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① 拡張工事

 柔らかく頬を叩かれる感触で湊斗は目が覚めた。


「……時間か」


 潜入任務十日目。蘇生符に中央が遮られた視界。そこに最初に映ったのは彼のキョンシー、コチョウだった。


――今日の予定は……。


 時刻は午前二時。午前三時に湊斗は地下一階の外壁にてコウセン町地下スペース拡張工事を手伝う手筈に成っていた。


「くそっ。眠いな」


 睡眠時間は僅か三時間。今日だけでは無い。この十日間ほとんどそうだった。


 湊斗はキョンシーとしてこの町で過ごしている。加えてコウセン町の仕事を手伝う立場にあった。


 キョンシーの活動能力は人間のソレとは違う。特に睡眠時間と言う点では比べ物に成らなかった。


「……ミナト。だいじょうぶ?」


「問題ねえよ。カフェイン錠剤をくれ」


「はい」


 コチョウからベッド脇の小物置から眠気覚ましの薬を受け取り、ガリガリと歯で砕いてさっさと飲み込む。十分もすれば脳が覚醒するだろう。


「お前の準備はできているか? 体の調子は?」


「できている。せいじょうだよ」


「そうか」


 湊斗は眉根を揉んで表情筋へ無理やり血液を送って立ち上がる。ともあれ装備を確認しなければならない。


――エアロボム、フレアボム。緊急止血薬に鎮痛薬。戦うのには問題ねえな。


 肩と脚を回し、体の調子も確認する。特に問題は無かった。


「コチョウ。脱げ」


「うん」


 コチョウが帯を緩め、パサリと着物が床に落ちた。


 そして晒されたのは針金型のコチョウの姿だ。


 エアロキネシスを最大限活用する為に極限まで肉抜きされた体は――実際にそうではないと分かっていても――触れば折れてしまいそうだ。


「触るぞ。異常があったら言え」


「りょうかい」


 無遠慮に、けれどもどこまでも丁寧に湊斗はコチョウの体を触る。


 只の一つでも不具合が無いように、只の一つでも見落としが無いように。


 湊斗はあらゆる道具について万全たる調整と確認をする男である。それが道具を使う者の責任であると信じているからだ。


 使うからには十全に。壊すからには万全に。人間を使って作ったキョンシー。それができなければキョンシー使いである資格が無い。


「……良し。大丈夫だな。服を着ろ」


「うん」


 問題なく点検は終わった。今日もコチョウの体には不具合一つ無い。


 慣れた動きでコチョウは骨組みの体へ着物を纏う。当然前合わせは左前だ。


 準備が終わる。今できる限りの万全を尽くした。


 いざ出発せん。湊斗は体を伸ばす。過酷な潜入任務の開始だ。


「今日も生き残るぞ」


 キョンシーを騙すのは簡単だ。キョンシーは呆れる程に純粋で、騙されることを良く分かっていない。


 けれど、一つでも違和感を持たれれば、キョンシーの演算能力は一瞬にして答えを導くだろう。導かれる解は死だけだ。


 ヒリヒリした恐怖は常に湊斗の首を撫でている。


「だいじょうぶ。わたしがまもる」


 そんな彼へコチョウはいつもの様に言った。


 ならば、帰す言葉もいつもの様にだ。


「うるせえ。俺がお前を使うのさ」







「おお! アゲハ、コチョウ! 良くぞ来てくれた!」


「サンジョウ! 今日も全力で壁を削りますよ! この町を広くしたいですからね!」


「素晴らしい! お前達の力があれば必ずやコウセン町は広大な大都市へと進化するだろう!」


 午前三時。湊斗とコチョウはコウセン町地下一階北壁に到着した。


 快活なキョンシーのフリをして湊斗はサンジョウへと近づき、握手を交わす。キョンシーを騙すならば大仰なくらいで丁度良い。


 コウセン町の北壁には既に湊斗達以外のキョンシーが集まっていた。体格は様々で特徴は四肢を全て残していることのみである。


 コウセン町では想像以上に五体を満足に動かせるキョンシーが少なかった。一見して問題なさそうに見えても関節が壊れていたり、一定以上の動きができなかったりと問題を持っているのがほとんどである。


――今日はあそこか。


 湊斗は本日の作業予定箇所を見る。少しずつ少しずつ削り続けている岩肌。その終わりは一切見えない。


「さあ、皆作業を開始してくれ! 我々のコウセン町のために!」


「「「「了解!」」」」


 サンジョウの号令に湊斗とコチョウを含めたキョンシー達全員が返事をした。


 すぐさま、まるで機械の様な動きでキョンシー達はそれぞれの持ち場へと着き、作業を始める。これが人間であったのならグダグダとした雑談の一つや二つあっただろう。


 湊斗はキョンシーの本質を“作業”だと考えている。作業こそがキョンシーのゴールであり、それ以上の先が無いのだ。


 アイコンタクトだけで意思疎通し、湊斗とコチョウは担当する岩肌へと向かう。そこでは両腕がドリルに改造されたキョンシーがガリガリと岩肌を削っていた。


「コチョウ。俺達は右側だ」


「……」


 ドリル腕のキョンシーが削り砕いた土砂をひたすらどけて行くのが湊斗達の仕事だ。


 昨日、というか数時間前まで使っていた手押し車へスコップを使って土砂と積んでいく。


 途中、何度も視界が霞んだが、湊斗はただの一度も不自然に体をふらつかせなかった。


 カフェインで無理やり覚醒している体には酷な作業だ。けれど、湊斗は軽い雑談を同僚のキョンシーへ振り、蘇生符の奥で笑顔を貼り付かせて作業に当たる。


 関口湊斗が率いる第四課は第五課とは対極である。純粋な戦闘員は関口湊斗とコチョウのコンビのみで。他は全員が彼らをサポートするために存在している。


 故に、最も危険な場所での作業のほとんどを湊斗はコチョウと共に行っていた。疲労くらいならば隠し通せる。


 手押し車が重い。日に日に重くなっていく。だが、湊斗が周囲に振る口調は変わらずに軽やかだ。


 今の湊斗はアゲハと言うキョンシーなのだ。キョンシーは疲労度によって口調へ行動を変えたりしない。一律の行動を繰り変えす。そうでなくてはならないのだ。


 現在時刻は午前四時。作業終了まで後十七時間もあった。

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