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④ Quasi-Sister Get Up




***




 正午。


 人恵会病院、六階、レストスペース。


 恭介はソファに座り、天井を見上げていた。彼の近くではホムラとココミが好き勝手におしゃべりし、いつもの様な時間が流れている。


 ドタドタドタ!


 重くうるさい足音がし、恭介は六階のエレベーターの方へ目を向ける。


「おい、恭介! お前の妹がPSIを発現したってのは本当か!?」


 現れたのは第六課専属のキョンシー技師、レプリカブレインの開発にもかかわったマイケルだった。


 狸腹を揺らして、眼をギラギラとさせたスキンヘッドの男は興味を隠す素振りも無く、恭介へと詰め寄る。


 このデリカシーの無さ。恭介はフッと笑ってしまった。


「いきなりですね」


「そりゃそうなるだろうよ! 俺の興奮はエクスタシーだ! テレキネシス、あ、いやサイコキネシスが発現したってのは本当なのか!?」


 恭介の肩をマイケルは揺らす。力は強く、恭介は抵抗する気にも成らなかった。


「うるさい」


 ドンッ!


 直後、いつの間にか近づいて来たホムラがマイケルを蹴り飛ばした。


「うわっぷ!」


 ゴロゴロ。巨体がリノリウムの床に転がり、すぐに立ち上がった。


「おい何すんだホムラ! 俺の腹に痣でもできたらどうしてくれんだ!?」


「良かったわね、脂肪の塊がクッションに成ったわ。そのうるさい口を閉じなさい。ただでさえ腹がうるさいんだから。ココミの可愛い耳が壊れてしまったらどうしてくれるの?」


「……」


 フン、とホムラが鼻を鳴らす。このキョンシーの横暴は留まることを知らない様だ。


 やれやれと恭介は眼鏡を触り、603号室へ指を向けた。


「マイケルさん、今アリシア主任達が〝フレデリカ〟を調整してますよ。僕が居ると邪魔みたいなので抜けてました」


「そうか! 俺も見てくるぜ!」


 ピュー! 巨体に見合わぬ素早い動きでマイケルが603号室に突撃し、その直後「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」と雄たけびを上げた。


――一体何が起きているのやら。


 603号室へ目を向ける恭介へ、ホムラがジッと視線を向けた。


「……何?」


「あの子をそう呼ぶの?」


「……」


 ホムラがココミをギュウッと抱き締める。このキョンシーが何を考えているのか恭介には分からない。


「疑似人格がそう名乗ったからね」


 疑似人格フレデリカ。その名前を恭介は知っている。


 不知火あかねの専用キョンシー。アイアンテディを操った世界トップクラスのサイコキネシスト。


 何故、レプリカブレインに刻まれた疑似人格がその様な名前なのか。答えは簡単で、マイケルが保管していたフレデリカの蘇生符を元に作ったからだ。


「優花は、ああいう風に喋らなかったし、ああいう風に笑わなかった」


 じゃあ、どんな声で妹は喋って、どういう風に笑っていたのだろう。記憶は遠く、朧気で、思い出すのは難しい。


 だから、レプリカブレインを貼ったあの少女を優花と呼んでしまったら、恭介はきっと木下優花のことを忘れてしまうのだ。


「そう。興味ないわ」


「……」


「聞いといてそれ?」


 恭介は眉根を上げる。何処までもこちらに興味が無いキョンシーの姿に安心したのだ。




 そして、三十分後。




「恭介! 入って来いよ! すげえ物が見えるぜ!」


 楽しそうにマイケルがこちらへと手招きをした。







「入りますよ」


 一言断りを入れて、恭介は603号室に入り、直後、言葉を失った。


「あ、見て見てお兄様! フレデリカの新しい手足よ!」


 603号室の中央。そこで、フレデリカが立っていた。


 真っ黒な、金属の手足だ。カーン、カーン、とリノリウムの床に、フレデリカが鋼鉄のステップを踏む音がする。


 フレデリカが、妹が立っていた。


 夢にも見なかった光景は衝撃と成って恭介の思考を止める。


「見て見てお兄様! こんなことも出来るの!」


 カーン! クルクルリ!


 その場でフレデリカがバク宙する。驚異的な身体能力。髪は浮き上がり、フレデリカがおーほっほっほ! と笑った。


 そこまで見て恭介は息を吸って、フレデリカへと近寄り、その体を間近で見た。


――浮いてる。


 そして、恭介は気付いた。フレデリカに生えた鋼鉄の四肢、それらは彼女の体から僅かに浮いている。


 キイイイィィィイイイイイィイイイン。


 更には力場の音さえする。


「PSIだよPSI!」


「サイコキネシスで接続しているんですよ。まさかここまで上手くいくとは思いませんでしたが」


 マイケルとアリシアが興味を前面に出してフレデリカを観察する。その周囲では九条を始めとしたアリシアの部下達も居た。


「すごいでしょ! フレデリカ様はすごいのよ! おーほっほっほっほ!」


「すごいすごい。でも、PSIをそんなに使ってて大丈夫なのか? 連続使用は大変なんだろ?」


 恭介はフレデリカの顔を見る。微かに光る眼は充血してないし、鼻血だって出ていない。けれど、PSI発動が脳に負担を掛けるのは間違いなかった。


「これくらいなら平気。そうね、七割くらいの確度だけれど、二時間くらいなら連続で動けるじゃないかしら?」


「マジで!? ほとんど世界記録じゃねえか!」


 真っ先に反応したはマイケルだった。PSIの連続性、それは十分もあれば良い方だ。故に清金京香の三十分間は連続でマグネトロキネシスを使えるという点が特異的なのである。


「平気なら良いけど、とりあえず、ベッドに戻って発動を止めな」


「ええー! まだ色々出来るのに! 一流のシャドーボクシングも見せたいのに!」


「はいはい。後でね」


 フレデリカは残念そうに頬を膨らませて、ベッドに腰かけ、その瞬間、そのPSI発動を止めた。


 ゴトンゴトン! 鋼鉄の四肢は鈍い音を立てて床に落ちる。


「お兄様お兄様! ちゃんとお願いを聞けたフレデリカを褒めて褒めて!」


「良い子だ」


 恭介は頭を撫で、フレデリカがおほほと笑った。


 そこまでして、恭介はアリシアへ目を向けた。


「アリシア主任、これは何ですか? 義手義足にしては物騒ですね」


「いえ、ちょっとした試験ですよ。想像を遥かに上回る結果でした」


 珍しくアリシアは呆けた顔をしていた。それだけ、フレデリカが、木下優花がPSIを発現した事実が驚きだったのだ。


 PSI。そう、妹がPSIを発現してしまったのだ。


「……優花は世界で二人目の生体サイキッカーということに成りますか?」


「ええ。だから私達は驚いているんです。それもこれだけの操作性を持ったサイコキネシス」


「出力はまだ測定できてねえが、最低でもC+はあるだろうな。少なくとも合計して五十キロはある鋼鉄の手足を軽々と動かせるんだからよ」


 恭介は眼鏡を整えた。このPSIを発現したから、妹は立ち上がれる。


 だが、決して良いことでは無い。


「この事実が明るみに出たら、優花はどうなりますか?」


「京香の様に世界中で狙われる存在に成るでしょうね」


 くそっ。と恭介は悪態を付いた。そうなるのか。そうなってしまうのか。


「……何でPSIが発現したんだ?」


「分からねえ! いやぁ、楽しくなってきたな! やっぱりキョンシーは神からのパズルだ!」


 ハハハハハハハ! マイケルが笑う。それは良いのだ。この男はそういう人間なのだ。


「恭介、あなたの妹をフレデリカと呼ぶことにしたのは英断でした。できる限りキョンシーだと偽った方が良いでしょう。第二課も全面的に協力します」


――だから、優花を調べさせろ、か。


 アリシアが何を望んでいるのか、恭介にはすぐに分かった。そして、自分にそれを断る理由はない。


 恭介は情報が欲しかった。


「フレデリカ。何でも良い。脳特殊開発研究所に攫われていた時、何かをされていたという記憶は残っているか?」


「いいえ! 全く残っていないわ! あるのは凌辱された記憶だけ! 最後に残っているのはドリルが脳をかき混ぜた音かしら!」


「そうか。ごめんね」


「気にしなくて良いわお兄様! フレデリカの人格だもの!」


 フレデリカの額を撫で、恭介は考える。


 何か今の自分に得られる情報は、どんな小さな物でも良い。


 そんな恭介の態度にマイケルが思い出したように腹を叩いた。


「思い出した! 葉隠スズメ、あいつを攫った組織も脳特殊開発研究所だ! もしかしたら何か知ってるかもしれねえぜ!?」

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