② 思考する愚者
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「京香はもう起きたかな?」
「どうでしょうね」
人恵会病院、六階のレストスペースのソファで恭介は不知火あおいと座っていた。
少し離れた場所でホムラとココミがスマートフォンでアニメ映画を見ている。
霊幻をここまで運び、恭介はとても疲れていた。何と言っても徹夜明けである。アルコールを飲んだ体は休息を訴えていた。
ふーっとしょぼくれた目元を揉みながら恭介は天井を仰ぐ。ふとすれば眠ってしまいそうだった。
横目で恭介はあおいを見る。彼女の視線はジッと606号室、京香が寝かされた病室へ向けられていた。
「清金先輩が心配ですか?」
「うん。親友〝だった〟んだもん。心配で、心配で、堪らないよ」
「〝だった〟を強調しなくて良いと思いますけどね」
酔っていて、かつ眠い頭で恭介はあおいへ普段は言わない軽口を叩く。
だが、あおいは首を左右に振った。
「私にはそんな資格無いからね。京香と親友には戻れないよ」
寂しそうな笑みに恭介は踏み込む理由を持っていなかった。
言葉を止め、恭介も606号室を見る。あの部屋で霊幻は今も京香を視ているのだろうか。
霊幻を606号室に置いて、恭介達は誰が言うでもなく部屋を出た。
そして、きっとその判断は正しい。確信が恭介にはあった。
「もしも、コウ兄とお姉ちゃん、どっちも生きていたら――」
「――その想像に意味はありませんよ」
あおいの言葉を恭介は遮った。
変わりようの無い今が別の物だったらと空想するのはとても虚しい。
それが悲劇に関係しているのなら猶更だ。
恭介はチラリと603号室を見る。そこでは恭介のたった一人守るべき妹、優花が寝かされている。
脳再生処置は一定の成果を上げている。だが、常人の様に意識を取り戻せる兆しは露として無かった。
何度も恭介は空想した。もしも、両親が健在で、優花が無残な姿に成って居なかったら、どの様な現在が広がっていただろう。
その空想の後、恭介はいつも堪らなく虚しくなる。
「……言う通り、だね」
あおいはハーッと息を吐いた。
素面ならば気まずいのだろうが、酔っていて眠気が凄まじい恭介にはそんな余裕は無かった。
頭の後ろに浮遊感があり、今すぐ横に成ってしまいたい。色々なことがあり過ぎて疲れていた。
「ねえ、木下くん。君は霊幻の頼みを聞いてあげる?」
あおいが恭介へと質問する。霊幻が口にした頼み事、清金京香を支えて欲しいという願い事を恭介がどうするのか、答えが欲しいのだ。
期待されている答えは分かっている。誰もが恭介にYESと首を縦に振って欲しいのだ。
――一体何が正しい?
恭介は頭の隅でずっとそれを考えていた。自分がする選択の何が正しい行動なのか。
答えは未だに出ないでいる。
「……さっきも言った通り、やるべきことをやるだけです」
故に恭介の答えは曖昧だ。
正しいという行為への執着を恭介は捨てられない。それが愚かな行為だとも分かっている。
あおいが恭介を見た。
「私からもお願いするのは、酷いかな?」
「傲慢ではあるでしょうね」
「そうだね」
ハハ。恭介は疲れた様に、あおいは自嘲するように笑った。
二人の視線が606号室へ向けられる。
恭介は清金の目覚めを確認してからあおいをホテルへ連れて行く手筈に成っている。
――起きない方が幸せかもしれない。
目覚めた清金が知ってしまう事実を思って、恭介は悲しくなり、それを誤魔化す様に眼鏡を整えた。




