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① 中間報告




「……洗礼、か」


 ソファに深く腰掛けた隆一は京香からの報告に短くそう繰り返していた。


 B1―333のリビングルームにはコウセン町に潜入したメンバー全員が揃っていた。


 京香達をコウセン町へ引き入れて一週間。今日は予定していた中間報告の日だった。


「ソイル、知っているの?」


「名前だけな。アリアドネと名前は初めて聞いたが。おそらく、アリアドネはキョンシーだ。心当たりがある」


 先行してコウセン町に潜入したのは一年前。今まで何度か〝管理者様〟と呼ばれる一団を隆一は見た。


 管理者達の来訪全てに付いて来たキョンシーが一体だけいる。全身にカラフルな毛糸を巻き付けたキョンシーだ。


「そのアリアドネってキョンシーの洗礼ってのは精神感応系PSIの一種だろう。そいつに頭を触られた後、反応が変わったキョンシーを見たことがある」


 精神感応系PSI。エンバルディアはこの系統のPSIにこだわっている様だ。


――今第六課に居るココミと言うキョンシーも精神感応系。その最高峰のテレパシストだ。何かあるのか?


 ストレイン探偵事務所を立ち上げて磨き続けたアンテナがビンビンに立っていた。


「俺からの報告だ。イッシキ、ニノミヤ、サンジョウ。こいつら顔役から聞いたが、コウセン町は現在フロアの拡張工事の真っ最中。管理者が来訪する時、適当なキョンシーを外の世界に連れて行っている。管理者達に連れて行かれて帰ってきたキョンシーは居ないってよ」


「それについては調査済みだ。外に連れていかれたキョンシーはいずれも脳を取られて破壊されている。おそらくだが、コウセン町のデータを回収したいんだろう」


 関口の報告を隆一は補足する。


「これからの予定はどうなっている?」


 予想通りなら管理者の来訪まで後七日。既に潜入任務の半分が終わったのだ。エンバルディアに繋がる情報を手に入れなければならない。


「アタシと霊幻は町の散策を続けるわ。敵の戦力を調べてみる。特に今話に出たアリアドネってキョンシーについて知りたい」


「俺とコチョウは町の拡張工事を手伝うぜ。サンジョウが指揮に来るらしいからな。マグネロがキョンシーを調べるなら、俺は人間の方を調べるか」


 京香の調査予定の抜けを埋める様に関口が提案する。


――変わらないな。


 粗野な口調で誤解されやすいが、関口は誰かをサポートするのが得意である。


 隆一は関口と幸太郎を良く組ませていた。前線で戦う幸太郎。彼に生まれる僅かな隙を守る様に動く関口。最強と言って良いコンビだった。




 報告会が終了し、京香達がそれぞれの寝床へと上がって行く。


 隆一はソファに座ったままだ。上手く立ち上がれなかった。たったこれだけの会話で体が疲れていたのだ。


「ソイル、体の方はどうです?」


 そんな疲れた様子を見せる隆一へあおいが階段を上るのを止めて近付いて来た。


「ハナビ、お前もさっさと寝ろ。明日も早いんだろう?」


「まあまあ。たった二人の社員じゃないですか」


 聞く耳を持たず、あおいが向かいのソファに腰かける。


「薬飲みますか? 飲むなら水持ってきますよ」


「今はいらん」


「そうですか。で、もう一度聞きますけど、肺の調子はどうですか?」


 ジッとあおいがこちらを見る。答えるまで何度でも同じ質問を繰り返すつもりだろう。この社員の頑固さを隆一は嫌と言う程に知っている。


「……疲れただけだ。痛みも咳も出ない」


「我慢しているわけでは無く?」


「今更お前相手に隠すか」


 やれやれと隆一はあおいが初めてストレイン探偵事務所の門を叩いた日のことを思い出す。


 元々ストレイン探偵事務所は隆一が一人で立ち上げた会社だ。一人でやっていくつもりだったし、他の誰も巻き込むつもりはなかった。


 そう思っていたのに、三年前あの日、突然現れたあおいが「ここで働かせてください」と転がり込んできたのだ。


 当初隆一は断った。あおいまであかねの様な危険な職場で働かせることは無いと考えたからだ。


 しかし、あおいの決意は強固だった。何をしても折れる気配は無く、命を投げ打つ覚悟さえ示してしまった。


 加えて丁度その頃、隆一は肺を悪くしていた。


 治る見込みが無い体。キョンシーではない人間のサポーターが必要だった。


 結局、根負けする形で隆一はあおいの入社を認め、以来、彼女と共に各地を飛び回っていた。


「初めての長期潜伏はどうだった?」


「緊張しましたね。今でもしてます」


「その感覚を忘れるなよ。常に逃げる事を選択肢に残せ」


「はい。最初に言われた様にですね」


 今でも隆一はあおいにこの道から足を洗って欲しい。これ以上、自分の弟子が死ぬ姿は見たくない。けれど、他人がとやかく言っても意味が無いというのも分かっていた。


「んっん!」


 隆一は喉を傷めない様に軽く咳をする。立ち上がろうとするあおいを手で制した。


 体の調子はずっと悪い。どうにか鍛えているが、どんどん体が細くなって行く。


 こんな風に体を壊していなければ、隆一も京香やあおい達のように率先して外部に出て調査をするはずだった。だが、今の隆一にできるのは肺を悪くしたキョンシーのフリだけだ。


 悔しいけれど、隆一は嘆かない。今できることでどうにかするしかないのだ。


 一見穏やかなままの顔をしているが、隆一は、隆一とあおいの内心はかつてない程に昂っている。何があってもこの潜入調査を物にするのだと固く決めていた。


 だからこそ、一度は縁を切ったはずのハカモリと、シカバネ町ともう一度手を結んだのだ。


「後、少しですね」


「ああ。やっと掴んだチャンスだ。何が何でもエンバルディアの情報を持ち帰るぞ」


「はい」


 ストレイン探偵事務所の調査である事実を隆一とあおいは突き止めていた。


 エンバルディア、あの組織の中には()()()()()()()キョンシーが居る。


――やっと掴んだメルヘンカンパニーの尻尾。逃がしてたまるか。


 隆一達の目的は復讐だ。


 強く隆一は拳を握る。昔の様な力はもう入らない。昔の様には戦えない。さりとて、戦うことはまだできるのだ。

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