② 派遣命令
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年が明け、三が日も終わり、霊幻の新しい体の作成が完了した次の日。
京香が訪れたキョンシー犯罪対策局のビル七階の会議室には水瀬が一人で待っていた。
「水瀬部長。清金京香、復帰いたしました」
「ご苦労。謹慎期間は大人しくしていたな? ヨモツ神社に行ったという報告があったが」
「初詣ですよ。それくらい許してください」
「甘酒が旨かったな!」
軽口を叩きながら京香は水瀬の向かいの席に腰かける。
「水瀬部長、私を呼んだ理由を聞かせてもらえるでしょうか?」
正月が終わる頃、謹慎期間が開けたら会議室に来るように水瀬から連絡があったのだ。
「今から話す。後、堅苦しい話し方はしなくて良い」
「あ、そうです? じゃあ、いつも通り話しますね」
京香は前方のプロジェクターに繋がれたノートパソコンを見る。これが呼んだ理由なのだろう。
「第六課が護衛をしていた大角と桃島について何か聞いているか?」
「いいえ。気絶した後のことは何も。水瀬さん、第六課に情報規制していたでしょう? 誰も知らないみたいでしたよ」
「お前の回復を待っていたんだ。とりあえず、この資料を見てくれ」
ポンと渡された数枚のA4用紙の一枚目を見て、京香は「へー」と平坦な声を出した。
「あいつら死んだんだ」
「おお、首切りか!」
恭介達がパーティーをしたというクリスマスイブ、アネモイとセリア・マリエーヌによって対策局ビルの屋上に大角と桃島の首が入ったプレゼントボックスが置かれたとその用紙には書いてあった。
「首切断による即死だそうだ。まあ、これは良い。本題は、ボックスに入っていたレーザーディスクだ」
「……このプロジェクト・エンバルディアって書かれてあるページですか?」
「ああ、今から映像も流す。資料を見ながら聞け」
プロジェクターが起動し、会議室の真っ白な壁へ映像が映し出された。
「……ふざけてますね」
「全くだ! 祈りと言う言葉をこの様に履き違えるとはな!」
映像を見終わり、京香は眉を顰め、霊幻は憤慨した。
この映像が取られた場所はどうやら甲板の様で、そこにもじゃもじゃヒゲの白髪の老人、高原 一彦が立っている。
彼は数人と数体のキョンシーに囲まれていて、その中にはカケル、セリアとアネモイ、そして、クロガネとシロガネも居た。
映像の中で高原は語る。
キョンシー犯罪対策局への宣戦布告を。
人類をキョンシーに進化させる計画を。
死者の為の新世界を創り出す夢を。
語り出されたそれらに京香は憤りを覚えていた。
――クロガネ。
映し出された喪服姿のキョンシーが京香の視界に強く残る。このふざけた計画にクロガネも賛同しているのだろう。
「お前が寝ている間の会議で、この敵組織の仮称をエンバルディアに決定した。正式名称はまだ分かっていないからな。清金、こいつらは何だと思う? 人類をキョンシーへ進化させるとはどういう意味だ?」
水瀬の問いに京香はしばし思考する。
人類をキョンシーへ進化させる。その言葉の真意は一体何なのか。
「……単純に全ての人間をキョンシーにする?」
「そんなことが可能だと思うのか?」
疑問符に疑問符で帰され、京香は閉口した。水瀬の言う通りである。
「ハハハハハハハ! 確かにそれは不可能だ! 現存する生者数十億人分の蘇生符など何処にも無い! 実質的に不可能だ!」
「では何だ? どの様な意図であれば、この様な言葉を出力する?」
ジロリと水瀬の瞳が京香を視た。
再び京香は思考し、頭を軽く叩きながら言葉を絞り出した。
「考えられる可能性は二つ。一つは本当に今居る人類を全てキョンシーにするということ。もう一つは、今居る人類とキョンシーの位置を入れ替えることですかね」
「ああ、お前が寝ている間に行った主任会議でも同様の答えが出た。おそらくだが、このプロジェクト・エンバルディアとやらは、キョンシーのための国なり、世界なりを作ろうという計画なのだろう」
フーッと京香は頭を掻いた。
あまりにふざけた主張である。
少なくとも人類の観測範囲において、人類という種は地球の生態系の頂点である。長い営みの果て様々な技術を発展させてきた。それ故に、現在の様な生活が出来ているのだ。
このエンバルディアと言う組織は、この人類が築き上げた全てをそのまま次の種としてのキョンシーへ明け渡せと言っているのだ。
「既にこの映像は各国に送ってある。真面目に取り合う国は少なかったがな」
困った様に水瀬は眉根を揉んだ。ハカモリは世界に名を轟かせているが、それは悪名である。国がおいそれと動いてくれる物ではない。
「敵は本気でしょうね」
京香には分かる。敵は狂気に落ちていて、プロジェクト・エンバルディア実現のためならばどんな犠牲も厭わないだろう
「幸い、と言って良いのかは分からんが、アネモイファーストが奪われたのは幸いだった。多少、警戒を強める様子があったからな。だが、それだけだ。ほとんどの国で本腰を入れようとはしていない」
「ハハハハハハ! 責められないぞ! 実績の無いテロ組織を警戒するのは難しいからな!」
対岸の火事ですら無い燻りに注意する人間はこの世に居ない。
「だが、俺達はこいつらのテロを止めなければならない」
「その通りだ! そのためのキョンシー犯罪対策局だからな!」
キョンシー犯罪対策局の理念は全てのキョンシーに関わる犯罪をこの世から消滅である。ならば、プロジェクト・エンバルディアを止めねばならない。
「アタシは何をすれば良いですか?」
そして、京香もそれに賛成だった。何があっても、何をしてもエンバルディアを撲滅しなければならない。それはハカモリの第六課主任としてでもあり、清金カナエの娘としてでもあった。
京香の言葉に水瀬は眼を細めて、居ずまいを正した。
「清金京香二級捜査官、お前にはとある場所へ行ってもらう。場所はここから南西に百キロメートルの山奥。そこにキョンシーだけが暮らす町があると言う情報を受けた。潜伏、調査し、必要ならば全てのキョンシーを破壊しろ」
「分かりました」
破壊して良い。つまり、戦って良いという命令。
前回の護衛と比べれば遥かに自分に向いた任務に、京香は僅かに安堵した。
コンコンコン。
その時、会議室のドアがノックされた。
「詳細は今から来る協力者から聞け。丁度来た様だ」
水瀬が「入ってくれ」と声を出すと、ドアノブが回され、会議室の扉が開かれた。
「え」
京香は思わず、声を漏らした。ここに居るはずが無いと思っていた人物が居たからだ。
「久しぶり、京香」
そこに居たのは青き思い出の中のかつての親友、不知火 あおいだった。




