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② 嗜好の選択




***




 B2―100、ヨシノ達が勧めてきた談話スペースは四体のキョンシーが居て、どのキョンシーも京香と霊幻の姿を見るや否や近づいてきて、京香は出来る限り友好的に対応した。


 そして、およそ二時間。これ以上続けたら喉が痛んでしまうというヨシノ達の言葉で会話はピタリと終わった。名残惜しい顔はどのキョンシーもしておらず、京香を労わる様に「「「「楽しかったよマグネロ、霊幻、また、話そう」」」」と言うだけだった。


 その行動の落差はとても異質な行動なのだろう。少なくとも外部の、素体生産地域(シカバネ町)やそれ以外の場所で生きてきた様な人間では戸惑ってしまうに違いない。


 だが、京香に戸惑いは無かった。むしろ懐かしいとさえ思えた。


――アタシ達が潜入任務に選ばれた理由が分かったわ。


 京香は今回の潜入任務の人選に改めて納得する。関口湊斗が選ばれたのは戦闘員の中で最も単独行動と演技が上手いからだ。そして、清金京香が選ばれたのはキョンシーだけの閉鎖環境で暮らしていた経験からだ。


 ほとんど京香は意識せず、清金邸での日々をなぞる様にコウセン町のキョンシー達と対話する。それがおそらく求められているのだ。


 B2―100を出ながら京香は得られた情報を頭の中で整理する。


・コウセン町ができたのは十年程度前。当時は地下一階までしかなかった。


・少しずつ掘り進め、現在地下三階まで拡張した。


・町民のキョンシー達に目的は無い。強いて言えば、コウセン町で過ごす事だけが目的。


・一部キョンシーは各地を回り、酷い扱いを受けているキョンシーの保護活動を行っている。


――十年も前からこんな大それた計画をやってるなんてね。


 エンバルディアとやらを掲げるあの組織は相当前から存在している様だ。


「マグネロ、ヨシノが聞くわ? 喉は大丈夫? 折角の生体パーツ痛んでいない?」


「ん、大丈夫よ」


「なら良かった! 次はB2―200に行きましょう! 今日はそこでテレビゲーム大会をやっているの!」


「良いわね。霊幻もそれで良い?」


「吾輩達も大会に参加しようではないか!」


「「「良いわね良いわね! 応援するわ!」」」


 ヨシノ、タカオ、ウスグモの綺麗にハモった声。そこにジジッと言う電子音が僅かに聞こえる。話していて京香は気付いていた。この小さなキョンシー達の体の多くは機械に挿げ替えられているのだ。




 テレビゲーム大会は大盛況で終わり、京香はズーンと落ち込んでいた。


「ボコボコにされた……」


「吾輩は驚いた! あれほど自信満々に壇上に出ておきながら一瞬にして負けるとはな!」


「言わないで! ほんとに落ち込んでるんだから!」


 コウセン町でのテレビゲーム大会には各種オフラインゲームが揃えられていた。その中には京香の知る場外乱闘ゲームがあり、意気揚々と腕まくりまでして参加したのだ。


 結果は惨敗である。京香が操作するキャラクターは為す術無く画面外へと吹っ飛び、一撃も攻撃を当てられないまま一回戦でマグネロの文字はトーナメント表から消えた。


 青春時代、幸太郎が持っていたこのゲーム。京香は唸る程やり込んだのだが、手も足も出なかった。


「ヨシノが慰めるわ。落ち込まないでマグネロ! しょうがないわ! だってマグネロと当たったのはゲマゲマ、チャンピオンだったんだもの!」


 京香を打ち破った腰から下のパーツが無かったキョンシーはどうやらコウセン町のテレビゲーム界隈では有名であったらしい。


 悔しかったが、京香は「次はリベンジするわ」と頭を振って気持ちを切り替える。


 B2―200に集まったキョンシーは京香達を含めず、三十体程。各々が思い思い好き勝手にコントローラーを持っていた。


 何処から持って来たのか、液晶モニターも揃えられており、色とりどりのゲームキャラクター達が所狭しと動き回っている。


――みんなすごい動きね。


 画面の映像で共通しているのは、ゲームキャラクター達が機械を思わせる程精密に操作されている点だ。


 演算能力をフル稼働してキョンシー達はゲームに興じているのだろう。


「ウスグモが教えるわ。ここのキョンシーは皆テレビゲームに特化した反復学習をしているの。マグネロも同じ様に演算能力を割けばすぐに上手く成れるわ」


「考えておくわ」


 通常、キョンシーは特定の行動に特化させるのが一般的である。この場のキョンシー達にとってそれはテレビゲームなのだろう。


「テレビゲームは誰が持って来ているの?」


「タカオが答えるわ! 管理者様達! リクエストすれば何でも外の世界から持って来てくれるの!」


 どうやら、コウセン町の〝管理者様〟とやらは定期的にキョンシー達から物品などのリクエストを聞いているようだ。


「へー、ちなみに他にどんな物が今までリクエストされたの?」


「いっぱい! ダーツ、カラオケ、縄跳び、食材、ボール、フラフープ! とにかく持って来れそうなものなら何でも管理者様達は持って来てくれるの! タカオも前に本とリコーダーを貰ったの!」


――不特定の物欲を持ってるなんて珍しい。


 京香はホムラとココミを思い出す。彼女達の様に物欲を持つキョンシーは希少である。


 キョンシー自体が持つ執着のために特定の物品を欲することはあるが、〝物品自体〟を望むのは稀だ。


――ホムラとココミの制作には高原一彦が関わってる。何か特徴があるのかしら?


 そこで一度考えを止め、京香は再びゲーム大会の様相を観察する。


「何でゲームをする様に成ったのかしら?」


 ふと漏れた疑問。どういう経緯で、どういう理由でキョンシーがテレビゲームをわざわざする様に成ったのか気に成ったのだ。


「ヨシノが答えるわ! 管理者様達が言ってくれたの! やりたいことを探してみなさいって! それでヨシノ達は考えて、嗜好を選択することにしたの!」


「選択?」


「そう! 色んなことを皆でやってみたわ! ゲームをしたり、走ってみたり、料理をしてみたり、踊ってみたり、歌ってみたり、そんな事をやっているとね、気付いたの! ヨシノ達には好きなことがあるみたいだって!」


 キャッキャとヨシノが跳びはねる。その顔は本当に嬉しそうだった。


「マグネロと霊幻にはまだ良く分からないかもしれないけれど、好きなことをやっているとね、脳の電気信号が活発化するの! コウセン町で過ごしているとその感覚が分かる様に成るの!」


 京香は目線だけで「分かる?」と霊幻へ問い掛け、霊幻もまた目線だけで「分からん」と返した。


 キョンシーだけの閉鎖環境に置かれたからなのか、それとも何か処置をされたのか、少なくともコウセン町のキョンシー達は個々の嗜好について選択できている様だ。


「これはとっても素晴らしい事だわ! 作られた機能以外にもヨシノ達には価値があるってことなんだもの!」


 ヨシノは興奮していた。自分達キョンシーが求められた機能以外へ価値を見出せることへ。


 あんまりにヨシノが嬉しそうだったから、吊られて京香は笑ってしまう。


「良かったわね」


 言葉は本心で、京香の悪癖である。


 幸太郎と霊幻。人間とキョンシーは〝違う〟。だが、それでも京香にとって人間とキョンシーはどうしようもなく〝同じ〟なのだ。

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