③ 鉄の暴虐
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京香達はキョンシーに抱えられコウセン町地下二階を走る。グルッと半円を描く様に地下一階への階段を目指す京香達へ無数のキョンシー達が突撃してきた。
通常ならば、戦闘に成るだろう。強くはない敵だ。だが、数は多く、キョンシーの体は頑丈だ。
地下三階への大穴に落とせば良いとはいえ、数の問題はどうしようもない。
霊幻やコチョウ、トレーシーやエアロボムとフレアボム。とにかく持ちうる全ての技術を使ってキョンシー達の波を突破する必要があったのだ。
しかし、結局、京香達の心配は杞憂だった。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ!
「……どうして」
前方にて展開させた砂鉄と鉄球の旋回。
それらは向かってきた全てのキョンシー達を挽き肉にした。
力を込めているわけでは無かった。ただ、一定速で回る様磁場を展開しているだけ。
それだけを京香は意識して、それさえキョンシー達には突破できないでいたのだ。
一体のキョンシーが鉄の旋回へ身を委ねる。砂鉄と鉄球がその体を突き破り、磨り潰し、ぼとぼとと細切れの肉へと変えた。
一体で駄目なら二体だ。肩を組み、少しでも砂鉄と鉄球の旋回を止めようと力を込めたキョンシー達の努力も無駄だ。結果は変わらない。
四体、八体、十六体、三十二体。どれだけ数が増えても鉄の暴虐は止められなかった。
普段のマグネトロキネシスの出力ならば、多くとも八体程度のキョンシーが居れば、この程度の砂鉄と鉄球は止まる。よしんば止まらないにしても勢いは落ちるはずである。
だが、まばたき程度の力しか京香は込めていない。だから、どれだけキョンシー達がその体で止めようともしても砂鉄と鉄球は止まらなかった。
グチャ、ニチャニチャ。血と油を踏みしめる霊幻の足音がとても遠い物に京香には感じられた。
絶対の安全圏に、今自分達は居ると京香は分かった。霊幻とコチョウの速度は後方から追える物ではない。前方のキョンシー達がどれだけ集まってもこの狭い足場では京香のマグネトロキネシスを止められない。
――何て、気持ち悪い。
グチャグチャ!
ゴチャゴチャ!
ニチャニチャ!
ミキサーにでも入れている様にキョンシー達の体が崩壊していく。
衣服、靴、髪、血、肉、脂肪。全部が綯い交ぜに成って飛ばされていく姿を霊幻の腕の中で京香はジッと見ていた。
まるで、ゴミの様だ。
ゴミの様に、今、自分は、キョンシー達を壊しているのだ。
――こんなの、撲滅じゃ、ない。
京香が幸太郎から一方的に引き継いだ〝撲滅〟の精神が壊している。
「吾輩が撲滅するか?」
京香の機微を読み取ったのだろう。霊幻がぼそりと耳打ちした。
「大丈夫。アタシがやるから。アンタはそのまま走ってなさい」
それだけ答える。たとえ許せないとはいえ、今の京香のPSIは有効的だ。わざわざ変える理由にはならない。
だから京香は変わらず、霊幻に抱えられたまま、関口コチョウを連れてコウセン町の地下二階を疾駆する。
「止めろ止めろ!」
「石を持て!」
「何か硬い物は無いのか!?」
「もっと固まるんだ!」
「アイツらを落とせ!」
「この町を守るんだ!」
「殺せ!」
「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
狂乱に落ちたキョンシー達が、彼らの居場所を守ろうと奔走している。
それらは全て無駄に終わるだろう。
京香にはそれが分かってしまった。
*
「着いたぞ」
京香達はコウセン町地下一階に到着する。霊幻のマントはぐっしょりと血に塗れ、靴は臓物に塗れていた。
「殺せえええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
地下一階にも多くのキョンシー達が居た。彼らは京香達の姿を認めるや否や突撃し、石を投げ、どうにか殺そうとしていた。
先程と違い、今は足場がしっかりとしている。故にキョンシー達は四方八方から京香達を囲む様に突撃してきた。
「横と後ろは俺達がやる。お前は前をやれ」
京香が何か言う前に関口がコチョウを操った。
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
強烈な風がキョンシー達を吹き飛ばす。一対多は関口達の十八番だ。
「霊幻、進んで」
「分かっているぞ!」
ハハハハハハハハハハハハハハ!
狂笑が京香を癒していた。それと同時に、もうすぐこの声を聞けなくなるという事実を思い出し、胸が苦しくなる。
――気にするな。考えるな。今はそんな場合じゃないんだから。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!
精神状態の一瞬の乱れ。たったそれだけで京香が操る砂鉄と鉄球は暴れ出した。
暴虐は前方の視界に映っていたキョンシー達を全て飲み込む。
「ッ!」
慌てて京香は制御に集中する。
――幸太郎が言ってたっけ。アタシのPSIの出力は感情に振り回される。
まるで少女の頃に戻った様だ。
我が身を傷付ける程の全能感。こんな物があっても欲しい物は手に入らないと分かってしまう程には、京香はもう大人に成っていた。
京香達はコウセン町地下一階を疾駆する。
走り、走り、走り。
瞬間、地面に大きな亀裂が入った。
「ハハハハハハハハハハ! ここもすぐに崩落するぞ!」
霊幻が笑う。時間はあまり無い。
「間に合いそう?」
「任せろ!」
ならば京香は疑わない。霊幻が言うのだ。彼の言葉を信じるのは当たり前だった。
走る、走る、走る。
ピシッ! ピシシッ!
コウセン町に致命的な亀裂が入っていく。
ガラッ! ガララッ!
最期の崩落が始まる。
住民達は生き残ろうとしない。京香達を殺そうと突撃を繰り返すだけで、ゴミの様に、虫の様に崩落に巻き込まれ、瓦礫の雨へと消えて行く。
スローモーションの様に、いっそ滑稽になるほど、コウセン町の終わりは呆気無かった。
走る、走る、走る。
霊幻は宣言通り、京香達を目的地まで連れて来た。
「京香! 早く!」
コウセン町の出口。あおいが手を振っている。傍らには土屋とトオルを両脇に抱えたアレックスが立っていた。
京香は前方で展開していた砂鉄と鉄球の回転を止める。
「霊幻、あおいも抱えて」
「ああ!」
霊幻の右腕があおいを抱え、直後、その場のキョンシー達は示し合わせた様にコウセン町の出口階段を駆け上った。




