⑤ ブルードリーム
*
数秒間の浮遊の後、京香は地面へと着陸した。
ジャリジャリと砂鉄をクッションにして全員の体を包み込む。
地面に降り立ち、周囲を確認後、京香はふーっと息を吐いた。周囲に敵は居ない。
危機は脱した様だ。
「あおい、平気?」
京香は抱き締めたままだったあおいを見る。一見した限り怪我は無い。しかし、爆発の推進力で何処か筋を痛めている可能性はあった。
「うん。大丈夫。何処も怪我してないよ」
京香はホッと息をつき、改めて周囲を見る。来た時と変わらないコケが生えた岩肌と小川があり、キョンシー達は立っており、関口と土屋は地面に倒れていた。
土屋は横に成り、息を整えている。どうやら発作は収まりつつある様だ。
京香は膝を折り、コチョウに見下ろされている関口へと目を向けた。
「作戦は、失敗ね」
「ああ、くそ、管理者達を全員取り逃がした」
シロガネ、アリアドネ、ペルセポネ。三体のキョンシー全てを捕縛も破壊も出来なかった。
敵のホームでの戦い。不利は承知だった。しかし、もしも仮に京香がもっとPSIを上手く使えていたのなら結果は違っただろう。
「まあ、でも得られた情報はあったじゃない。それを持って帰りましょうよ」
「るせえ。分かってるさ」
関口が懐からスマートフォンを取り出した。ハカモリと連絡を取るためだろう。
しかし、すぐに彼は「ちっ」っと強く舌打ちした。
「清金、不知火、土屋さん、全員スマートフォンを取り出せ。誰か一人でも使える奴は居るか?」
関口の言葉に各々がスマートフォンを見て、全員が気付いた。
「壊れてるわね」
「ハハハハハハハハハ! お前のPSIが原因だろうな!」
磁場が電子回路を壊してしまった様だ。磁気耐性を持たせていた京香のスマートフォンも同様である。
もはや普通の電子機器では京香のマグネトロキネシスの余波にすら耐えられないのだろう。
「霊幻、アンタの蘇生符は? 大丈夫? 壊れてない?」
「ハハハハハハハハ! 今のところ問題は無いぞ! 磁気耐性は完璧だからな!」
「そう。コチョウ達は?」
コチョウ達も首肯する。どうやら、蘇生符は幸い壊れていなかったようだ。
「と、なると、電話で助けは呼べないか。ここから一番近い町までどれくらいだっけ?」
「西に十五キロの所に町があったぞ?」
「じゃあ、少し休んだらそこまで行きましょう。関口もそれで良い?」
特に異論は無かった。
そこまで確認して、今度こそ京香は僅かに肩の力を抜いた。
久しぶりに外気を感じる。冬の空気は冷たく澄んでいた。
――終わった。
京香はコウセン町があった方を見る。
出てきたばかりだった岩穴は崩落し、見る影も無い。
コウセン町の中に居たキョンシー達は全滅しただろう。
気の良いキョンシー達ばかりだった。まるで清金邸で過ごした日々の様だった。
それら全ては破壊され、地下深くに埋まってしまったのだ。
「……あ」
その時、京香は発見してしまった。崩れ落ちたコウセン町から少しだけは離れた場所。ギリギリで残った岩肌近くで倒れているキョンシーの姿がそこにあった。
「ヨシノ」
漏らした京香の声に、あおいも気付く。そこに居たのは、京香へ、正確にはマグネロへコウセン町を案内し、マグネロに懐いてくれた子供のキョンシー、ヨシノだった。
京香はヨシノへと近づき、彼女がもう壊れていると気付く。
ヨシノは仰向けに倒れていた。蘇生符の奥。眼は見開かれたままで、その顔には苦痛も愉悦も無い。
膝を折り、京香はその瞳を閉めようとして、手を止めた。
「……空を見れたのね」
見上げた場所に見えるのは笑ってしまえる程に綺麗な青い空。
ヨシノというキョンシーは最後の最後に夢を叶えたのだ。
なら、このまま憧れの空を見させてあげたかった。
「コウセン町は、アタシにとって良い町だったわ」
キョンシー達だけで作られた純粋なる死者の町。騙すことも騙されることも傷つくことも傷つけることも無い世界。京香にはとても懐かしく心地が良い世界だった。
眼を閉じて、京香はコウセン町での思い出を振り返る。京香が壊してしまった理想の世界。
――こんなことを想うのはおかしいのよね。
眼を開けて、青空を京香は見上げる。傍らにはかつての親友、あおいが立っていた。
「京香、こんな時に言うのはおかしいんだけどさ」
「どうしたの?」
あおいが京香へ言葉を投げる。
「また、会おうよ。今度は人間の町でさ」
「――」
京香は青空を見上げたまま、その言葉を反芻する。
色々なことが頭をよぎった。
コウセン町の崩壊、取り逃がした敵、霊幻の寿命、母の体、エンバルディア、マグネトロキネシスの過剰出力。
考えることは色々あった。だけど、それらを全て一度京香は脇に置いた。今この場で無ければあおいに言えない言葉があったのだ。
「うん。また、会って話してご飯を食べましょう」




