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⑤ 九官鳥は語る




***




「こちらでお待ちください」


 葉隠邸、ツグミと名乗るキョンシーに通された客間にて恭介達は座り、葉隠スズメを待っていた。


 手入れが行き届いた和室の空気は心地良く、一流の旅館の様であり、こんな状況で無ければ恭介は一度転がっていただろう。


「まあ、ココミ、寝ると気持ちが良いわ。これが畳。なるほど、人間がわざわざこんな非効率な物を作るのも分かるわ」


「……」


「起きろ」


 当然の様に恭介の言葉を姉妹のキョンシーは無視し、ゴロゴロゴロゴロと畳を転がりながら一方的なお喋りをしていた。


「ハッハッハ。まあ良いじゃねえか。別に話の邪魔をする訳でもねえんだから」


「そうですよキョウスケ。ここまで付いて来てくれただけでも僥倖です」


「いやいや、テレパシストだからって甘やかしすぎです。ほら、二体とも起きて、せめて寝転がるな。ワンピース姿でしょうが」


「もしも下卑た視線をわたし達に向けたら燃やすわ」


「……」


「会話して?」


 ジロッとした眼をホムラとココミは向けて来るが、一応は聞く気がある様で面倒くさそうに起き上がり、壁際へと背中を預けてお喋りを再開した。


 恭介はやれやれと首を振る。その時、襖が開けられ、ツグミが現れた。


 ツグミは黄色とオレンジの髪留めを付けた子供のキョンシーを連れており、恭しくこちらへ頭を下げた。


「お客様、お客様。我らが主の準備が整いました。ただ、申し訳ございません。直接のご会話は難しく、お手数をおかけいたしますが、こちらのサルカを介してのやり取りさせてくださいませ」


「サルカにお任せください! 立派にメッセンジャーをやり遂げて見せます!」


「ええ、構いません。突然の我儘を聞いてくれて感謝しています」


 脳特殊開発研究所での凄惨な経験のせいで、葉隠スズメは清金京香以外の大人と話せない。少しでも近くに寄られれば過呼吸を起こし、その場から動けなくなると言うのだ。


「寛大なお心に感謝いたします。スズメさまがかつて攫われた脳特殊開発研究所についてお聞きしたいのでしたね。そこには恭介様のご令妹、木下優花様も攫われていらした、と」


 恭介は部屋の人間とキョンシー達へ目を向けた後、ツグミへとタブレットに表示した優花の写真を見せた。


「この子が僕の妹です。優花は大脳の約八割をこの組織に奪われていて、これには穿頭教が関わっています。葉隠さんにお聞きしたいのは、脳特殊開発研究所でどの様な処置が行われていたかです。分かる限り、思い出せる限りで構いません。教えていただけないでしょうか?」


「承知いたしました! それではスズメさまへ言伝に参ります!」


 優花の写真データを手元のスマートフォンに移し、タタタとサルカが襖の奥へと消えて行く。


――結構面倒だな。


 メッセンジャーを介してのやり取りはどうしてもスピード感が消える。何度やり取りをすれば聞きたい情報の全てを得られるのか、恭介は想像だけで顔を顰めてしまった。


「いやあ、ラッキーだったな恭介。葉隠邸に入れて貰えて、しかも会話までしてくれるんだぜ。ノーチャンだと思ってきたのに大成功だったな」


「……そんなに葉隠スズメは人と会えないんですか?」


「ええ、すさまじいですよ。人というか大人ですか。今スズメはきっと部屋で震えながらツグミと話しているでしょうね。気絶しないだけ珍しいですよ」


「僕達が葉隠邸に居るだけで、ですか?」


 マイケルとアリシアがそうだそうだと頷く。


 つまり、そんな状態になるにも関わらず、葉隠スズメは恭介達と話す場を作ったのだ。


――何でだ?


 理由は必ずある。恭介と葉隠スズメのつながりは木下優花だけだ。




 タタタ。数分の時間が経って、サルカが部屋に帰ってきた。


「お客様、スズメさまよりのお言葉です。お聞きください」


 あー、あー、サルカが自分の喉を三回程度揉み、直後口を開いた。


「『写真、を、観、みた。こ、こ、この子の、こ、ことは知、ってる。ゆ、うかちゃん。お、同じ部屋に、居た、ここと、ある』」


 サルカの声帯から出てきたのは先程とは全く別の声だった。原理は分からないが、これが葉隠スズメの声なのだろう。


 それと同時に、恭介は手帳にメモを書いた。


――優花はスズメと知り合いだった。


「『ゆうか、ちゃんは、あか、るくて、みん、なをはげ、ましてくれ、てた』」


 確かに妹ならばしそうだと、恭介はその光景を想像する。


 優花は人に頼ることが苦手で、周囲に辛い人間が居たら尽くそうとしてしまう子だった。きっと、恐怖で怯えながら、それを顔に出さなかったのだろう。


「『わわたし、たちがされたしょ、しょちはいっぱい、いっぱい、ある。データに、まとめて、ある。サルカから、貰って』」


 そう言ってサルカが差し出した恭介のタブレットにはヨダカの言う通りの処置のデータが入っていた。


「はい、スズメさまのお言葉は以上です。資料をお読みください。スズメさまはまだ会話が可能です。次の質問があれば、また、サルカにお伝えくださいませ!」


 サルカがツグミの横に座り、待機状態に成る。


 それを横目に、恭介とマイケルとアリシアはタブレットを囲んで資料を読み込んだ。


「ふむ、第二課でもう調べた情報が多いですね」


 既知の情報が多い。薬物実験。脳へ電極を刺す。内臓の取り出し。身体の解体。


 そこに書かれていた情報は恭介の心を曇らせるのには充分だったが、波立たせるには不充分だった。


――何を聞かなくちゃいけない? 優花がPSIを発現した理由に繋がる何かは何だ?


 スズメからの資料を読み込み、恭介は一つの違和感に気付いた。


「身体をバラしたのは、死んでから、もしくは殺す時だ」


 渡された情報には、内臓や四肢を取り出すのは、素体を廃棄する直前とある。つまりリサイクルやリユースである。けれど、優花は()()()()()


「ん? 確かにおかしいなこれは。ロジックが繋がらねえ」


 マイケルがポンポンと腹を叩き、タブレットをドラックしていく。


 下から上に流れて行く無数の文字の中で、恭介は優花との差異に絞って読み込み、もう一つ気付いた。


「アリシアさん、優花以外で、妊娠の経験がある、生存者は居ましたか?」


 内臓を取り出されたという記述はある。ここには子宮であったり精巣であったり生殖器も含まれているだろう。それ自体はおかしくない。キョンシー犯罪で良く見られる例だ。


「いいえ、居ません。木下優花と同じB級素体も居ましたが、彼女には四肢が残っています。脳も壊れてはいましたが残っています」


――優花にだけ特別な何かがあった?


 理由はまだ分からない。だが、問い掛ける意味はあった。


「オーケー、俺から聞きたい質問が決まった。木下優花の四肢と大脳が奪われたそれぞれの時期。加えて孕まされた時期はいつかだ。異論はあるか?」


 マイケルの要約に恭介とアリシアは頷き、サルカへとその質問を投げた。




 次にサルカが帰ってきたのは十分以上経ってからだった。


「お客様、スズメさまの体力が限界です。これ以上の質問は不可能だとお思いください。それではお答えいたします」


 あー、あー。


「『お、おぼえ、てる。ゆうか、ちゃんの、てあしがうばわれた、日のこと。わ、わたしと、ゆうかちゃんいがい、ぜ、ぜんいんいなく、なって、新しい、子たちも、入らなくなった、ころだった。ゆうかちゃんが、ゆうかちゃん、が、てとあしがなくなって、部屋にかえってきた。ゆうか、ちゃんはぜつぼうして、泣いてた』」


――手足が奪われたのは、脳を取られる前。


「『少しして、ゆうかちゃんの、あたまに、穴が空いた。ゆうかちゃんは、なんにも反応しなくなって、でも、帰りたいって言ってた』」


――頭に穴を開けたのは穿頭教だろう。


「『そ、そとで、大人、達が、よ、喜んでた。とっても、と、とっても喜んで、た』」


 恭介の中で優花に起きた凌辱の時系列が分かっていく。


 メモに走らせる文字が歪み始めていた。


「『ゆうか、ちゃんの、おなかが、ふくらんだのは、その、あと。ゆっくり、でも、早かった、変なペースで、あっという間に、膨らんで。ある日、元の大きさに、も、戻った、の。お、大人、達が、次は、わ、わたしだって言ってた』」



――孕まされたのは、頭に穴が空いた後、か。


 奥歯を恭介は噛み締めていた。悔しいとか、悲しいとか、ではない。感情が分からなくなっていたのだ。


「『ゆ、ゆうか、ちゃんの、脳が、取られた、のは、その、あと。きょうかが、わたしを助けてくた、二週間、前、だった』」


 筆圧にボールペンが軋む。涙は出ない。感情が止まっている。


 あー、あー。


「はい、以上でございます」


「ありがとうございます。お大事に、と伝えてください」


 時系列は分かった。それが何を意味しているのか、考えなければならない。


 恭介はメガネを整える。


 後少し、後少しだけでも良いから、救われるのが早ければ、優花はもう少し、マシに帰ってきたのかもしれなかった。

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