① あけましておめでとう
「あけましておめでとう。初詣に行くわよ」
一月一日の午前零時。セセラギ荘202号室にて京香はテレビを消して立ち上がった。
「ほう。こんな時間にか?」
「こんな時間だからよ。朝を待ってたらヨモツ神社が混んじゃうもの。それにこの頭は目立つしね」
京香は真っ白な自身の髪を指しながらクローゼットに向かう。
ドーン、ドーン、ドーン。
外からは花火の音が響いている。
シカバネ町で夜に出歩く人間は居ない。それは元旦でも同様だ。花火は単純に新年を告げるためだけの物である。町民達はこの音を聞いたら眠りにつき、朝起きたら初詣に行くのが通例だった。
昔は京香もその例に漏れなかった。先輩、上森幸太郎に連れられ、親友と共におみくじを引きに行った物である。
――シャルロットも持っておこう。
テンダーコートを着こみ、シャルロットを持って京香は霊幻を見た。
「アンタの準備は?」
「万全だ。いささかの不具合も無い」
「スペアボディで良く言うわ」
立ち上がった霊幻の体は〝細く〟成っていた。
縦のサイズだけで見れば変わらずの大男。だが、その腕や足、胴体に見られた隆々さは見る影も無く、一般的な人間のサイズとほぼ同等である。
霊幻の体は先日の戦いで首から下が完全に破壊された。目下、新しい体を作成中である。今は骨組みへ最低限の肉付けをしているに過ぎなかった。
「さて、吾輩のマントは……」
「今のアンタの体格には合わないでしょ。止めときなさい」
「だがあれは吾輩のトレードマークだ。戦いにも使える」
「その体で前みたいには動けないでしょ。下手に装備を増やしても使い切れないわ。今着てるスーツだけにしときなさい」
「その通りだ、ぐうの音も出ない!」
ハハハハハハ! 笑い声を聞きながら京香は外に出る。
ヒュウ、と冷たい風が吹いていた。
「……さむ」
「零℃と言ったところか」
「マジで? そんなに寒いの?」
「今年は寒冬らしいからな。その影響だろう」
クリスマスの朝、人恵会病院を退院してからずっと部屋の中に居たからだろうか、外気の寒さが見に染みる。
カン、カン、カン。京香と霊幻は外付け階段を下る。
――足音はやっぱり似てるのね。
背後から聞こえてくる足音はかつて聞いた幸太郎の物ととても良く似ていた。
胸から上がって来る寂しさに気付かないフリをして京香は駐車場に止めたサイドカー付きピンクのバイク、イダテン三号に跨った。
「ハハハハハハ! この体のサイズだと乗り易いな!」
「そこは良かったかもね」
慣れた調子で霊幻がサイドカーに乗り込む。
京香はヘルメットと手袋を装着し、「ん、持ってて」とシャルロットを霊幻に渡した。
「安全運転で頼むぞ京香!」
「はいはい、左右前後ちゃんと確認しなきゃね」
ブオンとアクセルを噴かし、京香はセセラギ荘の敷地から出て、慣れた調子で大通りに出て、イダテン三号を加速させた。
風切り音だけが響いて、それ以外の音はほとんど無い。
冷たい風が打ち付けて、耳と鼻の先がツンと痛く成った。
「……静かね」
「そうだな」
まるで世界に自分と霊幻しか居ないかのような錯覚を京香は覚えた。
――それならそれで良いかもね。
口には出さない、出すべきではない冗談を鼻で笑う。
こんな時、幸太郎ならば何と自分に言うだろう?
――どうだろ? 何も言わないかな。
幸太郎がどんなことを言って来るのか、幾つもの想像がすぐに出てきて、その全てが間違っている様な気もした。
キィー。目的地に着き、イダテン三号をゆっくりと京香は止めた。
「ここは変わんないわねぇ」
京香と霊幻が到着したのはシカバネ町北区、歓楽街の外れにある、シカバネ町たった一つの神社、ヨモツ神社である。
「おお、京香、見てみろ! もう屋台が並んでいるではないか!」
「良いじゃん。帰りに何か買って帰ろうかしら」
霊幻が指差した先には、甘酒や焼きそば、射的やおみくじと言った各種屋台が参道脇に並んでいる。
それぞれの湯気が立っているが人の気配はない。この時期によく見られるAI屋台だ。
活気は無いのにソースや綿菓子などの香りだけはする。何とも奇妙な空間だった。
「まあ、とにかく初詣よ初詣。さ、お賽銭上げに行きましょ」
「了解だ! まずはここに来た目的を果たさなければな!」
ヘルメットをイダテン三号のサイドカーに置き、京香は左手にシャルロットを持ってヨモツ神社の参道を進んだ。
屋台に眼を奪われながら霊幻と並んで京香はゆっくりと歩く。
ヨモツ神社はシカバネ町唯一の神社ということもあり敷地が広い。それゆえか、京香と霊幻が賽銭箱の前に辿り着くのに五分も掛かってしまった。
「はい」
「おう」
チャリンチャリン。
京香と霊幻は同時に五円玉を賽銭箱に投げ、そして、手を合わせた。
眼を閉じて京香は祈る。何を? と聞かれたら具体的には決まっていない。
けれど、幸太郎はこういう時、自分がしたいこと、自分が願うことをちゃんと言葉にして祈ることが大事だと言っていた。
――やりたいこと、願うこと、ね。
祈り。幸太郎との思い出はこの言葉で満ちている。
京香は薄目を開けて隣の霊幻を見上げる。彼はムムムと眉に力を込めて何やらを祈っていた。
フフッ。京香は小さく笑った。結局やりたいことも、望むこともシンプルで変わらないのだ。
――ちゃんとした撲滅ができますように。
参拝が終わった直後、背後から足音が聞こえ、京香と霊幻は背後へと振り返った。
「あ、恭介じゃん。あけおめ。どうしたのこんな時間に?」
そこに居たのは清金京香唯一の後輩、木下恭介とそのキョンシー、ホムラとココミだった。
「あけましておめでとうございます。ホムラとココミが新年一番に屋台に行きたいってゴネちゃいまして。清金先輩は何でこんな場所に?」
「アタシは初詣よ。朝は混んじゃうからね」
「清金先輩は謹慎中ですよね? 外に出て良いんですか?」
「大丈夫よ。どうせ監視が付いて来てるだろうし」
京香は先の戦いでの暴走の責任から年明けまで謹慎処分を言い渡されている。
「水瀬部長が知ったら怒りそうですね」
「大丈夫大丈夫」
根拠も無く京香は笑い、恭介が軽く肩を竦めた。
「ねえ、見てココミ。屋台があるわ。明るいわね。煩わしい人間達もほとんど居なくて良いわね。何か食べたい物とかやりたい物ある? 遠慮しないでお金ならいっぱいあるから」
「……」
恭介のすぐ後ろでホムラとココミが抱き合いながら屋台を見ている。今にも屋台へと突撃してしまいそうだ。
「初詣してからだって言っただろ? あと、金を出すのは僕だからな? それは何があっても忘れるなよ」
「それじゃあさっさとお賽銭を渡しなさい。わたしとココミ、それぞれに五万円ずつで良いわ」
「やかましいよ。ほら、五円玉」
恭介が投げた五円玉二枚をホムラは見もせずにキャッチする。
そんな彼らの様子に京香はフフッと笑った。
恭介はホムラとココミととても上手くやっている様だ。でなければ、この様な会話が出来る筈が無い。
「と、邪魔したわね。アタシ達は軽く屋台を回ってから帰るから、恭介達も好きに過ごしてね」
「あ、はい。それじゃあ、清金先輩、謹慎明けに会いましょう」
「ん、またね」
恭介に背を向けて京香と霊幻は参道の屋台へと向かって行く。
何を買おうかと考えながら、京香は大切なことを言い忘れていたと思い出して隣の霊幻を見上げた。
「霊幻」
「何だ?」
「今年もよろしく」
「ああ、今年もよろしくだ」




