② アリアドネとペルセポネ
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午前七時。多くのキョンシーが活動を始める時間帯に成り、土木作業班へ一度目の休憩が挟まった。
「お疲れ様でーす!」
快活な声を出し、湊斗はコチョウを連れて休憩スペースへと歩き出す。
休憩は疲労軽減ではなく、クールダウンと栄養補給を目的としている。湊斗の目的はこの時間にあった。
休憩スペースでキョンシー達は雑談をしている。人間であろうとキョンシーであろうと意思がある存在ならば変わらない。そして、喋るならば口を滑らすのが常だ。
――時間は長くて三十分。どうするか。
休憩スペースへ向かう僅かな時間。湊斗は会話の筋道を脳内で組み立てる。強引な話題転換はキョンシー達には通じない。自然な論理だった形で欲しい情報を喋らせる必要があった。
「おお! アゲハにコチョウ! さあ座れ座れ。神水を飲もうじゃないか!」
「サンジョウ! そうさせてもらいます!」
ブルーシートを広げた地面にキョンシー達が集まっている。その中央にはサンジョウが座っていた。
懐から神水――に偽装した栄養水――を取り出し、湊斗とコチョウは並んでサンジョウの前に座った。
「身体の疲労度合いはどうだ?」
「三割ですね。三十分休めば問題ないでしょう」
「良いぞ良いぞ。アゲハの体は生体パーツメインだからな。体に不具合が起きればすぐに言うのだぞ?」
サンジョウの右眼が周囲のキョンシー達を見る。顔役の中で唯一四肢を万全に残したこのキョンシーは度々コウセン町の設備を視察していた。その中でもとりわけコウセン町の拡張工事には強い関心を持っている様だった。
「この三日で十メートルは進んだな! 素晴らしい! この調子ならば後半年もあれば新しい施設を作れそうだ!」
「大分岩盤を削れましたからね。罅も入ってきましたよ」
神水を飲みながら、湊斗達は削り続けている岩盤を見る。
湊斗の眼からすれば進捗はほぼ無い。岩盤への破壊力が少なすぎるのだ。
この場に居るのは改造キョンシーのみ。物理的な手法で無理やり岩盤を削っている。
これが地上ならばダイナマイトを使うだろう。だが、指向性を持たない爆発を地下空間で使うのはリスクが高過ぎた。
「何かPSIを使えれば、もっと作業が簡単なのだがな。すまない。割けるサイキッカーはこの場に居ないのだ」
「しょうがないですよ。貴重なPSI持ちは外部の戦いに配置するべきです。我々の敵は多いのですから」
コウセン町に居るキョンシーは全てPSIを持っていない。仮に発現したり見つかったりしたら、コウセン町の顔役達が戦闘員として連れて行くからだ。
――戦闘に向いているPSIなんてそうそうないってのに。
戦闘用に使えるPSIなどそう発現する物では無い。下手なサイキッカーを戦闘用にチューニングするよりも、手ごろなキョンシーの肉体を戦闘用に改造する方が遥かに安上がりで戦力増強に繋がる。
――何かあるな。
「サンジョウ。管理者様達はとてもお強いんですか?」
「当たり前だ。我々を護るため日夜人間どもと戦っていただいているのだから」
「私には想像も付きません。外の人間と戦うという事はPSIを使っているのでしょう? 人間どもは我らの同胞すら戦力としています。いくら管理者様達とはいえ勝てる可能性は高くないのでは?」
不安そうな顔をしながら淡々とした口調で湊斗は問い掛ける。キョンシーらしく純粋な瞳をしていた。
「その通り。真正面からぶつかってはいくら管理者様達とはいえ勝ち目が無いだろう。しかし、大丈夫だ。管理者様達には秘策があるらしいからな」
「秘策?」
キョンシーは喋る事が好きだと湊斗は知っている。他者からの質問に答える事が定義として刻まれているのだ。
湊斗の期待通り、サンジョウは大口を開けて答えた。
「そうだそうだその通りだ! その秘策の為、管理者様達はテレパシストを探している! アリアドネ様はそのプロトタイプだ!」
「アリアドネ様、今度我々に洗礼をしてくださる管理者様ですね」
――アリアドネがテレパシスト? いや、この言い方からしてテレパシストその物ではないか。
湊斗は現在シカバネ町に居るテレパシスト、ココミを思い出す。最重要管理対象であるあのキョンシー。エンバルディアの目的はそこにある様だ。
「アリアドネ様のPSIはすごいぞ。我らの眼を醒まさせてくれる。一度、あの方の手が我らの頭に触れたら、一瞬にして世界が変わるのだ」
――接触型。エレクトロキネシス。能力は洗脳か。
アリアドネというキョンシーは洗脳用。戦闘用ではないらしい。
湊斗はアリアドネを優先討伐対象へ変える。
設備さえあればキョンシーの思考回路を弄るのは容易い。だが、このコウセン町のキョンシー全体の思考回路を改造するのには隠し通せない程の大規模設備が必要である。
コウセン町のキョンシー達の改造が今まで世に出ていなかったのはアリアドネの洗脳に依る物だろう。ならば、アリアドネさえ破壊できればコウセン町の在り方は瓦解する。
「テレパシストが必要な秘策とは何でしょうね?」
「詳細は分からん。テレパシストの力でキョンシーの社会を変えるとおっしゃっていたな」
――この情報はここまでだな。
湊斗は判断する。これ以上変に突っ込めば不自然だ。
休憩時間は後十分に成っていた。
会話の自然な流れ。今出ていた話題は管理者達のPSI、それからのアリアドネ。
――なら、
「マグネロ達にも聞きましたが、アリアドネ様と一緒にペルセポネ様という管理者様もコウセン町へ良く来て下さるのですよね? サーマルキネシスでコウセン町の温度を保っていただいていると」
「聞いていたか! それもその通りだ! ペルセポネ様のPSIのお陰でコウセン町は我々に快適な温度で保たれている! あの方が居られなければ、機械パーツも生体パーツもすぐに駄目になっていた事だろう!」
ペルセポネ。コウセン町に良く来訪するもう一体のキョンシー。設置型のサーマルキネシスト。このキョンシーのスペックは如何なるものか。
「これだけの大面積。まだお目にかかった事はありませんが、ペルセポネ様のサーマルキネシスの範囲と持続性はスバ抜けていますね」
「そうだろうそうだろう。ペルセポネ様はすごいぞ。私達にも優しくしてくださる」
「どの様にしてサーマルキネシスを発動しておられるのですか? アリアドネ様と同じように触っていらっしゃるとか?」
「ペルセポネ様はPSIを発動する際息を吹きかける。吹きかけられた箇所にサーマルキネシスが発動するのだ」
――珍しい条件だな。
設置型PSIの発動座標は一般的に視覚か触覚で決定される。わざわざ息を吹きかけるというワンクッションを置くのはあまり聞かない例だ。
湊斗は記憶を洗い出す。アリシアにコチョウの調整を頼んでいた時、彼女がPSIについて聞いても無いのに説明をしてきたことがあった。
『ミナト。キョンシーのPSIというのは結局は思い込みの力なんだ。PSI力場は後付けなのさ。最初に思い込みが、次に力場が、最後に現象が起きるだけなのさ』
思い込み。設置型のサイキッカーには特にその傾向が強く出るとアリシアは言っていた。
死者の思い込みは強烈である。更新される事の無い脳細胞では認識を変化させることができないからだ。
それこそ、相手のPSIを変質させたいのなら、直接脳を弄れるテレパシーが必要だろう。
――……だから、テレパシーが欲しいのか?
サンジョウと雑談しながら湊斗は一つの仮説を組み立てる。
キョンシーのPSIは思い込み。言い換えるなら認識の歪みだ。
そして、テレパシーはその歪みを自由自在に変化させられる。
事実、凡そ半年前、あの対策局研究棟での一件にて、ココミは複数のPSIを複合した新たなPSIを創り出していた。
――帰ったらアリシアに聞いてみるか。
自分程度が考えた案など技術者たるアリシアならばすぐに気付いているだろう。
ヒヤリとした感覚が湊斗の首筋を撫でる。
今の所、ココミによる他キョンシーのPSI変質はあの日以降観測されておらず、一度変質したPSIもすぐに元に戻っていた。
だが、もしも仮にテレパシーによるPSI付与、または変化が永続的な物であったのなら? それがA級PSI並みの出力を持っていたら?
導き出される結論は最悪。
ハカモリでも太刀打ちができない、最凶の軍団だ。




