⑧ 尊厳軽視
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夕方。キョンシー犯罪対策局ビルの最上階、大会議室。
「……レプリカブレイン、それを装着した木下優花がPSIを発現したと?」
「ええ」
「アリシア、俺はそんな報告を聞いてなかったぞ」
「個人的にしていた研究だったので」
克則の鋭い眼光をアリシアは素知らぬ顔で受け流す。
大会議室のプロジェクターからは木下優花が鋼鉄の四肢を付けて病室を跳ね回る姿が映っていた。
その場にいる主任達は誰もが顔色を変えている。ある者は表情を消し、ある者は渋面を作り、ある者は眉根を上げていた。
「再覚醒した木下優花はかつてのフレデリカと同等以上のサイコキネシスを発現しています。これだけのPSIがあればココミの護衛として申し分ないでしょう」
一輝が嫌悪した様にアリシアを睨んだ。
「……一市民を戦わせる気なんかお前は?」
「木下優花のPSIは素晴らしいですよ。持続性、操作性、出力どれをとっても世界でトップクラスです」
「そういう問題じゃない。俺達が守るべき市民を戦わせるっちゅうのが許せんって話だ」
彼はシカバネ町の平和を守ることに己が命を捧げている。市民の犠牲を嫌う第一課の主任からすれば、アリシアの提案はとても受け入れられないのだろう。
「じゃあどうする気ですか? ココミ達の新たな護衛は急務です。昼間にエンバルディアが襲ってきました。もう残された時間はありません」
つい数時間前のベンケイとヨシツネの襲撃は既にこの場の全員に伝えられている。たまたまヨダカが居たからどうにか生き残れたが、あの場に近接戦が可能なキョンシーが居なかったら、ココミは奪われていただろう。
「倫理の話じゃありません。論理の話じゃないですか」
アリシアは主任達を見る。彼女の主張を彼らは理解している。そこには一定の理がある事もだ。
その中で、圭が手を挙げた。
「戦闘ロジックはどうする気ですか? PSIが使えるだけじゃ戦いには使えませんよ」
圭は戦闘屋である。使える戦力ならば使う。彼にはそういう所があった。
「レプリカブレインには既にフレデリカの戦闘経験が記録されています。近接戦限定なら霊幻にだって負けませんよ」
フレデリカ、この場全員が大なり小なり存在を知っている、対策局実行部のかつての主力キョンシー。アイアンテディを身に纏い、圧倒的な膂力で敵に突撃する。あのキョンシーと不知火あかねのバディは前衛として理想的な能力を持っていた。
「本当に霊幻クラスの近接戦が可能なのか?」
「ええ、アイアンテディを装備さえすれば今すぐにでも。このアイアンテディは第六課の倉庫に手入れをされて置いてありますしね」
克則が眼を落す。霊幻と渡り合えるだけの近接戦キョンシー。その情報はハカモリについて堪らなく大きい。
この場の全員が理解している。何があってもココミを奪われるわけにはいかないのだ。
既に木下優花を戦わせる準備は出来ている。後は許可を出すかどうかだった。
続いて質問をしたのは白文だった。
「私とすればどっちでも良いのですけれどね、質問です。木下優花自身は戦う意思を見せているのですか?」
「はい。正確には疑似人格フレデリカは彼女の兄、木下恭介の命令があるのならいつでも戦うと宣言しています」
「……なら、当の木下恭介は何と言っているのですか?」
続いての質問にアリシアはやや詰まった。
――相変わらず、鋭い質問を投げてくるな。
「キョウスケは考えさせてくれと言ってましたよ」
アリシアからの提案に恭介は動揺し、それでも否定しなかった。
ダン!
一輝が強くテーブルを殴った。
音は激怒を表し、彼の雰囲気が剣呑に染まる。
「アリシア、お前、酷い選択を迫ったな?」
恭介には二つの選択肢がある。木下優花を引き取るか引き取らないか、だ。
「妹と過ごせば、妹が危険にさらされる。妹と過ごさなければ、自分は死んで、妹を守れなくなる。キョウスケは遠からず答えを出してくれますよ」
引き取った場合、どちらにせよ木下優花は戦いに巻き込まれるだろう。これから先もココミは刺客に狙われ続ける。その近くには主である恭介も居るからだ。
だが、引き取らない場合、木下優花の未来は天涯孤独である。今まで通り603号室で木下優花が暮らしている間、恭介達は敵に殺されるだろう。そうなれば木下優花を守る人間はこの世から居なくなるからだ。
恭介も、アリシアも、そしてこの場の全員も理解していた。
木下優花を戦わせるか、戦わせないか、そんな話はもうする段階ではないのだ。
まとめる様に克則が全体を見た。
「桑原、ココミへの警護に割く人数を増やせ。長谷川、第五課からも一部持って来い」
「ええ、分かりました。時間稼ぎが特異な連中に声掛けときますわ」
「はい。任せてください」
そして、少し息を吐いた後、克則は全体に決定事項を宣言した。
「木下優花は、木下恭介、ココミ、ホムラの護衛に使う。アリシア、木下恭介を説得しろ」
「了解です。キョウスケにも伝えておきますよ」
誰からも反対意見は出なかった。
後は単純な話。恭介の決断を急くだけである。
アリシアは早速、彼のスマートフォンへ、会議の決定事項をメールせんと、キーボードを叩いた。




