笑顔で託そう、祈りの言葉を
「この清金京香の暴走後、上森幸太郎の死亡が確認された。同捜査官の素体はマイケル・クロムウェルによってキョンシー(注:個体名、霊幻)に加工された」
報告書の最後の一文を恭介は読み終えた。
長い報告書で、確かに上森幸太郎が霊幻に成るまでの話だった。
「本当は幸太郎だけで作ってやりたかったんだけど、脳と体の損傷が酷くてなぁ。届けられたライデンの素体も使ったんだ。いやぁ、あの時の手術は我ながら神懸かってたな」
マイケルが誇らしく腹を叩く。
「ライデン? 複数の脳を使ったんですか?」
「珍しいけど無いわけじゃないんだぜ? そもそも俺の元々の専門は複合素体からのキョンシー作成だしな」
霊幻を作った時の手術を思い出したのか、マイケルがしんみりと最後に残ったピザを摘まんだ。
「この後はどうなったんですか?」
「大きくは変わりませんでしたヨ。リュウイチがシカバネ町を出て行ったくらいでしょうカ」
それは大きな変化だろう。恭介はそう思ったが、口には出さなかった。
「あ、ビール無くなったね」
あおいに言われて恭介は気付いた。全ての瓶が空に成っている。
恭介のコップに残った一口分が最後だった。
「キョウスケ、飲んでしまいなサイ」
「了解です」
ヤマダに促され、その一口を恭介は煽る。
苦く、温く、重い液体が喉を通った。
「もう、朝ですね」
長い、長い一夜が明けた。フゥッと恭介は苦笑する。
その時、狂笑が響き渡った!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
音の主は恭介の目の前に置かれた骨組みだけの上半身を持った霊幻だ。
恭介の視界に報告書の中で見た上森幸太郎の姿がこのキョンシーへと被る。
「良くぞ付き合ってくれた恭介よ。吾輩が産まれた話はどうであった?」
蘇生符の奥、狂気に染まった瞳が恭介を見る。
――ああ、人間じゃないんだなぁ。
キョンシーと人間、この二つが明確に違うことを恭介は分かってきていた。
「清金先輩を可哀想だと思いましたよ。侮辱に成るかもしれませんが」
清金にとって上森幸太郎が何だったのか、仮説はある。それはきっと的外れな物では無いだろう。
「……そうか。お前はそう感じたのか」
霊幻の声は普段と違って静かだった。
不自然な沈黙が流れる。
――期待されてるな。
恭介はふと理解した。霊幻――もしかしたらヤマダとマイケルも――が自分に対して何かを期待している。
そして、それはこの報告書をわざわざ読ませた事と無関係ではあるまい。
恭介は一度目を閉じて考える。
清金と第六課に何があったのかを知った。知ってしまえば後戻りが出来ないと分かっていてだ。
知る、という行為の不可逆性が恭介は嫌いだった。これのせいで自分の人生は何度幸せから遠ざかっただろう。
――これも性分、か。
知ってしまったのなら、行動を選ばなければならない。そして、それは〝正しい〟物でなければならない。
「……何故、この報告書を僕に読ませたんですか?」
正に、正に恭介に期待されていた言葉はこれだったのだろう。
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
霊幻が狂喜を露わにする。
「やはりお前は素晴らしい! その在り方は正しく生者の物だ!」
ああ、と恭介は確信する。
「何を頼む気?」
託そうとこのキョンシーはしているのだ。
死者から生者へ。成る程、それはとても正しい行為だ。
「そうだ、吾輩はお前に祈りを託そうとしている。この場で謝罪しよう。すまない恭介」
狂笑は崩れない。それが霊幻なのだ。
「……聞くだけはする。言ってみろ」
数拍の間、恭介は霊幻の言葉を待った。
そして、霊幻はとてもあっさりとその祈りを口にした。
「恭介、お前には京香を支えて欲しいのだ」




