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③ やることは変わらないんでしょう?







――僕はどうするべきだろう?


 初詣が終わり、屋台へ突撃していくホムラとココミを眺めながら恭介はレプリカブレインのことを考えた。


 アリシアとマイケルの言葉を信じるならば、優花をこれ以上治療するには彼女をキョンシー化するのが妥当である。話の後、ココミに確認したが、あの二人は嘘を付いていなかった。


 言葉は真実で、それは専門家の言葉である。


 アリシアとマイケルが技術に対して嘘を言わない人間であることは知っている。


 正確にはキョンシーではない。半キョンシーとでも言うべき状態である。心臓は動くし、人工血液への代替をする訳でもない。ただ、脳機能がキョンシー化するだけだ。


 レプリカブレインを貼っている間、仮想人格が木下優花の動作を代替する。ようはそれを受け入れるかどうかの話だ。


 この提案は恭介にとって益がある。そもそも優花は既に死に体だ。生物学的に生きているというだけ。今までの治療が一定以上の成果を出している事実は喜ばしい。


 しかも、今回の半キョンシー化は治療のセカンドステップだ。受け入れない理由は何も無い。


――でも、キョンシー、だ。


 ホムラとココミ、霊幻、セバスチャン、アネモイ。様々なキョンシーとこの半年関わり、恭介は人間とキョンシーが明確に違う物であることを理解していた。


――優花をキョンシーにするとして、それで脳が治るとして、果たしてそこにあるのは木下優花なのか?


 遺伝子的には木下優花だろう。彼女の脳を培養し、再生した大脳。それに外部から情報を書き込むというだけだ。


 木下優花の治療を始めたその日から、彼女の人格や記憶が元に戻らないことを恭介は承知していた。


 それ自体は問題ない。


 しょうがないと諦められる。


 諦められると思える。


 しかし、一度キョンシーと言う段階を経て、その人間は元のままだと言えるのだろうか。


 今までやってきた脳の再生治療は、人間から人間への変化だ。


 非人道的人体実験の数々だとしても、それで死ぬ可能性があったとしても、生から生への変化だった。


 だから恭介も受け入れられた。けれど、今回は違う。


 妹を人外へ。それは不可逆の措置だ。将来的にレプリカブレインを外し、只の人間に戻れる保証は無い。


 不可逆の物が恭介は嫌いだった。


 この大キョンシー時代。キョンシーへの忌避感がある訳ではない。近くで死体が動いていることを恭介は当たり前だと思うし、ひんやりとした肌も、血の気が引いた顔も、見慣れている。


 つい最近、何処かのキョンシー開発メーカーが、生前と変わらない姿と言うコンセプトのキョンシーを発表した。蘇生符を合成皮膚の下に埋め込み、顔色も生前と同じにして、表情プログラムも導入した最新鋭のキョンシーだ。


 そのニュースを恭介も見た。そして、そのキョンシー達の姿にとてつもない気持ち悪さを覚えたのだ。


――不気味の谷、現象だっけ。


 人は人間と近い異物を拒絶する。人間とキョンシーは明確に違うからこそ共存できるのだ。


 木下優花のキョンシー化とは、彼女を人間ともキョンシーとも違う、全くの異物にするということだ。


 それは孤独である。恐怖である。


 恭介はきっとそんな姿に成った妹を気持ち悪いと思うだろう。


――じゃあ、一体、どうするか。


 考える。それだけは止めない。


 二種類の感情が恭介にはあった。


 期待と恐怖、である。


 また、優花の声が聞ける、という期待。


 きっと、優花を拒絶する、という恐怖。


 それは当たり前だろう。恭介はもう木下優花という妹の、声や話し方や、体温や表情を上手く思い出せないのだ。


 レプリカブレインを貼った木下優花はきっと、恭介の知らない声、話し方、体温、表情を見せるのだろう。


 それは記憶の上書きだ。僅かに残った家族との思い出を塗り潰す作業だ。


 ドンッ!


 その時、恭介の肩が何者かに殴られた。殴打の感触から犯人は分かっている。


 はぁ、っとため息を吐いて、恭介は左を見る。


 そこではホムラとココミが立っていて、彼女達が右手と左手を差し出していた。


「……何?」


「お金。もう無くなったわ」


「……」


 ホムラが顎で屋台を示す。まだまだ遊び足りないから金を寄こせと言うのだ。


「嘘だろ? まあまあな金額あげたろ? 一体何やった?」


「アレおかしいわ。全然ゲーム機が当たらないの」


「……」


 ホムラ達が指差したのは景品だけは豪華な電子式屋台だった。


「馬鹿なの? ああいうのはね、古今東西アタリが入っていない物なんだよ」


「挑戦しない理由にはならないわ。さあ、軍資金を寄こしなさい。次は当てるわ」


「……」


 ハリーハリー。ホムラとココミが恭介に迫る。我儘を止める気は無い様だ。


「……おみくじは後一回だけだ。金の無駄だからね」


「しょうがないわね。次で当ててあげるわ」


 恭介はため息を吐きながら軍資金を再度ホムラへ渡す。


 今日は新年である。多少は散在しても良いだろう。


 パラッパッパー! パッパー! パパ!


「やった! 当てたわココミ!」


「……」


「マジで!?」


 高らかにおみくじ屋からファンファーレが鳴る。


 電子屋台の液晶画面には特賞大当たりの文字が表示され、ホムラが強くガッツポーズし、ココミが小さくピースサインしていた。




「フフフ。流石ねココミ。わたし達の愛の賜物だわ。さ、帰ったら一緒に遊びましょうね。ココミは何をしたい? わたし? わたしはあのピンクボールで色々と吸い込むゲームをしたいわ。ココミは? え? ぎょるいの村? マンボウと話したいって? 良いわね!」


「……」


 ホクホクした顔でホムラとココミがゲーム機を高く掲げてクルクルとその場で回り出す。


「えー。マジで当てたの? ちょっと僕にもやらせてよ」


「わたしとココミの後の後の後なら許してあげるわ」


「……」


「元々は僕の金だからな? 忘れるなよ? ついでに家主も僕だからな?」


「はいはい、うるさいうるさい。わたしとココミは他の屋台へ行くわ。射的、ヨーヨー釣り、型抜き。やりたいことがいっぱいあるのよ」


「……」


 トトト。ホムラとココミはさっさと別の屋台へと向かって行く。何処までも自由だ。この二体には悩みなど無いに違いない。


――ベビーカステラでも食べよ。


 キョンシー達を放って置き、恭介も恭介で好きに屋台を回ることにした。


 その直後である。


 ドンッ。


「回るのに邪魔だわ。持ってなさい。落としたら燃やすわ」


「……」


 戻ってきたホムラとココミが恭介へ当てたばかりのゲーム機の箱を押し付けた。


「えー」


 最早暴君である。どちらが主か分かった物ではない。


 恭介は受け取った。まあ別にこれくらいの雑用ならばこなしても構わない。どうせ考え事であまり動かないからだ。


「ああ、それと」


「……」


「何? まだ何かあるの?」


 眉を上げて恭介はホムラの言葉を待った。こうしてこのキョンシーが言葉を続けるのは珍しい。いつもなら頼むだけ頼んで何処かに行ってしまうのに。


「どうせやることは変わらないんでしょう?」


「……」


「さあ行くわよココミ! 今日のハイスコアはわたし達だわ!」


 言うだけ言って、返事も聞かず、ホムラはとココミと共に屋台へ突撃していく。


――。


 何だか色々と恭介は馬鹿らしくなった。


「まあ、そうか」


 決断は決まっている。いや、決まっていた。


 ならば、悩んでいる時間は無いのだ。

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