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① ありがとう

「……なるほど。PSI持ちであることがバレたわけだ」


「ごめんなさい。言い訳も出ないわ」


 夜。B1―333の一階にて京香は昼間の失態を土屋達へ報告していた。


「何やってんだよ京香。これでお前がPSI持ち。しかも珍しいマグネトロキネシストってバレちまったんだぜ?」


「ごめんなさい」


 関口が強く舌打ちする。彼の怒りは最もだ。この十日間。秘密にし続けてきた京香達のスペシャリティの一端がバレてしまったのだから。


 それにマグネトロキネシストだとバレたのも痛手だ。


 マグネトロキネシストで、戦えて、女性。これだけで清金京香を連想するのは容易い。


――悪名が蔓延ってるのも考え物ね。


「一応、幸いなのはコウセン町のキョンシー達がまだマグネロが京香だと気付いていないことですね。京香の情報を知らないからかもしれませんけど」


 フォローする様にあおいがコウセン町の住民達の様子を話す。誰もが感謝の意を述べたり態度で示したりするだけで、京香へ疑いの視線を向けるキョンシーは居なかった。


「それが演技の可能性は? キョンシーにだってそれくらいできるだろ?」


「無理だな。吾輩達の行動原理は単純である。命令者無しでその様な複雑なコミュニケーションは不可能だ。コチョウ達にも確認してみると良い」


 関口の指摘を霊幻が否定し、コチョウ、トオル、アレックスも首肯した。


 京香達人間ではキョンシーの思考を真の意味では理解できない。思考回路というか優先順位が違い過ぎるのだ。


「……京香、お前にも聞こう。俺達が人間だとバレたと思うか?」


 軽く咳払いをして、土屋が京香へ問うた。


「……バレては無いと思うわ」


「根拠は?」


「直感、に成るわね」


「ハッ! またそれかよ!」


 やってられないと言う様に関口が舌打ちする。京香の直感を関口は理解こそすれ信用しないでいた。


 しかし、額の蘇生符を触った後、すぐに関口は顔を切り替えた。ありがたいと京香は思って、いたたまれないと感じた。


「となると、俺達が考えなきゃいけねえのは何だ? 京香がPSI持ちだとバレた。他のキョンシーについてはどうする? いっそ、コチョウと霊幻についてもバラしちまうか?」


「言い訳はどうするの? アタシについては戦いにトラウマがあったから黙ってたで済んだ。でも、霊幻とコチョウにそれを適用するのは不自然だわ」


 やらかしについてはもうどうしようもない。ここから考えなければいけないのは何処までの情報を不自然なくコウセン町に明かすかだ。


「……コチョウ。質問だ。今この状態でお前や霊幻がPSI持ちであることを隠すのは、キョンシーとして不自然さを感じるか?」


「……」


 コチョウが首を横に振る。それで関口は方針を決めた様だ。


「どうせ四日後か五日後には敵が来るんだ。それまでこのまま誤魔化していくのはどうだ?」


「……それしかないな。俺は賛成だ」


「私もです」


「アタシも賛成だわ」


 どうして、ヨシノを助けてしまったのか。彼女を助けたい、助けなきゃと思ってしまったからだ。京香にとってあの小さなキョンシーはとても可愛らしく、幸せで穏やかで居て欲しいと思ってしまう対象だった。


 激情を抑えられなかった。自己分析はできる。きっと目の前で親しくなった者が消える事がもう嫌だったのだ。


 でも、あの激情は抑えるべきだった。その所為で仲間が危険に晒されたのだから。


――どうしてアタシはこうなんだろう?


 やらなければいけないことを最優先にできない自分を京香は好きになれない。


 自己嫌悪が氷の様に京香の心を貫く。それを癒してくれる相手は居なかった。







「マグネロ! 今日もヨシノ達と過ごしましょう!」


「タカオ達にこの前のお礼をさせて欲しいの!」


「ウスグモ達が会場をもう抑えてあるわ!」


 二日後。潜入十二日目。京香とあおいはヨシノ達に連れられ、B1―573を訪れていた。中からは食材の匂いがする。


 コウセン町のキョンシー達は嗜好品として食事を楽しんでいる。ここはその中でも酒類を提供する店だった。


「「「さぁ! パーティーをしましょう!」」」


 三人娘が扉を開ける。部屋の中央テーブルには多種多様な料理と飲み物が置かれていた。


 京香はこれが罠である可能性を考えた。皆無ではない。このキョンシーしか暮らさない町で、わざわざ料理を振舞うという事は異質である。


 だが、異質が必ずしも異常であるとは限らない。京香の直感はヨシノ達が純粋な善意と感謝の念からこうしてパーティーをしてくれていると告げていた。


――悩んだ時には直感を信じる、よね。


「ハナビ、行こう」


「うん」


 先輩からの教えを胸で復唱し、京香はあおいとテーブルに着いた。


「マグネロ、ハナビ! 今日は来てくれてありがとう! お礼の歌を聞いていってね!」


 部屋にはリザとサリエリも居た。コウセン町では引く手あまたの歌姫もわざわざ来た様だ。


 ここまで感謝される程の事をしたつもりが京香には無い。コウセン町の仲間意識が為せる事だろうか。


「LaLaLa~」


 サリエリの旋律に乗ってリザの歌声が部屋に流れる。普段よりも小さな声。あくまで今日の彼女はBGM係に徹するつもりらしい。


「食べて食べてマグネロ! ヨシノ達のリクエストなんだから!」


 ヨシノが京香へと皿を差し出した。入っている物はクリームシチューだろうか。


「ええ、ありがとうヨシノ。いただくわ」


 笑顔を作り、ヨシノから皿を受け取り、一口京香は口に含んだ。


――冷たい。


 シチューはひんやりと冷えていて、腐ってはいないのだろうが、薄く変な味がした。


「どう? 気に入った?」


 キョンシーには味覚が無い。暖かい食べ物を提供するという意味も、人間好みの料理を作るという意識も無いのだ。


 だから、この決して美味ではない料理はヨシノ達にとって目一杯のご馳走なのである。


「うん。気に入ったわ」


 笑ったまま京香はヨシノの頭を撫でる。このキョンシーからの善意がとても嬉しかった。


 パァッとヨシノ達は顔を輝かせ、次々と料理と飲料を京香へ差し出した。


「チキンも焼いてみたの!」


「パスタもいかが!」


「お酒もあるわ!」


 息つく間もなく京香の前に次々と皿が置かれていく。どの料理も飲料も人間好みとはかけ離れた味だった。


「はは、マグネロ大人気だね」


「ハナビも食べましょうよ」


「ぼちぼち摘まんでいくから気にしないで」


 前の席に座ったあおいはヨシノ達に囲まれた京香の様子を蘇生符越しに笑いながら見ていた。


 正直美味しくない。不味いと言っても良いかもしれない。


 だが、京香にとってある意味慣れ親しんだ味だった。かつて母と父と兄弟姉妹と過ごした清金邸ではこの様な料理が偶に出ていたからだ。


 郷愁を思い起こされるキョンシーが作った料理の味。これは不味い料理なのだ。今の京香には分かる様に成ってしまった。


 兄弟姉妹、そして父が作ってくれたご馳走は、人に振舞える、振舞って良い様な品では無かった。


「ありがとう。嬉しいわヨシノ、タカオ、ウスグモ」


 それでも京香は笑顔で器を受け取る。そうしなければおかしい場面なのもあったが、本当に嬉しいと感じていたからだ。

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