① 拍手を打ち
「ほら、屋台に行くわよ。さっさと準備なさい」
一月一日午前零時。
大晦日特番を見終えたホムラとココミがそんなことを言い始めた。
既に恭介は入浴を済ませ、寝間着に着替えている。高級ソファを占領したホムラとココミの隣で安物のソファに座わり、共に特番を見ていた。
歌特番とバラエティ特番。当然の様にホムラ達とのチャンネル争いに負けた恭介はまったりとバラエティ番組を眺めていたのだ。
久しぶりにまともに見る芸人達のやり取りは思ったよりも楽しかった。
「ええ? 明日にしろよ」
「いやよ。朝まで待ってたら神社が混んでしまうじゃない。ほら立ちなさい。お金も用意して。買いたい物が色々あるのよ」
テキパキとホムラとココミは手を繋いで立ち上がり、二人の部屋に向かっている。パジャマから外着に着替えるつもりなのだろう。
いつものことだが恭介の言葉を聞く気は無い様だ。横暴さにはもう慣れっこである。
――なら、何でわざわざ寝間着に着替えたんだよ。
キョンシー達の不可解な行動。気にするだけ無駄である。
「……しょうがないか」
恭介もソファから立ち上がり、自分の部屋に向かう。外の気温は零℃らしい。厚着する必要があるだろう。
「ほら、着いたよ。降りな」
「遅かったじゃない。もっと飛ばせたでしょ?」
「……」
「安全運転という言葉を知らないのか?」
ハカモリから提供された護衛車を恭介はヨモツ神社の駐車場に止めた。
「さむっ」
ヒュウヒュウとした冷たい風に恭介は思わず身を震わせる。
「人間は軟弱ね。この程度の気温で寒いと感じるなんて」
「……」
「厚着してるキョンシーに言われたくないよ」
ジトッと恭介はホムラ達を見る。キョンシー達は白と黒のダッフルコートを着ていた。
ココミはともかく身体への改造が施されているホムラならばこれ程の厚着は不必要である。極論を言えば裸でも問題なく活動できるだろう。
ドゴォ!
そう恭介が思った瞬間、ホムラの右手がその腹を打った。
「いった! 何!? 何で殴った!?」
「下劣な想像は止めなさい。燃やすわよ」
「……」
「うるさいよ! ノータイムで主人を殴るな!」
やいのやいの。ホムラへ文句を言いながら恭介はヨモツ神社の賽銭箱へ向かう。道中の車で先に初詣を済ませると言ってあったのだ。
境内には様々な屋台があった。甘酒からくじ引きまで、AIで管理されたレトロライクな屋台からは湯気が上がり、数時間後には押し寄せる参拝客を待っている。
――警護とかどうするんだろう。
人の密集はそのままキョンシー犯罪に繋がる。例年、この様なイベント事にはハカモリの第一課が警護や監視に当たっていた。
しかし、先日の戦いで第一課は人員とキョンシーを幾らか失っている。今年はその分他の課からのヘルプが入るだろう。
「まあ、考えてもしょうがないか」
AI屋台に吸い寄せられようとするホムラとココミを止めながら、恭介は賽銭箱とガラガラ鈴へと向かう。
周囲へ恭介は眼を向ける。わざわざ深夜に外に出るなど自殺願望者がすることである。ココミからの警告は無い。半径二キロ圏内にはどうやら敵は居ない様だ。
――ま、監視は居るんだろうけどね。
ココミはハカモリにとって最重要護衛対象の一つである。恭介では気付けないだけで、至る所に監視や護衛役が居るのだろう。
そうこう考えている内に恭介は賽銭箱と鈴を見付けた。人通りの無い神社だ。歩くのもあっと言う間である。
そして、恭介の眼に久しぶりに見る人影が映った。
それは一人の人間と一体のキョンシーの組み合わせである。彼女達はどうやらへ初詣を済ませている様だ。
人間の、女性の後姿は酷く印象的だ。鉄の様に黒いコート、雪の様に白い髪。コントラストが強く、遠くからでも視認できた。
足音に気付いたのだろう。彼女達がこちらへと振り返った。
「あ、恭介じゃん。あけおめ。どうしたのこんな時間に?」
そこに居たのは恭介の上司兼監視対象である清金京香とそのキョンシー霊幻だった。
「あけましておめでとうございます。ホムラとココミが新年一番に屋台に行きたいってゴネちゃいまして。清金先輩は何でこんな場所に?」
「アタシは初詣よ。朝は混んじゃうからね」
「清金先輩は謹慎中ですよね? 外に出て良いんですか?」
「大丈夫よ。どうせ監視が付いて来てるだろうし」
清金は先の戦いでの暴走の責任から年明けまで謹慎処分を言い渡されていた。
「水瀬部長が知ったら怒りそうですね」
「大丈夫大丈夫」
根拠も無く清金が笑う。カラカラとした笑いで、恭介は軽く肩を竦める。恭介は彼女の作り笑いが分かる様に成ってきていた。
「ねえ、見てココミ。屋台があるわ。明るいわね。煩わしい人間達もほとんど居なくて良いわね。何か食べたい物とかやりたい物ある? 遠慮しないでお金ならいっぱいあるから」
「……」
恭介のすぐ後ろでホムラとココミが抱き合いながら屋台を見ている。今にも屋台へと突撃してしまう勢いだろう。
「初詣してからだって言っただろ? あと、金を出すのは僕だからな? それは何があっても忘れるなよ」
「それじゃあさっさとお賽銭を渡しなさい。わたしとココミ、それぞれに五万円ずつで良いわ」
「やかましいよ。ほら、五円玉」
恭介が投げた五円玉二枚をホムラは見もせずにキャッチした。感謝の言葉の一つでもあれば可愛げがあるのだが、期待するだけ無駄であるらしい。
「と、邪魔したわね。アタシ達は軽く屋台を回ってから帰るから、恭介達も好きに過ごしな」
「あ、はい。それじゃあ、清金先輩、謹慎明けに会いましょう」
「ん、またね」
恭介に背を向けて京香と霊幻は参道の屋台へと向かった。どうやら彼女達も屋台を巡るつもりらしい。
小さな肩に掛かった白髪が左右に揺れる。清金の様子は一見して前と変わらない。
しかし、恭介には清金が無理をしていると分かる様に成ってしまった。
――あの人を支えてくれ、か。
霊幻からの願いへ恭介は返答していない。簡単に答えを出して良い問いでは無いからだ。
それに、今の恭介には他にも考えなければならないことがあった。
「急ぎなさい。初詣を済ませて屋台を巡るのよ。ねえ、ココミ何をしたい? わたしは射的が良いと思うの。りんご飴も良いわね。甘酒も外せないわ。え? 一緒に食べたいですって? 当たり前じゃない! 一緒に全部シェアしましょう! ああ! 愛しているわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「……」
「いや、うるさい。境内で騒ぐなって。警報が鳴るだろ」
やれやれと恭介は自分用の五円玉を賽銭箱へ投げ入れ、ガラガラと鈴を鳴らす。
それに続いてホムラとココミの五円玉がチャリンチャリン、からの鈴がガランガラン。
恭介とそのキョンシー達はほとんど同時のタイミングでパンパンと柏手を打ち、眼を閉じた。
――願い事、か。
これと言って強く願うことは恭介には無かった。何かに願ってもどうしようもない課題ばかりである。
それでも願うべき場ならば、願うべきだ。それは正しいことである。
――正しい選択ができますように。
十数時間前、大晦日の早朝。恭介は直面した一つの選択について思いを馳せる。
とにもかくにも、その選択について考える必要があった。




