⑧ 吐息も届かない場所で
***
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
「クソがっ!」
灼熱の地面が湊斗の靴を溶かす。
少しでも地面に足を付ける時間を減らすため、湊斗はコチョウを抱えて走り回った。
コチョウのエアロキネシスで飛び上がりたいが、いつペルセポネに風を掻き消されるか分からない。
――おそらくだが、ペルセポネは肺と喉を改造している。息が届くのは何メートルだ?
湊斗の二色爆弾も効力は薄い。ペルセポネのハーモキネシスの設置は三次元的だ。地面ではなくとも、〝息を吹きかけたことがある箇所〟ならばその振動を制御できる。
ペルセポネの言葉が正しいと仮定した場合、このコウセン町の空間においてコチョウが操れる空気は何処にも存在しない。
「あらら、人間様。もう靴が溶けてしまうわよ。そうなったらこんがり焼き肉の完成ね」
「はっ! 面倒なキョンシー達が来ねえから快適なくらいだぜ!」
アリアドネの挑発に湊斗は地面に倒れて焦げていくキョンシー達を指した。
灼熱の地面は湊斗だけではなく、彼を囲んでいたキョンシー達の体すらジュウジュウ焼いていた。
「お前達を信じたキョンシー達だ! 焼くことに躊躇いは無いのかよ!」
「悲しいです。けれど、コウセン町を護るためならば躊躇いなど持つでしょうか」
ペルセポネは悲しそうに眼を伏せるが、赤い地面は鮮烈さを増していく。
「やっぱりお前はキョンシーだな! 機能だけのただの物だ!」
湊斗は断言する。嗜好ではなく機能で考えてしまうキョンシーはどうしようもなくただの物だった。
――どうする? 何処ならペルセポネへダメージを与えられる?
足へと熱が伝わってくる。足裏は火傷しているだろう。
「……」
湊斗に抱えられたコチョウがジッと主を見ている。怪我の程度を心配するような言葉や態度は一切示さない。そう湊斗が命じたからだ。
「コチョウ、敵のPSI力場の位置は分かるか? 俺には見えない」
即座にコチョウが視線を上下左右前後と顔を向け、周囲を見た。
「わからない。ちょくぜんまでみえないたいぷだとおもう」
設置型のPSIを相手取った時の面倒な点だ。
一度下がり、体勢立て直すべきか? だが、灼熱の地面も気にせず向かって来るコウセン町の住民達がそれを許さない。
――爆弾でどうにか活路を見付けるしかないか。
時間は無い。既に足裏の感覚は消えている。賭けに出るか湊斗検討した直後だった。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
轟音が鳴り響く!
湊斗は音が聞こえた頭上を見上げる。コウセン町地下三階の天蓋に穴が空いていた。
「コチョウ、何が起きたか分かるか?」
「きよかねきょうかがとんでいった」
「あいつPSI制御できてねえじゃねえか!」
湊斗は強く舌打ちする。結局清金は自分の力を扱い切れていないのだ。
ほとんど無意識に湊斗は天蓋の大穴を睨む。
そして、一つの策を思いついた。
しかし、湊斗とコチョウだけではこの作戦は実行不可能だ。
「私のコウセン町に穴を開けるなんて。清金京香は酷いことをしますね」
「ペルセポネ、そんなに怒らないでって。クロガネのお気に入りなんだから」
清金が開けた大穴を睨むペルセポネをアリアドネが宥めていた。
――一手足りない。それがあればこの状況を突破できる。
ジュウウウウウウウウウウウウウ。そろそろ痛みを無視するのも限界だった。耐熱靴は既に限界である。
その時、大穴から清金が飛び降りた。
「どけええええええええええええええええええええええええええ!」
清金の蘇生符が白銀に発光し、彼女の周りには大量の砂鉄が翼の様に生えている。
「ハハハハハハハハ! そうだ京香! 制御できないのなら全力で使ってしまえ!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
続いてやや離れた位置から霊幻の声が聞こえた。
――あいつ、何やらせる気だ!?
清金は霊幻の言葉なら聞く。その気持ちは分かる。彼女にとって霊幻は幸太郎と地続きだ。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
砂鉄が強大な黒い爪へ変化した!
家を二つか三つ飲み込もうかという巨大な黒爪。
それが地面へと躊躇いなく薙ぎ払われる!
ズガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
建物は倒壊し、幾つものキョンシー達が破裂して血煙と化したのを湊斗は見た。
「バカが!」
衝撃は離れた場所の湊斗達にすら伝播する。薙ぎ払われた瓦礫がこちらへと飛んで来たのだ!
「あ、マズいわねペルセポネ、あれは私達じゃ防げないわ」
「みんな盾に成って」
「「「管理者様を護れ!」」」
アリアドネとペルセポネを護るため、キョンシー達が肉壁を作る。
「コチョウ!」
コチョウが湊斗の首へ両腕を回し、それを確認する事も無く、湊斗が両手をコチョウから放し、ポケットからエアロボムとフレアボム三つずつを取り出した。
タイミングが命である。ペルセポネの爆発の無効化が効かないギリギリで発動する必要があった。
湊斗は六個の二色爆弾を飛来する瓦礫へと投げ付けた。
ヒュルヒュルヒュルヒュル! ヒュルヒュルヒュルヒュル! カァン!
爆弾達が瓦礫へと衝突する。
直後二色爆弾達全てが爆発をした!
ゴオオオオオオ――
ゴオオオオオオ――
ゴオオオオオオ――
全ての爆発は途中で消失する。だが、僅かなりとも生まれた衝撃が瓦礫の軌道をズラした。
湊斗はギリギリで致命的な瓦礫を回避する。いくつかの小さな破片が腕や肩を打ったが許容圏内だ。
清金への悪態が脳内でワッと上がって来る。だが、今言う意味は無かった。
今求められるのはこの状況を突破する方法。そして、必要な一手はここに揃った。
湊斗はコチョウに耳打ちし、その針金だらけの懐へ手を入れる。
「――。――」
コクリとコチョウが頷き、湊斗がコチョウの体を霊幻達の方角へと投げた。
ハンマー投げの要領で飛ばされたコチョウは十メートル程飛び、灼熱の地面へと降り立つ。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
最低限の防熱装備しかしていないコチョウの足が一瞬にして真っ赤に染まる。
「何をさせる気かしら人間様?」
「あれだけ大事にしていたキョンシーを投げるなんて」
アリアドネとペルセポネがいぶかし気に湊斗を見る。
コチョウが走っていく音を聞きながら、湊斗は残りの爆弾を構えた。
「ペルセポネ、お前の吐息が届かない場所を思いついたぜ」
――残りの爆弾は、エアロボムとフレアボムが十個ずつ。
十分かどうかは不明。既に足の痛みは無視できないレベルにまで到達している。
ここから先、跳ね回る度、湊斗は激痛を覚えるだろう。
それを顔には出さず、湊斗はサングラス越しにハッ! と笑った。
ヤバい時、ピンチな時ほど笑うのだ。そう、湊斗は幸太郎から習っていた。




