② 桃の頭は土産物
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大晦日の午前九時。恭介はアリシアからの呼び出しでハカモリの第二課を訪れていた。
「久しぶりだな」
キョンシー犯罪対策局ビルの二階。ほんの数か月前には通い詰めていた職場には多くのパソコンが並び、カタカタとキーボードを叩く音がする。
大晦日だと言うのにこの課の風景に代わり映えは無かった。
「うるさい音ね。もう少し静かにできないのかしら。カタカタカタカタ。ココミがノイローゼにでも成ったらどうしてくれるの? ああ、燃やしてやりたい」
「……」
「絶対止めろよ? ほら、そこのソファに座ってろ。ジュース飲んでて良いから」
恭介はホムラとココミに途中で買った柑橘系ジュースを手渡す。意外にも二体は大人しく部屋脇のソファに座った。
「アリシアさんはっと」
自分を呼び出したかつての上司の姿を探すが、見当たらない。主任用の机にも姿が無かった。
恭介は軽くオフィスの中を回った。解析用のデスクトップパソコンが大量に置かれた空間は壮観でもあった。
――あ、僕の机無くなってる。
当たり前である。既に恭介の席は第六課に移っている。監視員としての役割があるとは言え、第二課時代の机を残す理由は無かった。
そうこう回っていると、一際目立つ蛍光色の頭を恭介は発見した。
「幸原さん」
そこに居たのは幸原 幸輝。第二課時代の恭介の教育係だった。
「ん、あ、恭介。おひさ~」
パソコンから幸原が顔を上げる。
「また髪染めたんですか?」
「良いだろ? サファイアブルーだ」
また色を変えた頭を指して幸原が笑った。
「今何をしてるんですか?」
「んー、第六課へはまだ箝口令引かれてるから、話せねえな」
「マジですか」
第六課には今箝口令が引かれている。主に清金京香の暴走の責任を取るためにだ。
そのため、恭介は穿頭教との戦いの後、一体何が起きたのか知らない。きっとろくでも無いことだ。でなければ、幸原がわざわざ恭介へ箝口令の話をするはずが無かった。
「アリシア主任は何処にいますか? この時間にここに来る様に言われてるんですが」
「主任ならあそこの会議室に行ってたぜ。何かマイケルも居た」
「マイケルさんが? 何で?」
「さあ?」
恭介は眉を顰めた。何となくだが嫌な予感がする。マイケルとアリシアはキョンシー研究者として親交があると言うのはこの前の一件から分かっていた。
しかし、あの二人がわざわざ会議室で話しており、今日この時間に恭介が呼び出されたという事実は恭介の足を躊躇わせるのに充分だった。
――行くか。
悩んでいても仕方が無い。まずは話を聞くしかないのだ。
幸原に軽く礼を言い、恭介は入口近くのソファまで戻り、ホムラ達に声を掛けた。
「ホムラ、ココミ、行くよ」
「うるさいわね。今ココミと語り合っているのよ。愛するココミと。そう! あ・い・す・る! コ・コ・ミ・と!」
「……」
「ただシンプルにうるさいよ。第二課の仕事の邪魔だから早くこっちに来い」
しぶしぶと言った様子でホムラとココミは立ち上がり、二体を連れて恭介は幸原が指した会議室へと向かった
コンコンコンコン。
「どうぞ。入ってください」
「失礼します」
幸原の言う通り、アリシアとマイケル、ハカモリの研究者の二大巨頭が居た。
「良く来ましたね、恭介。さ、座ってください。ホムラとココミもどうぞ。美味しいお菓子を用意しました」
「ふーん。そう。食べてあげるわ。感謝なさい」
「……」
スタスタとホムラとココミは我が物顔で席に着き、卓上の菓子と近くの椅子を取り、部屋の隅で座って摘まみ始めた。
「さ、ココミ、これを食べて。良い香りのするクッキーだわ」
「……」
パクパク。ホムラとココミはこちらに眼も向けない。後は勝手にやっていろということなのだろう。
相変わらずの我儘放題。いっそここまで来ると清々しかった。
げんなりと眉を上げて席に座り、恭介はフレームレス眼鏡を整えた。
どの様な話であれ、精神の安定を乱す物である事は間違いないだろう。
「今日はどんな用件で?」
恭介の質問にアリシアが「フフッ」ととても楽しそうに笑った。
「アリシアさん?」
「あ、いえ、ごめんなさい。つい楽しくてですね。だって、やっと完成したんですもの」
アリシアが珍しく謝罪し、マイケルと恭介へ目配せをした後、質問に答えた。
「キョウスケ。喜びなさい。あなたの妹はまた喋れるように成りますよ」
瞬間、恭介の視界がパァッと輝いた。
今、何と言われた。妹とは、木下優花のことだ。四肢を捥がれ、脳を奪われた哀れな妹。彼女を治療するために恭介はハカモリで働いているのだ。
と、同時に恭介の中の冷静で真っ黒い部分が否定を始める。そんなに上手い話があるはずが無い。あの様な状態のダルマの様な人間がそんな簡単に元に戻れるわけが無いのだ。
「アリシア、お前の悪い癖だぜ? 単刀直入も良いけどよ、ちゃんと説明しねえと分からねえだろ」
「ごめんなさい、マイケル。でも良いでしょう? あなただって認めてくれたじゃないですか」
「まあな。良くこの短時間で開発したと思うぜ。でも恭介に説明してやれ。こいつは当事者なんだから」
マイケルの苦言にアリシアがコホンと咳払いし、恭介へタブレットを渡した。
起動しろと言う事だろう。恭介はスリープモードを解除し、タブレットに掛かれた文字を読み上げる。
「……木下優花、治療プログラム第二段階、キョンシー化による治療」
強く、恭介の眉に力が入った。これはどういう意味だ。
――落ち着け。落ち着け。まずは情報を集めろ。
フーッと恭介は息を吐く。ギリギリで肩も腕も震えなかった。
「……優花を殺す、という意味ですか?」
恭介の問いにマイケルが深くため息を吐いた。
「はぁ。ほら見ろ、アリシア、こうなるに決まってるだろ。結論から話し過ぎなんだ」
「あら? ちょっと先走り過ぎちゃいましたね。恭介、初めに言っておきます。木下優花を死なせるわけではありません。ページを捲ってください」
言われるがままに恭介は画面をスライドし、次のページを読む。
そこにはこう書かれてあった。
・木下優花の脳再生治療はほぼ最終段階まで到達した。
・ここから先必要に成るのは、生命活動に必要な機能の覚醒。
・この機能覚醒の為に今回新たに開発されたのが脳機能代替蘇生符、レプリカブレイン。
・レプリカブレインは木下優花の運動、会話、記憶、等に関わる脳機能を代替し、新たに再生された生体脳へ情報を記録していく。
・生体脳へ情報記録が完了次第、レプリカブレインは外し、晴れて木下優花の治療は完了する。
「キョウスケ。あなたの妹の脳再生はほとんど完了しています。勿論定期的な脳再生治療は続けていきますが、それでもこれ以上生体反応が返って来ることはありません」
「……それで、今回開発したのが」
「ええ、レプリカブレインです。脳は使わなければ治りません。困ったことですけれどね。このレプリカブレインを装着すれば、木下優花は喋り、笑い、脳活動を再開するでしょう」
恭介は額を押さえた。医学は専門外で、恭介は科学者でも研究者でもない。だが、確かにここに書いてある資料は正しい様だった。
「レプリカブレイン、そんな蘇生符の話は今まで無かったはずですが?」
「急遽作りましたからね」
「どうしてですか?」
「先日、モモシマとダイカクの頭部がこのビルの屋上で発見されました」
その情報を恭介は知らなかった。生きて欲しいとは思っていなかった。だが、死なすのは間違っていると思っていたあの二人は、少し前に死んでいたのだ。
顔には出さず、続きを恭介は促した。
「桃島の頭のマイクロ蘇生符を解析したんですよ。そしたら生体脳を破壊しないまま脳活動を再開させられる蘇生符、つまり、レプリカブレインを作れるんじゃないかと思いましてね」
「俺も相談を受けてな。つい一昨日、完成したんだ。丁度、余ってる蘇生符が第六課にはあったのも運が良かったな」
ハハッ。マイケルが笑う。彼もまた技術者で研究者だった。開発した新しい技術を相手の感情は無視して披露したくて堪らないのだ。
アリシアがクリアファイルと書類を恭介へ差し出した。
「キョウスケ、ここに誓約書があります。サインをしてくれれば、このレプリカブレインを木下優花へ取り付けましょう」
「……少し、時間をください」
額を押さえたまま恭介はクリアファイルと誓約書を受け取り、深く目を閉じた。




