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④ 夢の町を見下ろして




***




 三が日も終わった一月五日。


 その深夜。


 シカバネ町の空にクロガネ達は居た。


 ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ。


 ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ。


 セリアとアネモイの風に乗り、クロガネ達はシカバネ町を見下ろしていた。


「みんな、準備は良い? 忘れ物は無いわね?」


 質問は茶番である。ここは上空三百メートル。物資の調達は不可能だ。


「カッカッカ! 問題ないね! なあ、シラユキ!」


「ええ、カーレン。ちゃんと体は冷えているわ」


 率先して答えたのはエンバルディア計画の古参組。メルヘンカンパニーから移ってきた一団のまとめ役だ。


「みなさん。こんかいの、にんむのかくにんを、しましょう」


「そud! htyうdよ!」


 アネモイを抱えたセリアが不安そうな眼をクロガネ達へ向ける。


 彼女の気持ちも分かる。元々の彼女は戦う人間ではないのだ。


「そうね。その通り。町に降りたら何が起きるか分からないもの。確認は大事ね」


 クロガネが仲間へ目を向けた。


――誰に答えてもらおうかしら?


 リーダーである自分が率先して答えても良い。けれど、折角の団体行動。みんなでやった方が楽しそうだった。


「じゃあ、アニ、トレミー、答えてみて」


 クロガネが指差したのは白衣を来た褐色の女性、アニ・イシグロとキョンシー、科学者仲間のキョンシー、トレミーだった。


「……答えましょう。第一目標はココミの奪還」


「そうである。我らが至高のテレパシスト、ココミを手に入れるのが目的である。故に我ら戦闘部隊が派遣されたのだ」


「よろしい。素晴らしいわ。そう。私達はココミを取り返しに来たの。それじゃあ、何でココミが必要なのか誰か説明できるかしら?」


 スッと挙手したのは左眼に眼帯をしたジャックと、そのキョンシー、キッドのコンビだった。


「はいはいはい! ココミのテレパシーが無いと、俺達の目的が果たせないからです!」


「そうそうそう! テレパシーが無いとぶっちゃけオレ達はジリ貧で世界に負けるからです!」


「うーん。相変わらず元気なのは良いけど、相変わらず具体的な説明じゃないわね」


「「そんな!?」」


 クロガネは苦笑する。この二人はとても素直で良い子だが、正直説明はとても下手だった。


「ヨシツネ殿、某が答えて構わぬか?」


「許す」


 キュイーン。主の許しを経て、ベンケイが機械音を鳴らす。


「正直に申すなら、某達には戦力が足りぬ。ココミのテレパシーで各国のキョンシー達を仲間にせねば、世界と戦うなど不可能だからだ」


「正解。その通りねベンケイ」


 パチパチとクロガネは拍手を送る。


「私達はまだまだ弱くて小さいわ。世界と戦うなんてとてもじゃないとできない。ここに居るみんなは一騎当千の猛者だけれど、世界中のキョンシー相手じゃ多勢に無勢。逆転の一手が必要なの」


 クロガネは何としてもエンバルディアを実現すると決めていた。エンバルディアで家族と過ごす。その目的のためなら何でもできるのだ。


「それじゃあ、まだ答えてない人。モーガンとハクゲイ。ココミの可能性について教えてくれないかしら? 世界がまだ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()テレパシストの可能性を」


 最後にクロガネが指差したのは白髭を携えた老人、モーガンと、一般の成人男性より二倍近く大きい頭部を持つキョンシー、ハクゲイだ。


「ココミ、あのキョンシーは恐ろしい。その気に成ればこの世界だって滅ぼせる」


「ああああそううううでえええすう。ココココミミミミ、ああああのキョンシーがが望めばば、人間ももキョンシーもも全てて意のまままですすからららねねね」


 満足した様にクロガネは頷いた。


「高原は一つ間違えて一つ正解したと私は思うの。一つはココミのテレパシーに制限を付けなかったこと。もう一つはココミにホムラを与えたこと。みんなはどっちが正解だと思う?」


 フフフ。クロガネは笑う。こう言う答えが出ない問いがクロガネは好きだった。


「気持ちは分かるわ。高原はキョンシーの脳に制限を付けることが嫌いだもの。ええ、分かるのよ。それが科学者としての彼の信念なんだから」


「我も分かるぞ。こだわりを捨てた科学者など虫の死骸にも劣るからな」


 科学者仲間であるトレミーが大仰に頷いた。


「そうね。こだわりは、夢はとっても大事よね。私もそうよ。夢があるからここに居るんだもの」


 クロガネは生前の頃を、まだ、普通の科学者であった頃を思い出す。


 あの頃の、清金カナエと言う名前の頃の自分はキョンシーを愛していた。


 性的な興奮を覚えたのはキョンシー達だけだし、肌に触れたいのも肌に触れて欲しいのもキョンシー達だけだった。


 ネクロフィリア。清金カナエはそれが愛ではないなんて考えていなかった。それは本能として刻まれたとても尊い物だ。


 しかし、それと同時に自分の気持ちが社会に受け入れられる物ではないとも理解していた。


 清金カナエは頭が良く、天才と呼ばれる科学者に成長し、いつしか、キョンシーと家族に成ることだけを夢見て生きる様に成ったのだ。


「ああ、私は過去の私に、清金カナエに感謝しているわ。だって家族を作ってくれた。京香を産んでくれた。あなたを産み落とした日を今でも克明に記録しているわ」


 クロガネは自分の腹を、子宮の場所を撫でた。


「京香、弟も妹も、たくさん増えたわ。きっと喜んでくれるわよね」


 何度も何度も使われたクロガネの、清金カナエの子宮。随分と京香の弟妹は増えた。


 クロガネは夢を見る。また、清金邸の時の様に、大勢で幸せに、穏やかに過ごす陽だまりの様な未来の日々を。


 アネモイの風を蹴り、クロガネがくるりとその場で回った。黒いヴェールがフワリと揺れる。


 カァッと体が熱くなっていた。興奮している。初夜を迎えた日の時の様に。


 その興奮は京香の父を、キョンシー七十七号を思い出させた。


「あなた、一番初めに私を孕ませた愛しいあなた。私は取り戻すわ。家族との日々を。夢の様な安息を。だからあなた見守っていて。空か大地か海か、もう解体されたあなたはきっといつまでもどこまでも私に恋して、私を愛してくれているのでしょうから」


 一方的な宣言、一方的な祈り、一方的な結論。


 クロガネは正しく狂ったキョンシーだった。


「ああ、京香に会えるのかしら! できることならココミと一緒に京香も連れて行きたいの! 大丈夫、きっと京香も気に入ってくれると思うの!」


 クロガネは夢を語った。眼下の町には愛する娘が居る。この時間ならば寝ているだろう。もしも夜更かししていたのなら軽く叱ってあげるのも良い。


「さあ、みんな行きましょう! 夢が待つ死者の町へ! エンバルディアの輝かしい第一歩だわ!」


 クロガネの宣言に実行部隊の面々は準備万端と言った様に各々反応した。


「アネモイ、みんなを、したへ」


「ykt!」


 アネモイが風の形を変える。足場から滑り台へ。


 重力はクロガネ達を加速させ、数度のループを描きながらシカバネ町へと飛ばしていく。


「夢を見ましょう、みんな! エンバルディアを叶えるために!」


 クロガネは笑う。夢を信じれば力が溢れて来るからだ。

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