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④ 青き空へ飛べ







 外界に繋がるコウセン町の隠し通路。そこは真っ暗で京香の視界には何一つ映らなかった。


 けれど、京香には霊幻が駆け上がる階段の一段一段、ゴロゴロと崩落してくる天井の石粒にいたるまで、何が何処にありどの様に動いているのかが分かっていた。


 理由は推測できる。体から漏れ出た磁場の揺らぎを脳が近くできているのだ。


――こんなこと昔も出来なかったのに。


 京香はチラリと左上へ視線を向ける。見えないが、そこには磁力で押し固めた砂鉄と鉄球の塊があった。


「霊幻! もっと急げない!?」


「ハハハハハハハハハハハ! これでも全速力だ!」


 悲鳴の様なあおいの言葉に霊幻が笑いながら答える。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!


 コウセン町が崩れて行く音がする。もう居住区はほとんど残っていないだろう。


 ゴロゴロ! ピシピシ! ゴロゴロ! グラグラ! ゴロゴロ! ゴロゴロ! ゴロゴロ!


 岩石が落ちる音、壁や床が軋む音、崩落していく階段。それらはすぐ近くで起きていた。


「地上まで後どれくらいだ!?」


「行きを考えるならば二分から三分だ!」


「オーケー! それまでここが保てば上々って訳だ!」


 霊幻の首根っこを掴んだ関口が舌打ちをする。彼のもう片方の腕はコチョウを抱いており、そのコチョウが操る風で彼らの体は僅かに浮いていた。


 コチョウは移動速度においては劣るキョンシーである。パタパタと浮けても強烈な加速はできない。


 崩落は待ったなしだ。一瞬先にはこの足場が無く成っていてもおかしくない。


「ハッハッハ! 最後はまさかのランニングホームランとはな! 今日は入れ食いだ!」


 後方でアレックスの声が聞こえる。彼もまた霊幻と同じ様に土屋とトオルを両腕で抱えていた。


「ゴホッ! ガハッ!」


「土屋さん!? 大丈夫ですか!? ゆっくりゆっくり息を吸ってください!」


 隆一が咳き込んでいる。水っぽい音だ。安静にしていなければならない。だが、そんな余裕は無い。


「トオルのクレアボラスで隠し通路とか見えないの?」


「ごめん、もう打ち止め! 調整に出さないと再起動は無理そう!」


 京香の質問にあおいが答える。彼女の言う通り、トオルはピクリとも動かなかった。


「霊幻、まだ速度は上げられる?」


「PSIを使えばな! だが、その場合、お前はともかく、あおいと関口は感電するぞ!」


 今霊幻の全身はキョンシー達の薄紅色の血で濡れている。この状態でエレクトロキネシスを使おうものならば、接触しているあおい達は感電してしまうだろう。


 京香の磁場は知覚する。今のペースでは地上に出る前にこの通路ごと生き埋めになるだろう。


「みんな! ダメこれじゃあ間に合わない! 何か案は無い! 一気に出口まで行ける様な案は!?」


 京香の言葉に一も二も無く関口が反応した。


「全員出せる手札を言え! 俺は二色爆弾が四つずつ! コチョウのPSIは問題ねえ!」


 すぐにアレックスとあおいが叫ぶ。


「ハッハッハ! 使えるのはこの体とバットだけだ!」


「ごめんなさい! 私には特に無い! 土屋さんもそうだと思う!」


 京香は直ぐに考えた。今使える手札。それは今の自分にはある意味無限にあった。


「アタシはマグネトロキネシス! 出力は冗談みたいに大きいってことしか分からない! 後は砂鉄と鉄球!」


「ハハハハハハハハハハハハハ! 吾輩はほぼ万全だ! いくらでも紫電を放とう!」


 出せる手札は出そろった。


 後、数十秒もすれば崩落する上り階段。


 その中で関口が京香へ命令した。


「清金、俺達を守れ! できねえとは言わせねえ!」


「何する気!? 作戦を言いなさい!」




 関口の作戦は信じられない物だった。しかし、それ以外にこの場を突破できる方法が思いつかないのも事実だった。


 悩める時間は無い。決断が全員に迫られている。


「ハハハハハハハ! 京香、関口、あおい、隆一、決めるのだ! お前達の選択を吾輩達キョンシーは尊重しよう!」


 すぐに答えたのはあおいと隆一だった。


「私は任せます」


「俺も、だ」


 決断は京香に委ねられ、京香には関口以上の案が思いつかなかった。


「オーケー。やりましょう。タイミングは?」


「清金、お前に任せる。スタートは霊幻からだからな」


 一度、京香は瞬きをした。暗闇の中だから大きな意味が無い。


「3」


 ピシシシシシシシシシシシシシシ!


 ガララララララララ!


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!


 もう足場は限界だ。一瞬先には壊れているだろう。


「2」


 アレックスが土屋とトオルと共に京香のすぐ近くにまで寄った。


 京香はあおいを抱き寄せた。


「1」


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 京香の砂鉄が流動し、狭い階段の中で大きく翼を広げた。


「0」


 ハハハハハハハハハハハハ!


 霊幻が一際強く狂笑し、京香とあおいを前方へフワリと投げた。


 同時に関口が霊幻の首から手を離す。


 ただ一つの個体へ変わったこの一瞬、霊幻はエレクトロキネシスを発動した。


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!


 ただ全身に紫電を強く纏うだけ。


「関口よ! 光量は充分か!?」


「ああ! 完璧だ!」


 霊幻に求められた役割はただの暗闇を照らす事だ。


 あおいを抱え、宙を浮き、磁場で砂鉄と鉄球を操りながら京香は背後を見る。


 走るアレックス。


 紫電を纏う霊幻。


 その向こう側。宙を飛んだコチョウ。彼女と共に宙を飛んだ関口が両手一杯の爆弾を背後へ投げていた。


 それらの光景を京香は視界だけでなく、磁場の揺らぎで知覚する。


 視覚と磁覚。二つの感覚で知覚する世界が止まって見えていた。


「爆ぜろ!」


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 爆炎と爆風が混ざり合う。洞窟を模した狭い階段に致命的な罅割れが入った。


「……」


 パたパタパタパタパたパタパタパタパたパタパタパタ!


 そしてコチョウが羽ばたいた。風を操る彼女のPSI。それを総動員して、近距離で発動した爆発を束ねて行く。


 関口とコチョウ、必殺の切り札。指向性の爆発。その衝撃波が向けられる方向は、前方を走る京香達自身だった。


 彼らの役割は推進力。この爆発で一気に地上まで飛び立とうと言うのだ。


 だが、指向性の爆発。過剰な威力の自殺的な暴挙。まともに食らえば一瞬後には京香達は骨さえ残らないだろう。


「京香! お前の出番だ!」


「分かってるわ!」


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 京香は周囲に広げた砂鉄の翼でこの場の全員を包み込む。展開は一瞬で、爆発が届く前に全員を引き寄せた。


――アタシに求められたのはこの場の全員を守ること。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 爆発が真っ直ぐに京香達へ向かって来る。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 あおいを強く抱き留め、京香は砂鉄の翼を盾へと変換する。


 展開は一瞬だった。磁場を操れる速度、強度は今までの比ではない。


「掴まって!」


 京香の言葉にその場の砂鉄の盾へと捕まり、砂鉄の盾が爆発を受けた。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 まさにロケットの如き推進力が京香達の体を地上へと飛ばしていく。


 あおいを京香は強く抱く。決して彼女に傷を付けない様に。それくらいしか今自分にはできないのだ。


 京香は見た。地上への出口。そこから見える青き空。


 あおいの体温は昔と変わらなかった。


――昔も、あおいと飛んだわね。


 一瞬の邂逅。青き空。青い春。


 そして、京香達は空へと飛び出した。


 グルグルと視界が回る。地上と青空。砂鉄と霊幻。あおいと自分。京香の中で駆け巡る青い春の思い出。


 あの頃と変わらない物はある。変われなかった自分が居る。


 けれど、あの美しい青い春はもう二度と訪れないのだ。

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