① 退院
「まあ、良いでしょう。退院を許可します」
見立て通り、完治には三日掛かった。一房だけ紫色に染めた前髪を弄り、菫は不満げに京香から解いた包帯を見る。
「わたくしとしては、あなたはもっと入院させたいんですけどね。放っておくとすぐに怪我をするんですもの」
「仕事柄しょうがないわよ。前任者よりはマシでしょ?」
「大差ないですよ。はい、どうぞ、退院許可書。受付に渡してください」
「ん。ありがとう」
クリアファイルに挟まれた菫特製の退院許可書を受け取り、京香はテキパキと患者衣からワイシャツとスラックス、そしてトレンチコートを着込んでいく。
「……」
「どうしたの、菫?」
ジッと自分の着替え姿を見つめていた菫に京香は訝しげに尋ねた。
「戦い方をそろそろ変えなさい。わざわざ傷を負う戦い方を選ぶなんて愚の骨頂です。キョンシー使いらしく戦うのはキョンシーに任せて、後方でサポートでもしてなさい」
「第四課や第五課みたいに? そういう戦い方あんまり好きじゃないのよね。アタシが知ってるキョンシー使いとは全然違うんだもの」
京香は眉を潜め、その発言に菫は溜息を吐いた。
「京香、キョンシーは人間のために作られた技術なんですよ?」
「知ってるわよ」
「ええ、あなたは知っているでしょうね。ただ、分かっていません。キョンシーの修理は簡単です。わたくしはできませんが、キョンシー技師の適切な技術があれば、腕が飛ぼうが、体が千切れようが、元の体に戻れます。ただ、人間はそうじゃないんです」
「はいはい」
菫は京香達第六課のことを常日頃から苦々しく思っているようであった。
「はぁ、第六課がさっさと潰れれば良いのに」
「いや、そう成ったらアタシの職が無くなるから、明日からご飯食べられなくなっちゃう」
「大丈夫ですよ。あなたならどこかで働けるでしょう。最悪、第四課と第五課に拾ってもらえるんじゃないですか?」
「無理無理。あいつらとは戦い方で反りが合わない」
何を言っても意味が無いと分かっているはずなのだが、しつこいほどに菫は京香へ小言を言うのだった。
菫と話している内に、京香は着替え終わり、ベッド脇に置いていたシャルロットを持つ。
「願わくば、もうあなたがこのクリニックに来ないことを」
「残念、多分、近い内にまた来るわ」
そう京香は断言し、「ありがとね」と最後に付け加えて病室を出た。
病室の外では霊幻が待機していた。
「おお、京香、退院可能か?」
「ただいま、うん、大丈夫だって」
受付のナースへ退院許可証を渡し、外に出ながら京香はスマートフォンを見る。
ヤマダから[いつ来ます? 暇です。早く来てください]と催促が届いていた。
退院するこの日、京香はヤマダとセバスへ召集をかけていた。ヤマダ達は既に第六課のオフィスで待っているはずだ。
「あんまり待たせるのも悪いし、さっさと行くわよ」
「了解」
久しぶりに外で浴びる日光は気持ち良く、京香は「んー!」と伸びをした。
「あ、でも、途中でコンビニ寄らせて。スイーツ買いたい」
「何のだ?」
「たくさん、ジャンルは問わない」
これから京香には大きな一仕事がある。気合を入れるのならやはりスイーツだろう。




