家に帰ろう
***
「素晴らしいPSIだった! ああ、ネエサマはやっぱりボク達の理想だ! カアサマが愛するのも分かります!」
アハハ! 林の中、シロガネは笑いながら山を駆け降りる。
脳で再生されるのは清金京香のPSI。
あのPSIの出力はAクラスだった。生者の身でこの領域に至った姉の姿にシロガネは興奮を隠せないでいた。
「はいはい、シロガネ、ちゃんと脇腹抑えて抑えて。小腸出てるよ」
シロガネを追う様に山を駆けるのは頭にカラフルな毛糸を巻き付けたアリアドネだ。背にはグッタリと花冠のキョンシー、ペルセポネが背負われている。
「内臓くらい何だっていうんですか! ネエサマの攻撃をボクは貰えたんだ! あの出力を相手にして壊れていなかったのが奇跡なくらい! ああ、これはやはり家族の絆ですね!」
クルクルと意味も無くシロガネは回り、いくつかの木に体をぶつける。ぶつかった衝撃で体に空いた穴からいくつかの内臓がまろび出ようとしていた。
「ハカセには怒られるかもねー」
気まずそうにアリアドネが頬を掻いた。アリアドネとペルセポネは長くこのコウセン町の管理を受け持って来たキョンシーである。
「コウセン町が潰れたくらいあの人はグチグチ言いませんよ。どうやっても未来が無い町だったんですから。それにデータは一通り取れたじゃないですか」
実際、シロガネの言う通り、コウセン町で欲しかったデータはもう一通り手に入っていた。
当の昔に実験を止めても構わない町だったのだ。コウセン町が現在も続いていたのは、ある意味で惰性であり。ペルセポネが強く望んだからだ。
「ペルセポネ起きたらどうしようかな。絶対に壊れるよねー」
地下世界の女王。それがペルセポネの執着だ。そんな彼女が自分の国と定めたのがコウセン町だった。
拠り所を失ったキョンシーの末路は須らく崩壊である。
そして、崩壊は周囲を巻き込み、破滅させるのだ。
「しょうがないです。記憶を操作してしまいましょう」
ケロリとしたシロガネの言葉にアリアドネは渋面する。
執着のせいで壊れてしまうなら、執着を忘れてさせてしまえば良いのだ。
「ええー、私がやんの? ペルセポネは友達なんだけどなー」
「嫌ならゲンナイにでも頼みますよ?」
「やだよあんな改造狂に渡すなんて」
やれやれとアリアドネが首を振るう。ここに居るキョンシーの中で最も正常に狂っているのはアリアドネだった。
「でも、意外だったわ。コウセン町の抜け道を知ってるキョンシーが私達以外に居るなんて」
「ああ、あの子供のキョンシーですね」
シロガネは先程隠し通路の近くで壊れたキョンシーを思い出す。どういう理由なのか、あのキョンシーは管理者達しか知らないはずの抜け道を知っていたのだ。
いくつか予想は立てられる。あのキョンシーは外の世界に憧れていた。外に出るルートを探していたもおかしくないし、それこそペルセポネが何かの拍子に教えたのかもしれない。
「まあ、壊れたキョンシーのことは良いじゃないですか。ボク達は未来に眼を向けるべきなんです!」
再びシロガネは興奮した。先程からずっとこうである。少し落ち着いたと思ったらまた興奮して清金京香との未来を語り出すのだ。
「ああ、ボクには見えます! カアサマ、ネエサマ、イモウトとオトウト達! 皆で暮らす夢の日々が!」
シロガネは思い描く未来を疑わない。敬愛する母が作りたもうた最高傑作が清金京香だ。人類が夢見た生体サイキッカー。
未だ清金京香以外の成功例は無いが、シロガネは信じていた。
いつの日か必ず、母は、クロガネは、新しい生体サイキッカーを産むのだ。
ヒヒヒヒヒヒヒヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
その時、いななきが鳴り響いた。
ドォォォォォォォォン。
ドォォォォォォォォン。
ドォォォォォォォォン。
ヒヒヒヒヒヒヒヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
やや離れた所から爆発音も聞こえる。シロガネ達にはすぐにこの音の主が分かった。
彼らが誇る運び屋の到着だ。
「迎えが来たよ、シロガネ。居場所を知らせてちょうだい」
「お任せあれです! SETアンドSHOT!」
キイいイイイイイイイイイイイイいいン!
シロガネのテレキネシスが周囲の木々を破壊する。
破砕音が場所を知らせる合図だ。
ヒヒヒヒヒヒヒヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
空から馬の顔をした白いケンタウロスが降りて来た。
「ギョクリュウ! 待っていました!」
この白きケンタウロスの名前はギョクリュウ。アニマルズの一体であり、エンバルディアの運び屋であった。
「ヒヒン。ボロボロですな。シロガネ、あなたがそこまで負傷するとは珍しい」
「ネエサマに会えたんです! ギョクリュウにもネエサマの勇姿をお伝えしますよ!」
シロガネ達は断りなくギョクリュウの背に跨った。
「それじゃ行きますか。ヒヒン、我の体にちゃんと掴まる様に」
ドオオオオオオオオン!
ギョクリュウがPSIを発動し、足元を爆発させ、空へと駆け上がる。
爆発音という派手なエフェクトはあったが、実際には恐るべきPSIの技巧だった。
ギョクリュウは近距離設置型のパイロキネシストである。設置条件はその蹄鉄が触れた場所。
エンバルディアにて調整に調整を重ねた、胴体に収められたからこそ肥大化した巨大な脳を持つギョクリュウだからこそ、爆発で空を駆けるという微細なPSIの制御を可能にしているのだ。
「アハハ! ああ、良い気分です! 空を駆けるのは気持ちが良い!」
「ヒヒン! 運び屋冥利に尽きますな! どれ、もう一段加速しますぞ!」
ヒヒヒヒヒヒヒヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
人間ならば強烈な慣性に振り落とされるだろう。だが、シロガネとアリアドネは難なくギョクリュウの体に掴まっている。
相手を待てない子供の様にシロガネはギョクリュウへと話しかけた。
シロガネには気に成って仕方がない事があった。
愛する母は今違う場所に居る。その顛末が気に成った仕方無かった。
「ギョクリュウ、カアサマはどうなっているか聞いてますか!? ボクは今すぐにでもカアサマにネエサマの事を話したいんです!」
コウセン町で会えたネエサマの事を最愛のカアサマに一刻も早く伝えたい。
いつもならばシロガネはクロガネと共に行動する。エンバルディア計画も本格化し、別々の仕事を回されるようになってしまったのだ。
それはとてもシロガネとしては悲しい。だが、家族で過ごすという輝かしい未来のためである。
「ヒヒン。クロガネ殿ならばつい先日帰還しましたよ。連れて行った内の何体かが壊れてしまいましたがね」
ギョクリュウの言葉にアリアドネが眼を丸くする。シロガネも同様だった
「ええ? クロガネが連れて行ったのは私達の戦闘部隊じゃん。何で? 誰に? どうやって?」
「ボクも気になります! 帰りがてら教えてくださいギョクリュウ!」
「ヒヒン。それがですね」
ドオオオオオオオオン!
ドオオオオオオオオン!
ドオオオオオオオオン!
蹄鉄が爆発を鳴らし、シロガネ達は青空を駆ける。
目指すのは彼らの家。未だ叶わぬエンバルディアだ。
第五部完結です。
面白かったのなら幸いです。
是非とも感想反応よろしくお願いします!




