③ 誓いをアナタヘ
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京香は夢を見た。大切との日々の始まりの夢だ。
「初めましてだ京香!」
吐息の届く距離で大きく笑ったキョンシーの姿を京香は凝視する。
そこにあった顔は確かにあの人の、上森幸太郎の物である。だが、そこに浮かんだ笑顔は決してあの人の物では無かった。
――これが、キョンシー、なのね。
生者と死者が、人間とキョンシーが全くの別物であることを、京香は初めて理解した。
幸太郎が死んで、キョンシーに成ると聞かされた時、京香は僅かに期待した。
もしかしたら、キョンシーの姿だとしても幸太郎が蘇るかもしれない。
そうしたら、また一緒に過ごせるかもしれない。
幽霊でも、幻影でも、何でも良かった。
また、幸太郎に会えるのなら。
また、幸太郎と過ごせるのなら。
京香には何でも良かったのだ。
けれど、その幻想はいとも簡単に打ち砕かれた。
泣いてしまいたかった。叫んでしまいたかった。
「うん、初めまして霊幻」
それでも京香は笑った。幸太郎がそう教えてくれたから。
幸太郎の最後の言葉を思い出す。
『好きなように生きろ』
あの人はこんな自分にそう言ってくれたのだ。
祈りだ。あの人がずっと大事にしていた言葉だ。
ならば、それを果さねば。
誓うべき相手はここに居る。
「霊幻」
「何だ?」
「誓うわ」
「何をだ?」
悲しみと悔しさで震えそうなまま京香は笑う。
「アタシは第六課の主任に成る。それで、祈りを壊す全てを、祈りを穢す全部を、アタシを邪魔する何もかもを撲滅するの」
「素晴らしい! ああ、素晴らしいぞ京香! 吾輩と共に撲滅をして行こうでは無いか!」
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
狂笑が響く。
まるで、清金京香の誓いを祝福している様だった。
*
「んぅ」
気怠い頭の重さで京香は呻く様に目を覚ました。
ぼやけた視界、まばたきを繰り返してはっきりとクリアな物にする。
――……何が?
覚醒したばかりの思考。京香は上下左右に首を振り、自分の右直ぐ近くで人影を見つけた。
「せん、ぱい?」
京香は見間違える。
いつも瞼の裏に貼り付いた、憎らしい人。
その人がこちらを見ていると京香は誤認してしまう。
それはある意味でしょうがないことだ。目の前に居たキョンシーの姿は夢にいつもいるその人と酷似しているのだから。
当たり前に、自然に、そこに居たのは霊幻だった。
――ああ……。
見間違いに気付き、京香が真っ先に感じたのは安堵。まだ自分は先輩を、上森幸太郎を、自分の罪を忘れていないという後ろ暗い証左だった。
続いて京香が感じたのは安心感。霊幻が近くに居る。ただそれだけで京香は自分の精神が安定する事を知っていた。
「おはよう京香。良い目覚めか?」
霊幻は骨組みの上半身だけで椅子に座らされていた。
――何で?
「そう見えるならアンタの視覚回路を調整に出さないとね」
どうして自分の大切なキョンシーがこの様な姿に成っているのか。未だ血が巡らない頭で京香は思い出しながら、いつもの様な軽口を霊幻へと叩いた。
「……何が?」
「お前が暴走したのだ。覚えていないのか?」
霊幻の言葉に連動する様に京香は思い出して行く。
そうだ、あの時、霊幻が壊れて行く姿を見たあの時、目の前が銀色に染まったのだ。
「また、やっちゃったんだ」
暴走した時の記憶をほとんど覚えてはいない。脳が茹った様な感覚を覚えているだけだ。
「……被害は? 誰も怪我していない?」
「ああ、大丈夫だ。ハカモリのキョンシーが何体か粉微塵に成ったくらいだ。暴走したお前を恭介が速やかに締め落としたからな」
「へー、後でお礼を言わないと」
起き上がろうと京香はして、「まだ横に成っていろ」と霊幻に言われて止めた。
動いた前髪が視界を過り、京香は自分の髪から色が抜けてしまったことを思い出した。
白くなってしまった髪を見つめた後、枕と布団へ体重を預けたまま京香は霊幻へ問う。
「アタシは何日くらい寝ていたの?」
「今日はクリスマスだ。先程まで吾輩達はパーティーをしていたぞ」
「ええー、アタシも参加したかったのに」
「起きないお前が悪いのだ」
ハハハハハハハハハハハハ。ぶー垂れる京香へ霊幻が笑う。
聞き慣れた笑い声は心地良い。
「七面鳥はどうだった? みんな喜んでた?」
「マイケルが爆食いしていたぞ。恭介も食べていた。意外な事にホムラもそれなりに摘まんでいた。吾輩はこんなざまだから食べられなかったがな」
「良かった。やっぱりパーティーには肉よね」
自分が参加できなかったパーティーの様子を京香は想像する。
あの第六課のオフィスで全員が集まってドンチャン騒ぎ。
恭介はホムラとココミに振り回され、ヤマダは端っこでセバスと菓子を食べ、マイケルは肉やらポテトやらを爆食いし、霊幻が笑う。
京香がずっと見ていたいと思える光景だ。
「……」
沈黙が京香と霊幻の間で降りた。示し合わせたわけでは無い。
何となくの予感があった。このキョンシーは何かを自分へ話そうとしている。
それはきっと自分の聞きたくない事柄で、聞かなければならない事実なのだ。
ジッと京香は霊幻の眼を見た。
「何か、話すことがあるんでしょう?」
「流石、吾輩の相棒だ。良く分かっているではないか」
「そうよ、アンタの相棒だもの」
やれやれと瞬きをして、京香は覚悟を決めて、霊幻を見た。
「話して」
短い命令文。強制力は決して強くない。
従って欲しくない。何も聞きたくない。けれど、京香のキョンシーは、一番大切な霊幻はこの命令に従ってしまうのだ。
そして、穏やかに何でも無い様に霊幻が口を開いた。
「吾輩の脳に限界が来た。遠からず壊れるぞ」
「――」
京香は息が止まった。
止まって止まって色んな感情が脳を渦巻いて、
それらを全部吐き出す様に長く長く息を吐いた。
真っ直ぐに霊幻を見る。笑みを貼り付かせたこのキョンシーは京香にとって世界で一番大切だった。
「そっか」
大切との日々の終わりが始まる。
いつか来ると、分かっていた。
第四部完結です。
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