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② 運




***




「トオル! 〝視て〟! 〝視て〟! 〝視て〟! アレックスがリザに到達するまで!」


 命令を受けたキョンシーの蘇生符と眼が発光した。


「九時、一時、三時の方向からそれぞれ五体」


 バコォン! バコォン! バコォン! バコォン! 


 アレックスのバットが向かって来るキョンシー達を薙ぎ払う。


 直後、トオルの蘇生符と眼の光は一度消え、すぐに再度輝き出した。


――トオルのクレアボラスの一回の持続時間は七秒。後六回。


「勝負所だな!」


 あおいのトオルへの命令はアレックスと土屋へ伝わっている。


 今この場で勝負を決めるのだ。


 もしかしたら早過ぎる判断だったかもしれない。適切なタイミングでは無かった可能性は十分にあった。


 しかし、既に賽は投げられた。トオルのPSIが持続する残り一分弱。決めきれなければ、後は泥仕合だ。


「八時、九時、四時、五時。三体、二体、四体、七体」


「ホームラン! ホームラン! ホオオオオオオオオオオオオオオオオオムラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!」


 トオルの指示の元、アレックスがバットを振るい、突撃する。その背後に付いて行くのは土屋だ。


 アレックスが取りこぼす僅かなキョンシー達の懐へ入り込み、土屋が前に後ろに倒していく。


「~~~~~~~~♪~~~~~~~~♪」


 リザの歌声がリズムを変えた。


 土屋達を囲む様にしていた円の隊列から、リザを護る様な横の隊列へ。


 この間にも更にキョンシー達がリザの元へ集まっていく。


 トオルの蘇生符が三度発光する。


――壁が厚い!


 リザの判断は的確だった。瞬時に防衛へと戦略を切り替えている。


 だが、あおいにできることはもうない。土屋とアレックスの突撃がリザの指揮するキョンシー達の壁を打ち破るのを信じるだけだ。


「二秒後、十一時の方向、三体」


 トオルの無機質な指示だけが土屋達に飛ばされる。


 筋繊維の動きから高速で未来を予測するトオルのクレアボラス。これに何度命を救われただろうか。


「ゴホッ」


 あおいは見た。土屋が軽く咳き込んだ。


 何度も見て来たあおいには分かる。今の咳は発作の前兆だ。


 すぐに肺は叫び出し、土屋は動けなくなるだろう。


「シッ!」


 故にだろう。土屋は力強く前方へと踏み出した。アレックスの横に並び、向かって来るキョンシー達を投げ、崩し、道を開いていく。


 一人と一体とは思えない程の猛攻だったが、リザが作り出した防壁もまた堅牢だった。


「~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪」


 グシャ! グシャ! グシャ!


 アレックスがバットを振るう度、四体から五体のキョンシーが破壊される。しかし、その瞬間また四体から五体のキョンシーがアレックスへと飛び掛かってくる。


 持久的な防衛戦。今、あおい達が最も取って欲しくない戦術だった。


 四回、五回。トオルのクレアボラスが発動する。リザとの距離は後八メートルにまで迫っていた。


――届く、か!?


 土屋達の猛攻でキョンシー達は破壊されていく。リザを護る壁は確かに薄くなっている。


 あおいでは分からない。この八メートルを土屋とアレックスで突破できるのかどうか。


 六回。


「四秒、二秒、一秒」


 トオルがタイミングだけを伝える。アレックスの鋼鉄バットが振るわれ、土屋がキョンシーへ大外刈りを駆ける。


 後五メートル。キョンシー達の壁は今までで一番厚い。


 ここまで来ると最早タイミングの問題ではない。


 七回。トオルが言うクレアボラスの耐用限界数に到達する。


「右下、左、上、下、右、右」


 土屋がトオルの指示通り向かって来るキョンシーへ体を割り込ませ、アレックスがバットを大きく振りかぶった。


「まとめてホームランにしてやるよ!」


 アレックスが全力でバットを振れたのなら五メートルというキョンシーの肉壁も破壊できるだろう。


 だが、それは全力で振れたらである。


 土屋とアレックスは勝負に出たのだ。土屋が前に出て時間を稼ぎ、アレックスに溜めの時間を作る。


「ハッハァ! ホームランの時間だあああああああああああああ!」


 そして、アレックスがバットを振った。


 正にその時である。




 コウセン町全体が大きく揺れた!




 何が起きたのかあおいには分からない。


 立っていられない程の凄まじい揺れだ。


 地震ではない。揺れは直ぐ真下からの物だ。


 体を支えんと、あおいは壁へ手を強く打ち付けた。右手の手首が嫌に伸びる。捻挫してしまったかもしれない。


 トオルは車椅子ごと床に倒れている。だが、視線は壁越しに真っ直ぐ土屋とアレックス達の方へ向けられていた。


――どうなってる!?


 あおいは慌てて窓の外を見た。


 地面が無くなったのかと思える程の前兆無き大揺れ、土屋とアレックス、リザ達全員が地面へと倒れている。


 これはチャンスだったのだろう。リザが土屋達の猛攻を凌げていたのはキョンシー達へ隊列を組ませていたからだ。


 そして、全員が倒れたこの状況。キョンシー達が隊列を組み直す時間は無い。


「~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪」


「アレックス!」


「絶好球が来たなあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 歌うリザ、立ち上がる土屋、立ち上がったアレックス。


 三者三様の行動。結果を分けたのは運だった。


 キョンシー達の動きは土屋より早い。アレックスとほぼ同タイミングでリザが操るキョンシー達もまた立ち上がった。


 しかし、キョンシーの体は結局の所人間と同じ行動だ。


 立ち上がった直後、人体は突撃してくる物体を止められる様にはできていない。


 土屋の行動は冷静だった。立ち上がろうとしていた重心移動をそのまま前方へのタックルへと変換する。


 ガラガラとドミノ倒しの様にキョンシー達が再び倒れる。


 そこに開いた隙間へアレックスが突撃した。


「満塁ツーアウトスリーボールツーストライク! 最高の場面じゃねえか!」


 最早、リザを護るキョンシーの壁は無い。


「~~♪~~♪~~♪~~♪」


 リザは歌を止めなかった。


 それは歌姫の矜持か、はたまた、愚者の諦観か。


「ナイスゲームだったぜリザ!」


 アレックスがその鋼鉄製の釘バットを全力で振るった!


「ホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオムウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!」


「~~♪~~♪~~♪~――」


 バァン!


 リザの歌はその頭部が弾ける音でエンドロールを迎える。


「人だ!」


「敵だ!」


「殺せ!」


「壊せ!」


「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」


「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」


「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」


「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」「壊せ!」


 瞬間、キョンシー達の統率が無秩序へと帰る。


 だが、それらは既に有象無象。アレックス一体で殲滅するのは容易かった。

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