① 平穏なる死者の町
歓迎パーティーから三日後。京香と霊幻はコウセン町を歩き回っていた。
「マグネロ、次は何処に行きたい? ヨシノに言って! 案内してあげるから!」
「タカオも案内するわ! あそこのB2―025では映画を流しているわ!」
「ウスグモも教えるわ。ここのB2―073はダンススペースなの」
パーティーでの一件から京香はこのキョンシー達に懐かれていた。
「ああ、嬉しいわ嬉しい嬉しいわ。新しい町民の案内をヨシノ達ができるなんて!」
「はいはい。ありがとう。アタシも楽しいわよ」
嘘ではない。この様にキョンシーと話すのは京香にとっても久しぶりだった。潜入、場合によっては殲滅任務であることは分かっていたが、かつての、最も穏やかだった清金邸での時間に近しい雰囲気に酔いそうになるのだ。
「ハハハハハハ! ヨシノ達よ、あそこのキョンシー達は何をやっている? 戦闘か?」
「ウスグモが答えるわ。あそこB2―099は格闘技場なの。キョンシー達がいつも腕比べをしているわ」
「ほう! この様な閉鎖空間であっても戦うのか! なんともキョンシーらしい! さあ、マグネロよ吾輩達も行ってみるか!?」
「いやよ」
格闘技場と呼ばれた地点へ向かおうとする霊幻を京香は止めた。
「昨日も言ったけれど、ウスグモが改めて教えるわ。コウセン町はB1からB3までの地下都市。それぞれの階層にはナンバリングされた500までの建物があるの。みんな好きなように建物を借りて過ごしているわ」
合計1500の建物をキョンシー達は好きなように使っている。住居として使う時もあれば、ヨシノ達の案内の様に娯楽施設として改造する時もあった。位置や間取りや他の施設との関係などは何も考慮されていない。純粋にただ好きな様に施設が敷き詰められていた。
――これは覚えるのが大変そうね。
キョンシーならばナンバリングとその用途を即座に記録できるだろう。だが、無作為に決められた施設の用途を正確に記憶するのは京香には難しかった。
チラリと京香は霊幻を見る。京香達の拠点であるB1―333に帰ったら改めて教えてもらう必要があるだろう。
「ねえねえ、マグネロ、霊幻! B2―100に行ってみましょう! ヨシノ達のお気に入り! 談話スペースがあるわ! 色々なキョンシーが来るから話していてとっても楽しいの!」
ヨシノが指差した建物は三階建ての文化センターを思わせる一棟であり、そこには数多くのキョンシーが出入りしていた。
「良いわね。行きましょう」
「ハハハハハハ! 異存は無い!」
どの様なキョンシーが居るのか、どの様な考えを持っているのか、エンバルディアに繋がる情報が一つでも無いか、京香達には調査する必要がある。
そんな大義名分が頭をちらつく。京香は自分がキョンシー達とのコミュニケーションを楽しんでいる事実に気付いていた。
***
――京香はどうしているかな?
別行動を取っている京香達を気にしながら、あおいはコウセン町地下三階を関口とコチョウに案内していた。
「アゲハ、コチョウ、さっきのダンスはとってもウケていたよ!」
「うるせえ」
「ほらほらさっきのフレンドリーさはどうしたの? ノリノリで腰を振っていたじゃん?」
コウセン町のキョンシーの前では、関口は笑顔を見せ、明るく話し、ダンスにだって積極的に付き合ったりする。けれど、本来の彼がそういう性格では無いとあおいは知っている。
あおいは関口とはそれなりに長い付き合いだ。粗野な口調、それでいて冷静な思考。それが関口湊斗と言う男である。
「ソイルはどんな調子なんだ?」
本日コウセン町を調査しているのは地下三階に居るあおいと関口とコチョウ、地下二階の京香と霊幻のみである。隆一は調子を崩したため、アレックスとトオル共にB1―333で待機している。
「ちょっと調子が悪くてね。今日は休憩の日にしてもらった」
「治るのか?」
「無理だってさ」
「……あいつが体を壊す姿なんて想像もできなかったぜ」
それ以上を関口は言わない。この場で気にしても仕方の無いことだろう。
「それじゃあ、あそこに行こう。B3―001、この町の顔役が居る集会所にね」
「やっとだな」
あおいは昨日一昨日の段階でコウセン町の顔役と関口達の取り次ぎしていた。
関口からの要望である。町民から情報を得るのは京香に任せ、自分は権力者ポジションのキョンシーから情報を得ようと言うのだ。
十分後。あおい達はB3―001、コウセン町の集会所に来ていた。十畳程度の簡素なスペースには既に三体の顔役であるキョンシー、イッシキ、ニノミヤ、サンジョウが席に座っていた。
イッシキとサンジョウは男性、ニノミヤは女性が素体であり、それぞれイッシキには両腕が、ニノミヤには両足が、サンジョウには鼻と左眼が無い。
「お初にお目にかかります。この様な場を設けてくださり、恐悦至極。アゲハとコチョウと申します。どうぞこれからよろしくいたします」
あおいの隣で関口とコチョウが深く頭を下げた。その口からは先程の様な粗野な口調は完全に消え去り、誠実で無機質なキョンシーらしい声色が流れている。
「おお、お前達がアゲハとコチョウか。長旅ご苦労だった」
サンジョウが隻眼を向ける。キョンシーらしい無機質な瞳だ。
「ハナビとソイルのおかげです。この二体が居なければこの町の存在だって知る事ができなかった」
「ハナビとソイルは優秀なレスキュー隊だからね。酷い扱いを受けている同胞を救いに良く飛び回ってもらっているよ」
「恐縮です。ニノミヤ」
ニノミヤへあおいも小さく頭を下げる。
あおいと土屋がコウセン町に潜伏したのは一年前。外の世界へキョンシー達を探しに行くのに同行する様に成ったのはつい半年前だ。
「さて、ハナビ。アゲハとコチョウが何か我らに聞きたいことがあるらしいな?」
「ええ、イッシキ。この町へアゲハとコチョウ達は恩返しをしたいそうなんです」
「イッシキ、ニノミヤ、サンジョウ。俺達はこの三日間この町で過ごして確信しました。ここは楽園だ。どうか、この町を管理する方々へお目通りする機会をいただけないでしょうか? せめて一言、感謝の言葉を述べたいのです」
関口は瞳を潤ませて、ともすれば大仰に頭を下げた。
――まるで演劇みたい。
キョンシーは純粋である。本質的に騙されるということを理解できないのだ。ならばいっそ大仰に演技した方が良い。
「素晴らしい! この町をそこまで気に入ってくれるのか同胞よ! よろしい! すぐには難しいが、次回、管理者様達が来た時にお前達を会わせようではないか!」
イッシキが拍手をする様に両肩を揺らす。
「そう! ここは我らの楽園! よろしいアゲハ、コチョウ! お前達には仕事を与えよう! 一先ず折角の五体満足! 力仕事はどうだろうか?」
パチパチ、ニノミヤは拍手をしながら関口へ提案する。
「たった三日でここまで我らの町を気に入ってくれるとは。今、我らの胸は、心は誇らしさで一杯だ。ああ、分かったぞ、これは感動と言う感情なのだ!」
サンジョウが涙溢れる右眼を押さえて天井を仰いでいた。
――すごい。
あおいが驚いたのは関口の胆力だ。
確かにキョンシーを騙すのは簡単だ。論理的な矛盾が無ければ余程のことが無い限り、思い通りに成るだろう。
だが、一つでも疑われれば一瞬にして裏切りがバレてしまう。
関口はそれを全て分かって尚、胸を張ってこのキョンシー達を騙したのだ。




