⑤ 地下世界の女王
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「羽ばたけコチョウ!」
「!」
パタパタパタパタ!
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
コチョウが生み出した竜巻が関口達に群がるキョンシー達を吹き飛ばした。
湊斗とコチョウは一対多の戦いを得意とする。戦闘訓練を積んでいないキョンシー相手ならば数十体居ても相手ではない。
「親玉を狙え!」
パタパタパタパタ!
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
湊斗は狙いをボスに絞っていた。すなわち、コウセン町のキョンシー達に守られる様に立っているペルセポネとアリアドネである。
純然たる風の暴力はキョンシー達を巻き上げ、無理に耐えようとした個体の体を折る。
生半可なキョンシーではこの風の中動くことすら叶わない。
「ふぅ」
にも拘わらず、花冠のキョンシー、ペルセポネの吐息が当たった瞬間、コチョウの竜巻は見るも無残に霧散し、凪と成る。
「サーマルキネシスって聞いてたんだがな!」
――何でコチョウのエアロキネシスが無効化される? 俺の爆弾もそうだ? 理屈は? 条件は何だ?
パタパタと空を飛ぶコチョウの真下。湊斗はエアロボムとフレアボムを両手に駆け回る。
「人間様、何故この町で戦うのですか?」
ペルセポネからの質問は唐突だった。
――何か情報を引き出せるか。
湊斗は足を止め、コウセン町の住民達への最低限の抵抗をしつつ、ペルセポネへと返答した。
「エンバルディアを潰すためだ」
「何故? エンバルディアはキョンシーのための世界を作る。ただ、それだけの計画です」
「それだけ? あれだけ多くの人間に迷惑を掛けたのにか?」
ペルセポネがゆっくりと頷いた。
「人間様もおっしゃる通りです。確かに私達は人間様達にご迷惑を掛けています。何人もの方を解体し、何体もの同胞を作りました。でも、――」
「――総数は変わっていないじゃない。何が問題なの?」
ペルセポネの言葉をカラフルな毛糸を体に巻き付けたキョンシーが引き継いだ。
「……お前がアリアドネだな?」
「そうね。私はアリアドネ。エンバルディアの糸の女神様。あなたも洗礼してあげようか?」
「ほざけよキョンシー。人間様の頭をそう簡単に弄れるって思うんじゃねえぞ」
「あらフられちゃった。残念ね」
クルクルと頭に巻いた毛糸をアリアドネが指で回す。
「アリアドネ、わたしの言葉を遮らないで。あなたを守りませんよ?」
「はいはい。ごめんねペルセポネ。謝るから怒らないで。私は戦えないんだから」
宥める様にペルセポネの蘇生符をアリアドネが撫でた。
「人間様。アリアドネの言う通り、人間とキョンシーの総数は大きく変わっておりません。何が問題なのですか? 意志ある存在の数は変わらず、その在り方も変わりません。コウセン町を見れば分かると思います。この町のキョンシー達は皆、人間と同等以上の人格、意思を持っているではないですか?」
「死者と生者の価値が同じだとでも言う気か?」
「ええ。意思があることに変わりはないのですから」
湊斗はキョンシーと分かり合いたいとは欠片も思っていない。キョンシーを使う人間に求められるのはキョンシーへ理解であって共感ではないのだ。
「いいや、違うね。生者は死者に成れる。だが、その逆はあり得ない。どれだけお前達が生者の様に喋り、動き、意思を持っていたとしても、お前達キョンシーは只の〝物〟だ」
故に湊斗はアリアドネ達の思想を否定する。彼にとって譲れない信念だった。
「……酷いことを、言いますね、人間様」
ジリリ。ペルセポネ達の雰囲気が変わった。会話は終了らしい。
「ああ、俺はお前達よりも偉いからな。いくらでも傲慢な言葉を言うぜ」
――フレアボムとエアロボムは後十六ずつ。
残る攻撃回数を意識しながら、湊斗は額に貼られた蘇生符を剥がした。
僅かに肉が取れ、ダラッと血が流れる。
それを拭い、懐から取り出したサングラスを湊斗は装着した。
「来いよキョンシー。人間様がお前達を破壊してやる」
「あなたもキョンシーにしてあげましょう」
「さあ、あいつを殺しなさい!」
アリアドネの号令に、湊斗達を囲んでいたキョンシー達がワッ! と突撃を再開した。
「コチョウ! 俺を飛ばせ!」
「!」
パタパタパタパタ!
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
強烈な旋風にを巻き上げられ、湊斗の体が宙を舞った。
ヒュルヒュルヒュルヒュル!
ヒュルヒュルヒュルヒュル!
コチョウと同程度の高さ、地上、十メートルまで飛び上がり、湊斗は地上のキョンシー達へ二色の爆弾を投げ付ける!
「爆ぜな!」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
爆炎と爆風が混ざり合った強大な炎風は一瞬にして群がっていたキョンシー達を血煙へと変える。
「コチョウ! 勢いを殺すな! あいつらに放て!」
パタパタパタパタ!
地上の爆炎をコチョウが制御し、指向性を持った衝撃波としてペルセポネとアリアドネへ放った。
絶対の威力。たとえ霊幻でさえこの衝撃波の前では無事では済まないだろう。
「無駄よ、人間。ペルセポネに風は通じないわ」
ふぅー。
けれど、ペルセポネの吐息が再びコチョウと湊斗の衝撃波を掻き消した。
――吐息が条件。それは前情報と変わらないか。
詳細は不明。だが、気体に関わる攻撃はペルセポネの息に阻まれてしまう様だ。
「コチョウ! 旋回しろ!」
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
コチョウが湊斗ごと風に乗り、ペルセポネの周囲で旋回する。
「二方向からならどうだ!」
ヒュルヒュルヒュルヒュル!
ヒュルヒュルヒュルヒュル!
湊斗がエアロボムとフレアボムをペルセポネ達の左右二メートルの位置に落とした。
口は一つ。息が条件なら二方向からの攻撃には対処できない筈だ。
「ふぅー」
だが、この攻撃も駄目だった。
ペルセポネが息を吐いた瞬間、二方向からの二色の爆発がペルセポネの周囲一メートルで焼失したのだ。
――操れる気体の条件は? 息が当たることじゃ無いのか?
湊斗は脳内で情報を更新する。ペルセポネのPSIの発動条件は息を吹きかけることではない。
では何だ?
「人間様、空を飛ばないで。共に地下へと降りましょう」
ふぅー。
そう言って、ペルセポネが強く、湊斗とコチョウへ息を吹きかけた。
「捕まれコチョウ!」
瞬間、彼らを持ち上げていた空気の動きが止まり、湊斗はコチョウを抱き締め、地上へと背中から落下する。
ドン! 転がりながらも衝撃が伝わり、湊斗の肺から空気が押し出された。
――どうしてコチョウのPSIが切れた? あの距離じゃ息は届かないはず。
ペルセポネのPSIが分からない。関口はコチョウを抱えて、立ち上がり、前方のキョンシー達を睨んだ。
「人間様。体は無事でございますか? 中々の衝撃でしたが」
「敵に心配される筋合いはねえよ!」
受け身はまともに取れなかったが、骨にも筋にも問題はない。テンダースーツのおかげだ。
パタパタパタパタ!
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
主を護らんと、群がるキョンシー達をコチョウの風が吹き飛ばす。
「ふぅー」
けれど、ペルセポネが息吹を吐く度、コチョウの風は掻き消された。
――コチョウのPSIは発動している。無効化じゃない。
湊斗がコチョウのPSIの様を見た瞬間、コチョウが耳打ちした。
「わたしのかぜが、しんどうにかわってる」
戦闘中、コチョウは基本的に喋らない。湊斗がそう命令しているからだ。このルールを破るのは利益が発生する時だけだ。
そして、今のコチョウの言葉で湊斗には充分だった。
「……なるほど。ペルセポネ、お前のPSIは正確にはサーマルキネシスじゃねえな」
「気づきましたか人間様」
「ああ。お前のPSIは〝ハーモキネシス〟。運動形態を振動へと変換する能力だ」
湊斗はPSIの区分について思い出す。
サーマルキネシス。熱を制御するこれは、言い換えるなら〝振動〟を操るPSIである。そして、これはハーモキネシスの一種でもあった。
熱ではなく振動。それへの変換がペルセポネの主能力であると言うのなら、コチョウの風や湊斗の爆発を無力化できると言うのも納得である。
――後は発動条件とPSI力場の設置条件だが。
それならば大方辺りが付いていた。
「PSI力場の設置条件と発動条件どっちもが〝息を吹くこと〟だろ。お前は自分が息を吹きかけた地点全ての振動を制御できるんだ」
不可解なペルセポネの動き。それには必ず理由があり、答えを出すのは容易だった。
「……素晴らしいです、人間様。この僅かな時間でわたしのPSIを看破するとは」
ペルセポネが恭しく頭を下げた。
「でも、それが分かったからといってどうすると言うのですか?」
ふぅーーーーー。
そう言って、ペルセポネが大きく息を吹いた。
直後、湊斗達が立っていた地面が急速に発熱する!
「っ!」
湊斗はコチョウを抱えて横に飛ぶ。耐熱性の靴が僅かに焦げていた。
――超急速な温度上昇! 設置型のPSIってのは面倒だな!
「わたしはこのコウセン町の女王。この地下世界で、わたしの息が掛かっていない場所は何処にもありません。さあ、人間様、焼け死んでくださいませ」
ふぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
春の息吹を思わせる吐息がペルセポネの口から吐かれた瞬間、湊斗の視界に映る全ての地面が真っ赤に発熱した!




