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札憑き・サイコ・エンバーミング~撲滅メメントモリ~  作者: 満月小僧
ネバースターティングストーリー
277/498

⑦ 歌姫を潰せ




***




 ドォォォォン。


 足元からの地響きにあおいは気付いた。


 あおい達が居るのはB1―101。熱い岩盤を通り抜けて伝わる振動。階下での戦闘は激烈さを増している様だ。


「京香……」


「集中しろ、あおい」


「すいません」


 土屋からの叱責にあおいは頭を下げる。そうだ、京香を心配する状況ではない。京香のために退路を作らなければいけないのだ。


 一度、軽く息を吐いてあおいはB1―101の一階窓際から外を見た。


「……どうだ?」


「やっぱり出口には見張りが居ますね」


 あおい達からおよそ五十メートル先。コウセン町の出入り口があった。


 敵である自分達を逃がさないためだろう。三十体程のキョンシーが並んでいる。


「~~♪」


「リザが歌ってますね」


 十体のキョンシーの一番前で隻腕の歌姫が音を奏でている。


 リザの歌はキョンシーを操る。


 彼女の喉に埋め込まれた機械の声帯から発生される電波がコウセン町の一部のキョンシーを操るのだ。


「~~♪」


 リザの歌が続く限り、あのキョンシー達は出入り口から動かないだろう。


「まったく、頭が回るキョンシーだ。俺達を殺そうと走り回ってくれていた方がどんなにマシだったか」


「……どうしますか?」


「どうにかしてリザの歌を止めるぞ。作戦は今から考える。アレックス、お前単身であいつらは壊せるか?」


「相打ち前提なら八十パーセント。相打ち抜きなら四十パーセントって所だな」


「なるほど」


 土屋が手を開閉させる。


「戦う気ですか?」


「ああ。あの人数ならギリギリ戦える」


「ダメです。まだその時間じゃありません。京香達が来るのを待つべきです」


「いや、リザの歌を聞いたキョンシーが集まってきている。今の内にあいつを壊さなければ手遅れだ」


「……分かりました」


 あおいは土屋の言葉に自分の意見を取り下げた。確かに土屋の言う通りだ。リザの歌を聞いたキョンシーが少しずつだが集まってきている。時間をかける程、出入り口の守りは厚くなっていくだろう。


「あおい、お前の判断で良い、俺達がヤバく成った時、トオルのPSIでサポートしろ」


「……良いんですか?」


 トオルのPSI発動の権限を土屋があおいに渡すのは初めてだった。今までの土屋はあおいを危険からできる限り遠ざけるばかりで、PSIを用いた戦闘の時は常に後方へ下がらせていたのだ。


「やらないのか?」


「やります」


 恐怖はある。緊張は凄まじい。冷や汗が頬を伝う。前線に立つ土屋達よりは遥かに低いとはいえ、命を賭ける戦闘だ。


 それよりも、役に立てるかもしれないという期待が勝った。


「期待をするな、あおい。その感覚は死に直結する」


 即座に土屋があおいの高揚を看破する。


「必要なのは冷徹さだ。機械の様に、機能の様に、歪みなく、ただやるべき仕事を全うしろ。できるな?」


「……はい」


 頬を叩き、あおいは自らの未熟さを恥じた。気を緩めて良い場面では無い。自分の判断で全員死ぬ可能性がある。


 責任をあおいは持っているのだ。


 あおいは膝を折り、トオルと眼を合わせた。


「トオル。残りのPSI使用回数は?」


「七。壊れても、良いなら、十」


 思えばこのキョンシーとも長い付き合いだ。愛着も沸いている。車椅子を押すのだって苦では無い。


「良し。準備オーケーです。通信機はいつでも使える様にしてくださいよ」


「ああ。任せたぞ」


 土屋がアレックスを連れて、B1―100を出た。


 その音を聞き、あおいは壁に背を預け、トオルと共に窓際からリザ達を見た。


「ホームランの時間だぜえええええええ!」


 雄たけびを上げながらアレックスが突撃する。愛用の鋼鉄製釘バットを振り回したあのキョンシーは一種の破壊兵器だ。


「来いキョンシー共!」


 アレックスの後ろでは土屋が老体とは思えない程の健脚で走っている。外から見てもその体が病魔に蝕まれているとは欠片も思えなかった。


「~~♪~~♪~~♪」


 リザが指揮者の様に土屋達へ歌を向ける。すると即座にリザの周りに居た数十体のキョンシー達が列を為して突撃した。


 一糸乱れぬキョンシー達の動きはまるでオーケストラの様だ。


 雑音である土屋とアレックスを圧し潰す様にリザの歌声がキョンシーのオーケストラを指揮する。


 キョンシー達は土屋とアレックスを囲もうと左右に分かれた。


「アレックス左側を潰せ!」


「ホォォォォォォォォォォォォォォムラァァァァァァァァァァァァァァァァン!」


 アレックスがバットを振るう。狙うは左翼のキョンシー達の頭。スイングに乱れは無く、七体前後のキョンシー達の頭が首から千切れ、柘榴の様に弾けた!


 左翼の隊列が僅かに乱れる。その間隙を縫ったのは土屋だった。


 巨体に見合わず、低く突進した土屋が一体のキョンシーの足を掴みタックルする。


 キョンシーを転ばせるのは土屋の十八番だった。


 二体のキョンシーを巻き込み、土屋のタックルを食らったキョンシーは地面へ倒れる。


「アレックス!」


「地面へのホームランか! おもしれえ!」


 グシャ! グシャ! グシャ!


 スイカ割の様に薄紅色の地面へと広がった。


「~~♪~~♪、~~♪~~♪」


 だが、リザの歌は乱れない。残ったキョンシー達があっと言う間に隊列を組み直し、突撃を再開させる。


 少しでも焦ってくれていたのなら、あおいは安心できた。


――蘇生符で表情が分からないのが、こんなに怖いなんて。


 そもそもキョンシーの表情は曖昧だ。あれは機械的な機能に近い。霊幻などは典型例だ。


 しかし、顔の中央を隠した蘇生符はそれだけで、敵として相対したキョンシーの異形さを強調する。


 これがキョンシー使い達の見ている景色なのだと、あおいは肌で理解した。


「~~♪、~~♪、~~♪」


 最早、キョンシー達の連携は一つの生き物の様だ。


 一糸乱れぬ統率。土屋とアレックスはリザに近付けないでいた。


「浮かせろ!」


「ほらよ!」


 アレックスの蹴りで浮き上がったキョンシーを土屋が投げ飛ばす。


 だが、一つ一つの細胞を崩す程度でキョンシー達の勢いは止まらなかった。


「~~♪~~♪~~♪~~♪~~♪」


 あっと言う間に土屋とアレックスがキョンシー達に囲まれる。


――マズい!


「トオル、〝視て〟!」


「七時の方向から右、左、上」


 蘇生符が輝き、通信機へトオルが指示を出す。


「月まで飛ばしてやるぜええええええええええええええええええええええええ!」


 バコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 直後、アレックスのバットが死角から飛び掛からんとしたキョンシー達の体を見事に打ち抜た。


「アレックス!」


「分かっているぜ!」


 アレックスが土屋を抱えて、僅かに空いたキョンシー達の隙間へとタックルし、突破する。


「~~♪」


 しかし、グチャグチャに伸ばされた手が土屋とアレックスを削った。


「ちっ」


 地面に降りた土屋が舌打ちし、肉が抉られた腹と左腿を抑える。遠くから見ても分かる程血が滲み出していた。


――間違えた間違えた間違えた!


 判断ミスだった。キョンシー達に囲まれる前にトオルのPSI使用を指示するべきだった。だから、土屋は傷付いてしまったのだ。


 あおいは眼を見開き、今度こそ指示を遅らせまいと息を呑む。


 たった一手、間違えれば土屋は死に、アレックスは壊れるのだ。


「~~♪、~~♪、~~♪」


 リザの歌は止まらない。キョンシー達は突撃し、土屋とアレックスを壊さんと動き出す。


「アレックス前に出ろ!」


「一番! ホームランバッター出るぜ!」


 土屋がアレックスを前に出す。負傷した人間はその動きを鈍らせる。先程の様な動きはもうできない。


――どうするどうするどうすれば!?


 あおいは考えた。トオルのクレアボラスは一種の未来予知だ。刹那の発動でアレックスは瞬間的に盤面を支配する。


 何かに迷った時、あおいは昔を思い出す癖があった。過去の経験からどうにか解決策を探そうとするのだ。


 だが、あおいにキョンシー戦闘の経験は無い。


 過去の記憶、キョンシーとの戦い。その連想ゲームは、あおいが最も知るキョンシー使いの言葉を思い出させた。


『ハイリスクハイリターンだよ』


 あおいが思いついたのは蛮勇とも思える指示。


――これで良いの!? 間違っていないの!?


 不安はあり、頭はパニック寸前。けれど、記憶の中のキョンシー使いが続けてこう言った。


『結局、最後は思い切りなんだよ』


 ならば、それに従うしかない。


「トオル! 〝視て〟! 〝視て〟! 〝視て〟! アレックスがリザに到達するまで!」

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