③ 旅の夢
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テレビゲーム大会もお開きと成り、時刻は午後八時を回っていた。
霊幻を初めとして、ヨシノ、タカオ、ウスグモに疲労の気配は無い。それに習って京香も疲労を顔色に出さない様にしていた。
テクテクテクテク。ヨシノ達と共に京香は地下二階の外壁階段へと向かっている。この町のキョンシー達の生活リズムは人間のソレと似ている。少なくともヨシノ達はそうだった。
故に、今日の探索はこれで終わりである。後、三十分も歩けば京香達の宿へ帰れるだろう。
歩きながらの会話と言うのは小気味良く進むもので、思ってもみなかった方向に進むことも多々ある。京香とヨシノ達の会話もその例に漏れなかった。
「夢?」
「そう! ヨシノ達には夢があるの!」
何処か誇らしげに左を歩くヨシノがこちらを見上げる。
京香が言った「今の時間ならオリオン座が見えるわね」が、この会話の始まりである。そこからあれよあれよとヨシノ達とのお喋りは進み、今の〝夢〟という話題に着地したのだ。
「ヨシノとタカオとウスグモで、ずっと話してた夢! ねえねえマグネロ! どんな夢かヨシノ達に聞いて!」
蘇生符の奥の瞳はキラキラと輝いている。余程聞いて欲しいのだろう。
特に断る理由も無く、京香はオウム返しの様に聞き返した。
「どんな夢なの?」
パァッと顔を輝かせ、ヨシノ、タカオ、ウスグモが声を揃えた。
「「「外の世界を旅するの!」」」
「旅?」
「「「そう! 旅よ!」」」
「何処かに行きたいとか? あ、もしくは何かしたい事があるとか?」
「「「違うわ全然違う! 旅をしたいの! 旅をすることが夢なの!」」」
まさかの夢に京香は聞き返していた。
旅とは手段だ。何処か目的と成る場所や物や人があり、それに会うため知らぬ場所へ行くことである。決して目的ではない。
これが人間であるなら酔狂である言えよう。だが、発言したのはキョンシーだ。
思考回路が狂っているとしてもキョンシーはロジックに従うはずだった。
――どういうこと?
京香はより詳しく聞くか悩んだ。変に突っ込んだら不審に思われてしまうかもしれない。
ハハハハハハハハハハハハ!
京香が行動を決める前に背後から霊幻の笑い声が聞こえた。
「ヨシノ、タカオ、ウスグモよ! 旅自体が目的とはどういうことだ!? 吾輩には分からん!」
京香は霊幻へ目を向ける。今の行動は暴走だ。京香の意見や指示を待つ前の自己判断で動いたのだ。
――まあ良いか。
「アタシも気に成るわ。どういうこと?」
変に悩むより自然体で聞き返した方が不自然さは薄いだろう。
京香と霊幻の疑問にヨシノ達はハッと互いに顔を見合わせヒソヒソと隠し話を始めた。
――失敗ったかな?
疑われてしまったかと京香は身構えたが、それは杞憂だった。
三体のヒソヒソ話は直ぐに終わり、一律に京香達へ頭を下げた。
「ヨシノが謝るわ! マグネロと霊幻はまだ〝洗礼〟を終えていないのね! ならヨシノ達の言葉に違和感を覚えてしまっても仕方が無いわ!」
――洗礼?
新しいワードである。間違っても水を頭に掛けるアレではないだろう。コウセン町のキョンシー達の不自然さに関わっていることは間違いない。
この言葉についてより詳しく質問したい。だが、普通のキョンシーはそこまで自分に関係の無い言葉について深く追求しない物だ。
「タカオが慰めるわ! 大丈夫、次に管理者様達がいらっしゃった時に洗礼を終えてしまえば良いのよ! そうすればマグネロ達の思考も自由に成れるわ」
――自由? 洗礼とはキョンシーの思考回路を変化させる処置?
「ウスグモが教えるわ。心配しないで。アリアドネ様はいつもこの町へ来てくれる。あの方にお願いすれば良いの。優しい方よ」
次々と情報が出てくる。やはりヨシノ達はとても親切なキョンシーなのだろう。
申し訳ないと京香は思う。思うだけだ。
「なるほど。じゃあ、アリアドネ様? に会えるのを楽しみにしてるわ。お喋りの続きをしましょう?」
「ヨシノが同意するわ! その通りだわ! ヨシノ達の夢の話ね! まだ分からないだろうけど聞いてちょうだい!」
話したくて仕方が無かったのだろう。ヨシノ達は満面の笑みで京香へ彼女達の夢を語り始める。
「ヨシノ達は旅をしたいの。誰にも邪魔されず、好きな所へ」
「タカオ達は旅をしたいの。誰にも邪魔されず、好きな物を」
「ウスグモ達は旅をしたいの。誰にも邪魔されず、好きな様に」
「「「そして、空を見たいの!」」」
声を揃えてキョンシー達は顔を上げた。
コウセン町を照らす電灯、キョンシー達はその先にある空を仰ぐ。
「空の自由さって何なの?」
「太陽が暖かいって何?」
「月の優しさってどんな物?」
「「「ああ、空の下で旅をしたいわ!」」」
京香は三日前、ヨシノ達との初対面を思い出す。外の世界を知りたいという彼女達が一番初めに求めたのは、空と太陽と月の話だった。
――知識欲、という訳じゃなさそうね。
キョンシーの中には知らぬ知識を手に入れることを目的とした物が居る。だが、ヨシノ達はそうではないと京香には分かった。
彼女達の眼にあるのは憧れだ。夢と言い換えても良い。キョンシーが願う物では無い。
「どうして空を見たいの?」
ヨシノ達は自律型。仮に何かしらの処置によって自律型に成ったのだとしても、他律型時代の記録が残っているはずだ。
「ヨシノが答えるわ。ヨシノ達の世界には空が無いの」
「空が無い?」
「タカオが答えるわ。死前死後、タカオ達の眼は一度も空を見たことが無いの」
「一度も?」
「ウスグモが答えるわ。コウセン町に来る前、ウスグモ達が知っていたのは薄暗くて湿っていて部屋と生臭い香りのした人間だけなの」
ヨシノ達の顔に陰りは見えない。それはキョンシーだからだろうか。
一度も空を見た事が無い。京香は考えられる可能性を脳内で洗う。
初め、ヨシノ達が暗殺用、戦闘用のキョンシーかと考えた。だが、すぐにその可能性は低いと行き当たる。
ヨシノ達の体には処置の跡はあれ、改造の痕跡はない。身体能力は非戦闘用キョンシーだ。PSI持ちならば話は違うが、そうでもなさそうである。
それに暗殺用、もしくは戦闘用のキョンシーであるなら、空を知らないはずが無い。
――空が見えない、外部から見えない場所に閉じ込められていた。そこには生臭い香りの人間が居る。
「――」
――……まさか?
ヨシノ、タカオ、ウスグモというキョンシーの用途について、一つの可能性に京香は行き当たる。あまりにも下劣な妄想に首の後ろで血の気が引く感覚があった。
これはいけない。これ以上踏み込むべきではない事柄だ。もしもこれ以上踏み込んでしまったら、覚悟が鈍ってしまう。
――アタシはこの子達の敵なんだから。
「……なら、いつか空を見れると良いわね」
「「「ええ! だからプロジェクト・エンバルディアを応援しているの! だって、そうなれば自由に空の下を歩けるから!」」」
何処までも期待と憧れに満ちたキョンシー達の笑み。京香は額の蘇生符に感謝した。返した笑みが不自然でもバレないからだ。




