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① ウェルカムエスケーピー


「付いて来い」


 隆一の後ろ姿を追いかけて京香達は獣道とも言えない山道を歩いていた。


 人間達の額には擬装用蘇生符が貼り付けてあり、慣れている京香はともかく、関口は視界の中央でヒラヒラする蘇生符が気に成っているようだ。


 パキ。ザク。フワ。


 枯れ木と落ち葉と土を踏みながら京香達は進んでいく。必要最低限の言葉以外、誰も話さなかった。


 無言で進む中、京香は隆一からの注意を思い出す。


――ここの噂を聞いて流れ着いたキョンシーのフリをすること。人間社会から逃げてきたと言うこと。細かい所は隆一さんとあおいに任せること。


 隆一曰くこの山の中にある町には人間社会から逃げてきたキョンシー達が暮らしているらしい。町民であるキョンシー達は皆、何処からかこの町の存在を知り、ここへと逃亡してきたと言うのだ。


――敵はどうやってそんな人数のキョンシーへ情報を流したのかしら?


 目下、第二課が調査中であるが、難航しているらしい。


 パキパキ。ザクザク。フワフワ。


 途中休憩を挟みながら山道を進み続け、三時間。日が傾き始めた頃。隆一が立ち止まった。


 そこには苔が生えた岩肌と小川があり、清涼な雰囲気が漂っていた。


「着いたぞ」


 隆一が指差したのは何の変哲も無い人間大サイズの岩肌だ。


「……隠し通路か?」


 蘇生符がある視界に未だ慣れていないのだろう。関口がウザったそうに眼を細めている。


「その通り。今から潜入する。全員準備は良いか?」


 今から行くのはまごうことなき敵の本拠地。下手を打てば全滅するだろう。


 京香は霊幻を見た。


「!」


 顔だけはうるさそうに霊幻が強く頷く。いつもの様な高笑いは封印してあった。


 続いて関口達を見た。関口が小さな彼のキョンシーの肩を叩き、神水を与えている。


 そして、京香は最後にあおいを見た。


 蘇生符と言うアタッチメントを付けた彼女の姿にはとても違和感がある。その奥の瞳には動揺も恐怖も見られず、僅かな緊張だけがあった。


――あおい。


 昔の記憶が、あおいをどうにか危険な場所から遠ざけようとしてきた記憶が掘り起こされた。


 けれど、あおいを止められない。京香にはそれをする資格は無く、それを言える状況でも無い。


 つまり、この場に居る誰もが準備も覚悟も出来ていたのだ。


「良し。行くぞ」


 ジャジャジャ。小川の小石を踏みながら隆一が進み、岩肌へ両手を当てた。


「ふん!」


 そして気合と共に全力で押し込んだ否や、ギギギギギギギと岩が左へ動き出し、真っ暗な通路が現れた。


――RPGみたい。


 岩を押し込んだら現れる隠し通路。何というか、お約束だった。


「中は下り階段に成っている。霊幻、コチョウ、赤外線ディテクターは付いているな?」


「既に起動している。任せておけ。京香、あおい、吾輩に掴まれ」


「コチョウも切り替えは終わってる。いつでも良いぜ」


 隆一の先導の元、京香達は岩の扉の向こうへと足を踏み入れる。


 中は、外から見た通り真っ暗で、京香には全く何も見えなかった。


 掴んだ霊幻の腕の感触と段差を教える言葉、そして、全員の足音だけが京香が近くできる全てだ。


 転ばないようにゆっくりと降り、十分程度。


 視界の先に光が見え、ガヤガヤとした喧騒の音が聞こえ始めた。




 ガヤガヤガヤガヤ。


 ガヤガヤガヤガヤ。


 ガヤガヤガヤガヤ。


 京香の視界に入ったのはおよそ二キロメートルに渡る地下空間。そこには前報通りのキョンシーの町があった。


 何かしらの照明設備は整っているらしい。まず目に映るのは往来するキョンシー達の数だ。キョンシー達は右に左に歩き回っている。いくつかベンチもあり、そこに腰かけ、語り合う個体も居た。


 白い直方体の建物のみが敷き詰められ、建物の上部にはレストラン、喫茶店と言った名称が書いてあったり、B1ー101やB1ー487と言った文字が書かれてある。


――破損したキョンシーが多いわね。


 怪しまれない程度に見渡して京香は気付く。キョンシー達は五体不満足であったり、眼球を失っていたり、無理な改造をしてある個体が多かった。


 往来のキョンシー達は誰も彼もが笑っていたり、そうでなくとも穏やかな顔をしている。額の蘇生符と肌の青白ささえ無ければ、人間だと勘違いしてしまうだろう。


「おお、ソイルにハナビじゃないか。ハナビは久しぶりだな。その後ろのキョンシー達はどうしたんだい? 見ない顔だな?」


 往来のキョンシー達の一体が京香達に気付き、連鎖的に周囲の個体の視線がこちらへと向けれた。


 この町で京香達は偽名を使うことに成っている。


 京香はマグネロ。あおいはハナビ。関口はアゲハ。リュウイチはソイルだ。


 どうやら、今京香達に話しかけたキョンシーは隆一とあおいの知り合いであるらしい。


 ぞろぞろと京香達がキョンシー達に囲まれる。


――まずい、か?


 早速のピンチかもしれない。京香は懐のトレーシーへ意識を向ける。


「久しぶりみんな! 新しい仲間を連れてきたよ!」


「俺の古い職場に居たやつらでな。やっとこの町に辿り着けたんだ」


 あおいと隆一がとても親し気な声を出して、京香達を紹介した。


「マグネロ、霊幻、アゲハ、コチョウ。やっと人間どもから逃げ切れたんだ。仲良くしてやってくれ」


 隆一の言葉にキョンシー達がジリジリと京香達へ距離を詰めた。蘇生符の奥の瞳は見開かれ、まるで空洞の様でもある。


 疑われているのかもしれない。京香は喉の奥からゆっくりと息を漏らす。


 隻腕の女性体キョンシーが京香へと左手を伸ばした。


――動くな、体。


 戦闘か逃走か、どちらかの行動を取ろうとする体を京香は意思の力で押しとどめる。隆一とあおいが自分達に任せろと言ったのだ。下手な行動を取るべきではない。


 そして、その女性体キョンシーの左手が京香の頬に触れた。とても優しい手付きである。悪意も敵意も害意も感じられなかった。


「大変だったわね。分かるわ。ここに居るみんながそうだったんだもの」


 声は明らかな同情に満ちていた。


「固くなってるな。大丈夫だ。ここの皆はお前達の仲間だから」


「ああ、そうだ。安心しろ。ここは平和だ。安全なんだ」


「とりあえず、休むところが必要だな。長旅で疲れただろ?」


 やいのやいの。京香達を囲ったキョンシー達が好き勝手に声を出し、その全てが京香達を労う言葉だった。


――これは?


 その僅かな戸惑いを京香の頬に手を当てていたキョンシー達は敏感に察知したのだろう。


「あ、皆いきなり一気に喋り過ぎよ。みんなの言う通り疲れてるみたいなんだから。まずは酷使された機能を休ませないと」


 そのまま女性体キョンシーが京香の手を握り、「さ、こっちに来て」と引っ張った。


 拒絶は不自然で、する気も京香は起きないでいた。


 かつての記憶、清金邸での日々、そこでの姉と慕うキョンシーのことを思い出してしまったからだ。


 京香の手を引くキョンシーは蘇生符を揺らして歌う様に語り掛ける。


「ここはキョンシー達の夢の町。未来のためのプロトエンバルディア。死者達のワンダーランド。さあ、みんなで一緒に楽しく過ごしましょう」


 踊る様にキョンシーはくるりと周り、京香へ笑顔を向けた。


「コウセン町はあなた達を歓迎するわ」


 それはあまりにも晴れやかで生気に満ちた死者の顔だった。

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