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③ ダイヤモンドダスト







「フレデリカ、体調はどうだ?」


「全然問題ないわお兄様。ちょっとストレスで胃酸が増えてるくらい。一時間くらい休んでれば回復すると思う」


「そうか」


 603号室。恭介は横に成らせた優花の額へ手を当てて熱を測る。平熱のまま。そこまでストレスの影響は出ていなかったようだ。


「何か飲みたい物はあるか?」


「ついさっき飲んだばかりだし大丈夫。ありがと、お兄様。でも、甘えて良いなら、頭を撫でて欲しいの」


 すぐに恭介はフレデリカの頭に手を当て、力を入れず左右に撫でた。


 気持ち良さそうにフレデリカは眼を細めた。


――こんなことで喜んでくれるならいくらでもするのに。


「なあ、フレデリカ。これは質問だ。僕がこうしてお前を撫でれば、木下優花は幸せなのか?」


「それは分からないわ。まだ、この脳は人格が形成できてないもの。フレデリカがお兄様に撫でて欲しいと要求するのは、記憶と記録から論理的に導かれただけのただの結果だもの」


「そうか」


 忖度の無いフレデリカの言葉。それが自分の求めた物どおりで恭介は胸の奥に息を落とした。


 ピピピピピピピ! ピピピピピピピ! ピピピピピピピ!


 その時、恭介のスマートフォンがけたたましく着信音を鳴らした。


「……ヤマダさんか」


 着信の主は第六課の副主任、ヤマダである。プライベートな電話を彼女が恭介にしたことは無い。


 一二も無く恭介は耳元へスマートフォンを当てた。


「はい、木下です」


『キョウスケ、今、どこに居ますカ?』


「人恵会病院です。何がありましたか?」


『早くそこから逃げなサイ。ハカモリのビルが襲われましタ』




***




 シカバネ町中央部、ワゴン車の中、二百メートル先のキョンシー犯罪対策局ビルをクロガネは見つめていた。


「うん、第一課の手勢が減っているわ」


「予想通り、ココミ達の護衛に回しているようだ。アニ達から連絡があった」


 モーガンがその白い髭を撫でながら敵の拠点を見る。


「ななななんててててえ、おおお愚かな組織なのででですううかかあ。わわざざわわざざざ、まま守りりりをううう薄くすすするるるなんてててて」


 ハクゲイが大きく膨らんだ頭を左右に揺らしながらギラギラとした眼を敵へと向けていた。


「モーガン、カーレン、ヨシツネ、準備は万端ね?」


 共に突撃する人間達へクロガネは問い掛け、全員が首を縦に振った。


 ああ、何て素晴らしい人間達なのだろう。


 クロガネ達が仕掛けるのは決死の突撃である。勝算は高く、目的は高確率で達成されるが、ほぼ百パーセントの確率で仲間の誰かが犠牲に成ると分かっていた。


 その予測は人間達にも伝わっている。


 クロガネはキョンシーと人間の思考回路の違いを理解している。人は必ず死を恐れるのだ。


 けれど、モーガン、カーレン、ヨシツネの顔にはそんな恐怖は欠片として存在していない。


「ああ、私は悲しいわ。モーガン、カーレン、ヨシツネ、ハクゲイ、シラユキ、ベンケイ、この中の誰かともう喋れなくなってしまうのね」


 彼ら彼女らはエンバルディアを実現という同じ夢を見た同志達だ。まだあまり話せていないし、そのバックボーンは分かっていない。


 けれど、仲間だ。それは家族の次に大事な物なのだ。


「カッカッカ、大丈夫さ。私達はとっくの昔にこの世界で生きる理由を失っているんだから」


 カーレンが笑う。元々はメルヘンカンパニーに居た傭兵。エンバルディアに古くから居る老婆の眼は笑っていなかった。


「儂らの様な古い人間にはもう居場所は無いのさ」


 髭を揺らしてモーガンが冷笑した。かつて南半球の海運王として名を馳せたこの老人はエンバルディアの立ち上げ当初から居る重鎮である。今回の作戦にもいち早く立候補していた。


「クロガネ。作戦開始は速やかであるべきだ。我々の居場所がバレないとも限らない」


 ヨシツネが細い指を伸ばしながら眼を細めた。どうやらこれ以上の無駄話は望まれていないらしい。


「ええ、ええ、分かったわ。それじゃあ、皆、行きましょう。ベンケイ、私達ごと突撃をお願い」


「御意。皆様方、某に掴まってくだされ」


 クロガネは社外に出て、足元へトランクケースを放り投げた。


「それじゃあ、行きましょう、戦いに」


 ジャリジャリジャリジャリジャリ。


 トランクケースから大量の砂鉄と十六の鉄球が飛び出した。




 ギュルギュルギュルギュルギュルギュル!


 ベンケイのタイヤが高速で回転し、キョンシー犯罪対策局ビルへと突撃する。


「カッカッカ! 相変わらずすごい速度だねぇ! もうアレはキョンシーなのかい?」


 すぐ近くでカーレンが笑う。ベンケイの背後をクロガネ達は走っているのだ。


「ッ! 止めろ!」


 クロガネ達の突撃はすぐにバレた。第一課のキョンシー使いが五組現れ、大中小のキョンシー達ベンケイへと放たれる。


 キョンシーの数は全部で十五。数は多く、戦闘用にチューニングされたキョンシー達は脅威だ。その拳が届けばベンケイ以外のクロガネ達の体ならば簡単に破壊されるだろう。


「届けばの話だけれどね」


 クロガネは数秒先に見える未来にペロッと舌を出した。


「やあやあ某はベンケイ! いざ死合おうぞ!」


 ガチャガチャガチャガチャ! ベンケイがその全身から数多の凶器を出した。


 失われた右腕を覆う様に飛び出した何本ものドリル。何処にこれだけの体積が収められていたのか、そして何故これ程の重さでこれだけの動きができるのか。


 クロガネも全貌は理解していない。自分達が誇るキョンシー技師であるゲンナイが作り上げた非PSI戦闘用キョンシーの最高傑作の一つがベンケイである。


 ただ、理解できるのは、一旦速度の上がったベンケイの突撃を眼前の敵達が止めるのは不可能であるという事実だけだ。


 ダッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 ベンケイは向かってきたキョンシー達を細切れにしながら目標のビルの壁を破壊した。


「敵はまだ居る! 二手に分かれろ!」


 一人の女が敵達へ指示を出した直後、ベンケイの左腕に飲まれ肉塊と化した。


 気高く愚かな人間達だ。キョンシーに敵うはずが無いのに。


 ビルの一階フロアでベンケイは左右上下と武器を振るう。屋内戦はベンケイの苦手な領域である。第一課の戦闘員達はベンケイの猛攻に対応しつつあった。


「カッカッカ! 向かって来たねぇ! あれは第五課の量産兵達だ!」


 クロガネ達を止めんと向かって来たのは大量の第五課のキョンシー達だ。数は五十を超え、更に増加している。


「第四陣形!」


 陣頭指揮を取っているのは三人の男だ。


 ザザザザ。数十のキョンシー達が散開しながらクロガネ達へと突撃する。動きは不規則で全てを眼で追うのはキョンシーとしても不可能だ。


 問題は無い。予測通りだ。この状況を突破する為にハクゲイとシラユキが居るのだ。


「ハクゲイ、霧を出せ」


「はああああああいいいいいい!」


 ブシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


 ハクゲイの蘇生符が発光し、その頭から周囲へ大量の水分が吐き出された。


 霧は指向性を持ち、前方の敵達を一挙に包み込む!


「ッ! そのまま行け! ただの霧だ!」


 第五課の判断は正しい。そう、ハクゲイのPSIはハイドロキネシス。気体と成った水分を半径百メートルの範囲で操るだけの力だ。


 視界を奪う以上の能力は無く、赤外線センサーなどを搭載さえしていればキョンシーにとって何ら問題は無い。


「出番だシラユキ。冷やしてやりな」


「ええ、雪にしてあげるわ」


 しかし、その一メートル先が見えなくなるほどのPSI濃霧へとシラユキが入り込み、そのPSIを発動した。


 パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!


 直後、ハクゲイが生み出した霧の温度が急激にマイナス二百度近くまで低下する。


 霧は一瞬にして凍り付き、キラキラとしたダイヤモンドダストを発生させた。


「!?」


 後に残るは五十を超えるキョンシーと人間の氷像。


「素晴らしいわ、皆。さあ、一気に頭を取ってしまいしょう!」


 ウフフ。


 クロガネは笑い、作戦通り対策局ビルへと全員が突入した。

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