意味を分かっているのですか?」


「一つ質問をさせてください」


 黒木が手を挙げ、全員の言葉を一旦止めた。


「リコリスとは何ですか? 流れからしてキョンシーでしょう。その様なキョンシーの情報第三課には届いておりませんが」


 その疑問は最もだ。事後処理や全課のサポートを担当する第三課の主任である彼には情報を収集する権利があり、他課にはそれを共有する義務があった。


「リコリスは五年前にマイケルとアリシアに作らせたキョンシーだ。戦闘能力は申し分ないんだが、問題作でな。目の前に映った人とキョンシーを全部破壊しようとするんだ」


「使用者の命令は? 勅令で止められないんですか?」


「聞かない。一度起動したら蘇生符の強制停止が発動する設定時間まで殺戮を続ける」


「となると、仮に敵を退けられたとして、暴走するリコリスを止め続けなければいけないわけですね」


「ああ。それでもこの場でリコリスを出すべきだと俺は考えている」


 克則はハカモリの最高権力者だ。決定権は彼にあり、この場においてそれに反発する捜査官達は居ない。


 ふむ、と黒木は頷き、二三こめかみを叩いた後、こう口にした。


「捜査官十二人、非PSIキョンシー十五体までであれば破壊しても良いです。選定はしておきましょう」


 課全体の支援をする立場からの判断だろう。出された許容できる犠牲量にマイケルとアリシアも苦い表情をしたまますぐに対応した。


「了解。アリシア、起動作業を手伝え」


「ええ。カツノリ、準備は十分で済ませます」


 技師達は六階の部屋を出て地下へと向かう。そこにリコリスは封印されているのだ。


「ビルの戦闘は、桑原と長谷川次第か」


「そうなります。あのお二人ならば死ぬことはあっても一矢報いてくれるでしょう」


――後、考えなければならないことは。


 決まっていた。敵の目的は既に提示されている。


「黒木、木下捜査官、ココミ達はどうなっている?」


「ヤマダ捜査官が救援に向かいました。以後の消息は現在不明です」


 守勢は常に不利である。守る者が多い程手が割かれ、戦力は薄くなり、いつかどこかで瓦解する。


――何処かで勝負に出なければな。


 不利な時こそ、逆転の一手を探さなければならない。克則は生き残った捜査官達の元へ向かった。陣頭指揮を執り、少しでも勝利の可能性を上げるのが、リーダーの役割だからだ。

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