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③ ロングタイムノーシー







 対策局のドライバーが運転するハイエースの中は重苦しい雰囲気に包まれていた。


 ハイエースには運転手を除いて、京香、霊幻、関口、コチョウ、そして、あおいが座っている。


 京香達が向かっているのは今回の派遣場所、山奥にあるというキョンシーだけが暮らす町、正確にはその手前で待っている現地協力者の所である。


――どうしてあおいが?


 向かいの席に座るあおいへ京香は眼を送る。


 三日前、あおいと再会した時、京香は息が止まった。


 ずっと会いたかった相手との数年ぶりの再会。望んでいても叶うはずが無いと思っていた光景に頭が真っ白に成った。


 水瀬曰く、あおいは今回の協力者の一人である。


 聞きたいことも言いたいことも色々あった。


 久しぶり。元気だった? 今何をしているの? 協力者ってどういうこと? 安全な職場なの?


 京香にとって不知火あおいの最後の情報は、大学卒業後シカバネ町を出て行ったということだけだ。以降の足取りは何も知らない。てっきり何処か安全な町で穏やかに暮らしていると思っていた。


――何か言わなきゃ


「今回の潜入の段取り見たけど、本当にキョンシーに変装するの?」


「うん。変装キットの確認はできてる?」


「できてるわ」


「ハハハハハハ! 吾輩の相棒は何度も蘇生符を貼っているからな! 最早ベテランと言って良い! 関口、お前は大丈夫か? 中央に蘇生符があると言うのは想像よりも面倒だぞ?」


「面倒だが、やるしかねえんだろ?」


「その通りだ! なぁにお前ならばすぐに対応できるぞ!」


 ハハハハハハハハ! ハイエースの中で霊幻の笑い声だけが響き、会話は終わってしまった。


 重苦しい空気だ。この場の全員は昔馴染みだと言うのに。


――聞きたいのはこんなことじゃないのに


 事務的な必須の会話ならばできるのに、本当に向けたい言葉は喉の奥に引っ掛かって出てこなかった。


 手持ち無沙汰に成り、京香は今回の装備を確認する。


 テンダーコート、胸元のトレーシー、偽装用蘇生符に、京香専用の戦闘用蘇生符。以上が持ち込める主な装備だ。後は隠し持った携帯食くらいである。


 シャルロットの様な目立つ装備は持てない。潜入任務であり、持てる装備は最低限だ。


「関口、あんたの装備は?」


「エアロボムとフレアボム、それぞれ二十ずつ。後はお前と同じ」


「爆弾の追加は?」


「無理だな。これでやり繰りしてやるよ。基本的にはコチョウでどうにかできるしな」


 ヘヘっと関口が鼻を笑わせ、コチョウの肩を叩いた。


 口に出したら嫌がるが、関口はコチョウをとても信頼している。関口が第四課主任に昇格したのも、彼がコチョウの主人に成ったからだ。


「……あおいはどんな装備を持ってるの?」


「私は、まあ戦うの苦手だし、精々護身用の拳銃くらい? 後はテンダーコート貰ったからそれ着ていくかな」


「そう。ちゃんと着た方が良いわ。そうすれば生存率が上がるから」


「うん、そうするよ」


 再び会話が終了する。


――ちょっとどうしようもないわね。


 無理に会話しようとすれば変なことも言ってしまいそうだ。仕事の前に精神状態をこれ以上崩す訳にはいかない。


 京香はこれ以上の会話は諦めて、ハイエースの窓を見た。


 シカバネ町を出発して既に二時間。見慣れぬ景色が映っている。


「後どれくらいで着くの?」


「大体、一時間くらいかな」


「そう」


 外の景色を見ながら京香は無意識に髪先を弄っていた。


――我ながら真っ白ね。


 染め直す気にも成らない、雪の様に真っ白な髪。


 この髪から色が抜けたのは、幸太郎が死んでしまったあの日から。


 つまり、あおいと最後に会った日からだ。


 京香は外を見つめたまま、指先で白髪を弄ぶ。


 そのままあおいの言う通り凡そ一時間。ハイエースが停車するまで、車内で会話は起こらなかった。




 ハイエースが停まったのは雑木林が生い茂る山道の始まりだった。


 過去に整備されていた跡は見えるが、長い間、人が通っていないのだろう。地面は荒れ、雑草が生えている。


 京香は膝を折り、地面を触った。


 手付かずの自然のままの山。


 枯れた落ち葉の感触に、京香は酷く懐かしい気持ちに成った。


 何故、こんなにも懐かしいと思うのだろうという疑問には直ぐに答えが出た。


――ああ、そうか。母さんたちと暮らしたあの山に似ているんだ。


 清金邸で過ごした人知れない山。ここの空気は京香の始まりの記憶と良く似ているのだ。


「ハハハハハハ! こんな所にキョンシーが潜んでいるとはな! メンテナンスはどうしているのだ!?」


 木に登った霊幻が笑いながら遠くを見ている。あおいに止める様子は無い。ここでは騒いでも大丈夫な様だ。


「おい不知火、現地協力者は何処だ?」


 辺りを見渡した関口が眉をひそめる。


 京香達が到着したというのに周囲には誰も待っていなかった。


「大丈夫関口さん。すぐに来ると思うよ。来る時間は伝えてあったし」


 どうやら待ち時間の様であり、京香は何となく足踏みする


 ザク、ザクザク。踏み締められ砕ける落ち葉の音が心地良い。幼い頃はこうして山で遊んだものだ。


 そうして少しの時間が経ち、ガサガサと木々が揺れる音がした。


 瞬間、京香はほとんど無意識に戦闘態勢を取り、あおいを隠す様に立った。


 ガサガサガサガサ、ガサ。揺れの音が停まる。


 緊張が京香達を包んでいた。


「世界のひずみを」


 突如としてあおいの声が響き、すぐに返事は帰ってきた。


「告発せり」


 京香が聞き覚えのある野太い声だった。


――この声は?


「ん、大丈夫。私の上司だよ」


 ガサガサガサガサガサガサ。あおいの言葉と共に木々の向こうでの動きが再開し、そこからすぐに人間が現れた。


 そこに居たのは太い手足と胴を持つ大男だった。


「ハハハハハハハハ! 久しぶりでは無いか!」


「おう、お前らも元気そうじゃねえか」


 木々の向こうから現れたのは、あおいに続いて京香の昔馴染みだった。


 くるりとあおいが京香の前に出てその男の隣に立つ。


「それじゃあ改めて自己紹介しましょうよ」


「何でだよ、全員顔見知りだろうが」


「そんな事言わずに~。こういう場なんですからちゃんとしておきましょ。ね、ほら、私からやりますから」


 やれやれと男が首を振り、あおいが京香達へ顔を向ける。


「ストレイン探偵事務所、助手の不知火あおいです。今後とも我々をご贔屓に」


「ストレイン探偵事務所、所長、土屋隆一だ。悪いが名刺は無い」


 元第六課のメンバー、土屋 隆一が、昔よりは幾分細くなった手を京香へと差し出した。

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