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③ 床就きスズメ




***




「さびしい」


 葉隠邸、寝室。葉隠スズメは布団で横に成っていた。


 枕元には多数の薬剤が置かれている。体の調子を整える薬である。これらの薬に頼らなければスズメは生きていけないのだ。


――きょうかに会いたい。


 年が明け、早十日。スズメはそればかり考えていた。


 穿頭教での一件以来、スズメは京香と会っていない。どの様な理由があれ、自分は京香を裏切ったのだ。


『アタシのために裏切ってくれたんでしょ。なら、許すわ』


 年が明ける直前、京香から一度だけ電話があった。電話越しの声は穏やかで、今の彼女にそんな声を出させてしまったことがスズメには許せなかった。


――きょうかは今、私なんて気に掛けられる状態じゃないのに。


 スズメは調べられる限りの京香の過去は調べ尽くした。


 だから、彼女にとって霊幻が、上森幸太郎がどれだけ大切で、不可侵で、失いたくない存在なのかを理解してしまった。


 そんな霊幻が、遠からず壊れてしまうのだ。京香の心はどれだけ掻き乱れてしまっているだろう。


 別離の予告は残酷だ。その瞬間まで、胸の真ん中の方で別離の悲しさが、恐怖が、切なさが繰り返される。


 スズメは確かに寂しかった。愛しい恋しい京香に会えない時間はいつもそうだ。けれど、それと同じくらい、もしかしたら、それ以上に、今の京香が心配で堪らなかった。


――でも、私には何にもできない。


「っ」


 床に就いた体。仕事などが無い時は、出来る限り体を休めている様に医者には言われている。


 無理のきかない体、外に出られない精神、その全てが恨めしい。


 どうしてこうも自分は壊されてしまったのか。


 スズメは自分がこうなってしまう前、まだAランク素体と呼ばれ、シカバネ町で蝶よ花よと生活していた時を思い出す。


 あの頃の生活は素晴らしい物だった。当時まだ十二かそこらの子供だったけれど、父、母、姉、弟、祖父母。全員で暮らしていた大豪邸。どんな我儘だって思いのまま。葉隠一族の一声でビルが建った。


 そんな生活は一瞬にして、葉隠邸が襲撃され、スズメ以外の全員が殺されたことで呆気なく終了した。


 スズメは良く覚えている。その日は晴れで今日の様に寒い日で、突然の銃撃や人が殺される音でスズメは眼を覚まし、そして攫われたのだ。


 それからの日々は思い返したくも無い地獄だった。


 毎日の薬物実験。脳に刺された電極の感触。開かれる腹。噴き出していく血。日に日に減って補充されていく少年少女。


 スズメはまだマシだった。Aランク素体故に使い潰す様な実験は最後までされず、その直前で京香に救われたのだから。


――今の私はFランクだっけ?


 ハハッ。スズメは自嘲する。


 脳特殊開発研究所の実験によりスズメの脳は変質し、もはやキョンシーに使えないレベルにまで壊れてしまったのだ。


 だが、その副作用により、スズメが開花したのが超速並列処理である。


 脳特殊開発研究所の目的は、人間の身で、人間を超える力を手に入れることである。


 スズメは科学者ではない。けれど、科学者達が言うには、ありとあらゆる実験は使い潰せるサンプルが多ければ多い程、成功率が上がるのだ。


 故に、スズメはあの地獄でただのとても貴重なサンプルで、故に貴重では無かったサンプル達がどの様な処置を受けたのかを良く知っていた。


 次々とスズメと同じ被害者が脳を開けられ、無理やり弄られ、壊れて死んでいく。


 時には目の前で死んだばかりの、まだ生きていたかもしれない体が処理機に潰されていく様を見た。


「何かできないの、私は」


 ガラクタの体。生きているだけで儲け物。だけれど、生きているだけの人生なんて死んでいるのと何が違うのだろう。


 スズメは知っている。医者からも説明を受けている。自分の余命は決して長くない。シカバネ町の潤沢な医療設備、スズメが稼いだ莫大な金、それら全てを投入しても、常人の半分も生きられない。


 ずっとスズメは考えている。何か残り短い時間で為せることはないのか。


――水、飲もう。


 パンパン!


 スズメはその場で手を叩き、すぐに部屋へとを子供メイドのキョンシーが入ってきた。


「ツバメ、水を持って来て。あと、ウグイスに本を持って来てって言っておいて。逆撫で姫って小説を」


「かしこまりー」


 思考が暗い方向に行こうとしている。落ち込んだ感情は身体にも影響を及ぼす。そうしたら、ただでさえ短い寿命が更に削られてしまう。


 スズメはそれを理解して、少しでも気を紛らわせるために、本でも読むことにした。




「スズメさま。お客さまがお見えです」


 そして、本を読んで二時間後。午後三時。


 子供キョンシーの一体、ツグミが訪問客の来訪を告げてきた。


「え、誰?」


 僅かにスズメの体が震え始める。大人が来たのだ。それは恐怖の象徴である。ハッキングの依頼だろうか。いや、仕事は全てメールで済ませる様にしてある。では、一体誰が?


「人間は、木下恭介さま、アリシア・ヒルベスタさま、マイケル・クロムウェルさま。キョンシーは、ホムラとココミです。いかがなさいますか?」

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