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② 素体狩り







 京香達はシカバネ町の北東部を歩いていた。


 ワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ。


 本日の未明に霊幻が起こした停電からは既に復旧しており、電気屋の声がやかましい。


 頭上では超電導モノレールが走り、周囲ではサラリーマンや、たむろする大学生くらいの金髪茶髪、キャッキャウフフと姦しい女子高生達が思い思いの方向へと歩いている。


 また、人々が利用する施設には、表情も変えないで真っ白な腕を振るい続ける多数の業務用キョンシーの姿が見られた。


「いつも通りねぇ。ちょっと慌ただしいけど」


「素晴らしい! 平和とは目を潤ませる!」


――これなら、今日のパトロールは異常なしって書けそうね。


 京香達ハカモリは言ってしまえば、体の良いキョンシー犯罪の揉め事処理屋だった。


 そんなハカモリには第一課から第六課まである。


 第一課から第三課が後方部隊。第一課が治安維持、第二課が捜査と諜報、第三課が事後処理を担当している。


 対して第四課から第六課までが実際に現場へ駆け付ける実行部隊だ。


 そして、京香が所属している第六課は最も危険な課であった。


 実のところ、京香に求められた仕事は他の課が手に負えない犯罪の鎮圧であり、わざわざパトロールなどする必要は無い。更に言うなら、自宅なり、カフェなり、ファストフード店なりで自堕落に待機していても文句は言われない。実際、京香の前任者はそうして日がな一日時間を潰していた。


「京香! あそこの路地裏に行くぞ! 怪しい、とても怪しい! 撲滅の匂いがする!」


「はいはい」


 だが、霊幻がそれを許さない。


 このキョンシーは放っといても自主的にパトロールに行き自発的に犯罪へと対処しようとする。キョンシー使いにとってそれは暴走以外の何物でもない。


 そんな横暴が許されているのは、一重に霊幻が脳開発によってPSI(エレクトロキネシス)に目覚めた数少ないキョンシーだからだ。


「あんたのPSIがせめてテレキネシスとかならねぇ」


「何を言う? 吾輩の紫電が不満か?」


「アタシの命令を聞いてくれる時以外はいつも不満よ」


 電気使いのキョンシーに対して電子的拘束は意味を成さない。


 かといって、霊幻の様な脳と脊髄以外はほぼ機械化された改造キョンシー相手に生半可な物理的拘束も無駄である。結局目の届く所に置いておくのが一番マシだったのだ。


「京香、次はあそこの路地裏だ。とんかつ屋の裏手の」


「豚の置物が置かれてるところ? あそこはいつも盛況ねぇ」




 とんかつ屋の裏手の路地裏に入ると、油の匂いがムッと漂っていた。


 薄暗い路地裏の奥に行くほど町の喧騒は加速度的に小さくなっていった。増改築が繰り返されるシカバネ町では雑多な建物が並び立ち、迷路の様な裏道を作るのだ。


「あ、カラス」


「食べるか?」


「そこまで困窮してないわよ」


 カラスを横目に、奥へと進み、何個目かの角を曲がらんとした所で、京香は立ち止った。


「あ、霊幻ちょい待ち」


「……撲滅か?」


「知らない。確認する」


 京香が立ち止ったのは只の勘だ。一瞬の違和感。眉の根にかかる微かな緊張。


 そういう物を大事にしろというのが、京香の先輩の教えだった。


「シャルロット。トレーシーを出して」


「ショウチ」


 小声で呼びかけると、京香の左手のアタッシュケースが独りでに開き、中からピンク色のテーザー銃が飛び出てきた。


 このアタッシュケースには京香専用の補助AI、シャルロットが組み込まれている。音声認識で解析や計算、そして今の様な武器の収納も行ってくれる優れ物だ。


 トレーシーと呼んだこのピンクのテーザー銃は銃身が五十センチほど、有効射程半径は二十メートル、三発までならば連射でき、一発当たり十万ボルトの電流を流す事ができる、京香のメインウエポンだった。


「霊幻、ステイ。指示があるまでここでストップ。一歩も動かない。オーケー?」


「了解だ」


――気のせいだと良いんだけど……。


 そう願いながら、京香はトレーシーを右手、アタッシュケースを左手に角から顔を出し、


「……ちっ」


 舌打ちした。


 視線の先、二十メートル。そこにはヒトの開き(・・・・・)があった。


 喉元から脊髄を添うように体が半分に切り開かれ、ザクロの如き内部が露出している。


 流線型を開いた肋骨は砕けていて、一部は散りばめられたマシュマロの様に体の中身に収まっていた。


 周囲には他に何者も居ない。京香は角から体を出し、奇怪なオブジェへと足を進める。

元は女性だったようだ。若い。おそらく京香と同じくらいの年だ。


 見開かれた瞼。眼窩には何も収まっておらず真っ黒だった。頭蓋骨は綺麗に切り取られ、中身は空っぽ。胴体の方も同様だった。収まっているべき内臓が何一つ残っていない。


――子宮まで持っていくなんて趣味が悪い。


 微かに糞尿の臭いがした。酷い死に方をした者は皆この臭いを漂わせるのだ。


「……」


 京香は膝を折って、周囲の血痕へ指を付ける。ニチャ、ニチャア。粘度はあるが、温度はない。捌かれたのは、数分や数十分前ではない。数時間程度前だろう。


「シャルロット、本部へ連絡。素体狩りの犠牲者を発見。只今より、清金京香と霊幻は犯人の捜索を開始する」


 数時間。シカバネ町を出るのには充分すぎる時間だった。

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