① 決壊
「キョウカ!」
増援と共にヤマダとセバスチャン、そして隆一、アレックス、トオルが到着した時、全てが終わっていた。
そこには戦闘の痕跡だけが残されていた。
頭を破壊されたライデン。
煙を出しながら倒れたアカズキン。
そして、幸太郎を抱いて何かを叫んでいる京香。
――あれは……。
幸太郎を抱える京香の両手は闇夜の中でも分かる程真っ赤に染まり、その色はどんどん濃くなっていく。
「先輩、ねえ! 先輩、起きて! ねえ、先輩! 先輩! 先輩!」
京香が叫んでいる。だと言うのにあの幸太郎はグッタリとしたままだった。
異様な光景に誰もが固まった。ハカモリに居るのなら誰もが見たことのある光景だろう。けれど、この場の誰もが頭の何処かで〝上森幸太郎には無縁の光景だろう〟と思っていたのだ。
「救護班! 急ぎなサイ!」
気付いたらヤマダは声を荒げていた。
弾かれた様に第三課の救護班が京香と幸太郎の元へ向かう。
「助けてお願い早く!」
京香が救護班に叫び、救護班がすぐさま幸太郎を診た。
瞬間、ヤマダは覚悟した。予測できる自らの頭脳を珍しく疎ましいと思った。
救護班の行動はとても短い。膝を折り、幸太郎を診て……それだけだった。
その意味は一つしかない。
「……手遅れです」
「」
京香の息を呑む音がヤマダにまで届いた。
手遅れ、そう手遅れなのだ。救護班でなくても一目で分かってしまう。その体を抱いていた京香が一番良く分かっていたはずだ。
京香はきっと信じたくなかったのだ。彼女をずっと守ってきた支えてきた幸太郎が死んでしまうなんて、そんな未来を考えたくも無かったのだろう。
息を呑んだまま京香の視線は救護班から彼女が抱える幸太郎へと戻る。
幸太郎の体からはどんどん熱が抜けているのだろう。血は流れ続け、生命が終わろうとしている。
「リュウイチ、行きまショウ」
「ああ」
このまま京香一人で幸太郎を看取らせてはならない。人の感情に疎いヤマダでも自明なことだった。
もちろん、幸太郎に対してもヤマダは愛着を持っていた。セバスチャンを除けば最も信頼する男性と言っても良い。けれど、ヤマダは頭のどこかで上森幸太郎は自分よりも先に死ぬのだろうと予想していたのだ。
故に、幸太郎が死ぬ姿を見た時、ヤマダは真っ先に京香のことを考えた。
京香への愛着がヤマダにらしくも無い選択をさせる。
ヤマダは京香のすぐ隣に立ち、出来る限り優しく声を出した。
「キョウカ、コウタロウを寝かせてあげまショウ。その体勢では辛いでしょうかラ」
「」
「……キョウカ?」
ヤマダは異常に気付いた。項垂れ、コウタロウを見つめる京香からは一切の生気が失われていた。
それはまるでキョンシーの様に。
不吉な予感がヤマダの脳で警鐘を鳴らす。
意識してのことでは無い。ヤマダは小物カバンからラプラスの瞳を取り出して装着した。
瞬時に視界は零と一の世界に変わり、ヤマダは京香を視る。
そして、気付いた瞬間、周囲へと叫んだ。
「全員この場から離れなサイ!」
ヤマダが観測したのは京香の周囲に漂うPSI力場。
いつもの様な安定さは微塵もなく、その力場は決壊寸前の臨界状態を迎えていた。
ラプラスの瞳から推定されたそのPSI推定出力はA。
何かの間違いにしか見れない馬鹿げた出力。けれど、観測された事実に変化はない。これはつまり、今この場でこの場に居る全員が死んでもおかしくないということだ。
「アレックス! 救護班を掴め!」
「ラジャーだ!」
隆一の命令にアレックスが救護班を抱えて走り出す。既にヤマダはセバスチャンに抱えられ全力で京香から離れていた。
「おい何が起きた!?」
応援に来ていた関口の声が走り去るヤマダへ届く。
「死にたくなければ早く逃げなサイ!」
ヤマダの警告はギリギリで間に合った。
応援に来たはずの全員がその場から撤退を開始する。
その直後、ヤマダは背後から京香の叫び声を聞いた。
「あ、ああ、あああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




