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⑤ 第六課主任







 ダッ!


 先に仕掛けたのは幸太郎だった。


 右足に力を込めてジグザグにハッカイへと突進する。


 自分よりも遥かに大きく、身体能力も高いキョンシー相手への突撃。特攻にしか見えない蛮勇だった。


「ハッカイ、燃やせ!」


「ぶおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 豚の口から炎が吐かれ、幸太郎の全身を焼いた。


「ハハハハハ! 意味ねえ意味ねえ意味ねえよ!」


 炎には質量が無い。そんな物では幸太郎の足は止まらない。


 バンバンバン!


 幸太郎は左手の拳銃を背後のゴジョウやカーレンに向けて連射する。当たるとは期待してない。人間の動きを止められればそれで良い。


「ちっ!」


 アカズキンの後ろにカーレンとゴジョウは隠れている。これでは幸太郎を狙った射撃は難しいだろう。


「アカズキン! 撃て!」


 いつの間にかカーレンはダイヤル付きのゴーグルを装着し、アカズキンへ指示を出していた。


 バァンカァンカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!


 アカズキンの腹を突き破った銃口からライフル弾が放たれ、地面、倉庫、コンテナのあらゆる場所を跳弾した。


 人の眼では視認できない速度。反応できるはずが無い。


――後ろか!


 直感に幸太郎は従い、それはやはり正解だった!


 跳ねる様に首を傾けた直後、頭部があった場所を後ろから銃弾が通過する。


「訳が分からないね! お前は本当に人間なのかいっ?」


「ああそうさ!」


 カッカッカ! カーレンが笑い、幸太郎の進撃は止まらない。


「喰らえ!」


 パシュ!


 京香が放った電極が幸太郎の頭左を通過する。


「弾け!」


 ゴジョウの命令にハッカイがトレーシーの電極を弾き、その場から動いた。


 テーザー銃であるトレーシーの扱いは難しい。電極をキョンシー相手に刺す必要があり、角度が少しでもズレれば弾かれてしまう。


 持ったばかりの京香ではトレーシーを使いこなすのは困難だった。


「京香、狙うなら腹だ!」


「ッ! 分かった!」


 グルグルグルグル! トレーシーのワイヤーが巻き取られる。


 その間に幸太郎がハッカイの目の前にまで到着した。


「ラァ!」


 スタンナックルを装備した右の拳がハッカイの腹へと叩きこまれた。


 ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!


 衝撃がそのまま電撃へと変換される!


 しかし、ハッカイの蘇生符はショートしない。幸太郎の電撃は全てハッカイの脚元地面へと流されている。


「誘雷針か!」


 キョンシーへの電撃を足元へと流すアタッチメントパーツ。電撃対策は積んできたらしい。


「ブモオオオオオオオオオオオオオオ!」


 ハッカイがそのブヨブヨとした巨腕を幸太郎へ伸ばす。掴まれてはならない。キョンシーの膂力に人間では勝てないからだ。


「先輩!」


 京香が声を上げる。幸太郎はギリギリでバックステップを踏んだ。


 ボキィ! ハッカイの指が幸太郎の右手を掠めた。それだけで小指が骨折する。


 ブシュブシュと左足から血が溢れ出した。傷が完全に開いたらしい。


 数度のステップを踏んで幸太郎は京香のすぐ前にまで戻る。


――倒すには頭を狙う必要があるか。


 幸太郎はハッカイの頭部を見る。二メートルを超えた高さにあるそれを狙う打つのは至難の技だった。


「ん、んん? これはおかしいね?」


 カーレンが怪訝な声を出して、幸太郎を、その後ろに居る京香を見た。


「ねえ、清金京香、何であんたはPSIを使わないんだい?」


――バレたか。


「今、あんた達はピンチだろう? PSIを使わない理由が思いつかないね」


 カツカツカツ。カーレンの赤い義足が地面を鳴らす。


「ああ、分かった。今のあんたはPSIを使えないんだろう? 理由は分からないがね」


――マズいな。


「なら、こっちがやることは決まってるねぇ」


 ピリッ。カーレン達の雰囲気が変わった。


 後方で援護に徹していた筈のアカズキンが一歩二歩三歩と前に出る。


 敵は勝負を賭けに来たのだ。


――逃げろ。


「京香、援護しろ」


 告げたい言葉と出てきた言葉は真逆だった。今この場で京香を生き残らせるには背中を預けるしかないのだ。


 息を吐く。一手のミスも許されない。ミスをしなくても死でしかない。


「行くぞ!」


 ダッ! 幸太郎は突撃する。後手に回れば磨り潰される。


 敵の反応も同時だった。


「アカズキン、乱射!」


 ジャキンジャキンジャキンジャキン!


 アカズキンの腹から大小幾つもの銃口が飛び出し、そのまま火を噴いた。


 ババババババババババババババババババババババババババババン!


 カンカンカンカンカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカン!


 跳弾の雨が辺りを埋め尽くす。


 全てを避けるのは不可能だ。幸太郎は自分の体を取捨選択する。


――守るべきは頭と足と腕! 後は全部どうでも良い!


 いくつもの弾丸が幸太郎の体を襲い、テンダースーツ越しに衝撃を与えた。


 ボキボキボキボキ! 胸と腹を中心に骨が折れ、内臓が破裂する音がした。


 いっそ小気味が良い。大怪我のバーゲンセールだ。


「先輩!」


「豚を狙え!」


 悲鳴の様な声を上げる京香へ幸太郎は命令する。敵の目的は京香だ。最悪死んでも良いのだろうが、脳へのダメージは許されない。故に、弾丸はあちらへは行かなかった。


 弾丸の雨の中、幸太郎は駆ける。体は意思の力だけで動き、故にその速度は変わらない。


「カッカッカ! 死ぬのが怖くないのかい? 気持ち悪いねえ!」


「怖いさとってもな!」


「ハッカイ! こいつを燃やし尽くせ!」


 スウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!ウウウウウウウウウウウウウウウ!


 ハッカイの腹が大きく膨らんだ。PSIを発動するつもりなのだ!


 その開け放たれた大口へ幸太郎は左手の銃口を向けた。


「お前のタネはもう分かったんだよ!」


 バンバンバン!


 跳弾の中。幸太郎の弾丸がハッカイの口へと吸い込まれた。


 直後、ハッカイの口が爆発する!


「なに!?」


 腹を殴った時の感触から幸太郎はハッカイの腹に大量の液体が貯まっている事を見抜いていた。


 何故、キョンシーの腹に液体があるのか? その答えを幸太郎は直感で辿り着く。


 ハッカイの腹には大量の油が貯まっているのだ。


 元々のハッカイのパイロキネシスの出力はそこまで高い物では無いのだろう。油を噴き出し、それに着火する事で高出力だと錯覚させているだけに過ぎない。


 ならば、油を噴き出す直前に喉へ異物を叩きこめば、行き場を無くした炎は爆発する!


「ハッカイ抑え込め!」


「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 口元が爆発した豚の顔を晒し、ハッカイが幸太郎へと突撃する。その体を幾数ものアカズキンの跳弾が撃ち抜きながら、巨腕を幸太郎へと伸ばした。


 先程の様にバックステップでは避けられない。致命傷となる跳弾を避けるのに幸太郎の進路は限定されている。


 ガシィ! 幸太郎の肩がハッカイに掴まれた。ミシミシと肩が軋む。


 対して幸太郎がしたことはハッカイの両腕を掴み返す事だった。


「京香! 頭を狙え!」


「!」


 京香がすぐさま幸太郎の意図を理解し、ハッカイへとトレーシーを向けた。


「!? ハッカイ避けろ!」


「やらせるかよ!」


 両腕を掴んだまま幸太郎はハッカイの膝裏へを払う様に右踵を滑り込ませた。


 獣の姿を模したからと言ってその体格の基礎は人間の物。人間に不可能な身体的運動はキョンシーにだって不可能だ。


 ガクン! 一瞬ハッカイの体が不自然に止まる。


「当たれ!」


 パシュパシュパシュ!


 京香がトレーシーの電極を三発全て連射した!


 狙いは十メートル先のハッカイの頭部。停止した相手ならば今の京香の腕でもクリーンヒットの可能性はあった。


 果たして、放たれた電極の内、たった一つがハッカイの豚鼻へと突き刺さった。


「京香!」


「壊れろ!」


 京香がトレーシーのもう一つの引き金を押し込んだ!


 ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!


 十万ボルトの電流が豚のキョンシーへと流れ込んだ!


 この距離では誘雷針も意味を為さない!


 ハッカイの蘇生符が一瞬にしてショートした!


 それを確認するや否や幸太郎はアカズキンへと突撃する。


 タンク役は潰した。後方アタッカーを潰せばこの場は勝利である。


「くそ!」


 バンバンバンバン! ゴジョウがやり返しとばかりに幸太郎へ銃を放つ。


「体を出すんじゃない!」


 カーレンがゴジョウへ忠告する。しかし、それは一手遅かった。


 バン! 幸太郎が放った弾丸がゴジョウ右胸を撃ち抜いた!


 ゴジョウが仰向けに地面へ倒れ、同時に幸太郎の体が限界を迎える。


 これ以上全力で動くのは不可能だ。


「先輩戻って!」


「無理だ!」


「アカズキン、回転を上げな!」


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」


 アカズキンが遠吠えを上げる。


 ババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババン!


 カンカンカンカンカンカンカンカンカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカン!


 跳弾の雨が嵐へと変貌する。


 最早、人間の身でどうにかできる量ではない。


 幸太郎の残った骨は更に折れ、内臓は砕け、口から血が溢れ出した。


 にも拘わらず致命傷だけは幸太郎は回避する。


 それができるから上森幸太郎は第六課主任なのだ。


 跳弾が足や腕にも罅を入れ始める。特に左足はもうほとんど感覚が無い。


 その中で幸太郎はアカズキンへ、カーレンへと距離を詰め続ける。


――届かないな!


 けれど、幸太郎には分かっていた。今のペースではアカズキンへ拳が届く前に幸太郎の体は力尽きるだろう。


 近寄る程に弾幕の跳弾は濃くなり、幸太郎の体は限界を迎える。


 それをおくびにも出さず、幸太郎は笑った。


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 跳弾の嵐を吹き飛ばす様に高笑いが響く。


「カッカッカ! 本当にすごいねあんたは! 人間の限界を超えているよ!」


「褒めてくれてありがとうよ!」


 アカズキンまで後十五メートル。限界を超えた酷使に体が動かなくなっていく。


 血も骨も何もかもが失われ過ぎた。意識を保っているだけ奇跡なのだ。


 その瞬間、幸太郎は跳弾と京香の声以外のある音を聞いた。


「撲滅だああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 喉から血を吐きながら幸太郎は叫ぶ。それは敵の眼からあるモノを逸らす為。


 カッカッカ!


「来い! 踊ってやる! あんたに殺されるなら本望さ!」


 カーレンが笑う。跳弾の嵐は激しくなる。その眼は幸太郎へ向けられている。


 故に幸太郎の作戦は成功していた。


「落ちろぉ!」


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン


 空から落ちた幸太郎のキョンシー、ライデンがアカズキンを殴り飛ばした!


 アカズキンに巻き込まれ、カーレンが地面を跳ねた。


 カンカンカーン! と義足が地面を跳ねる音がする。


 好機だった。


「ライデン、あいつらを撲滅しろ!」


 今ここで勝負に出るのだ。それ以外に勝機は無い。


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリ!


 ライデンの両腕が白雷で光る。近中距離放出型のエレクトロキネシス。アカズキンに当てれば勝ちだ。


 同時に幸太郎も走り出した。最早体中に感覚は無い。度重なる衝撃を受けテンダースーツはボロボロだ。地面を踏み締めた足からは血が噴き出し、腕も上手く振れなかった。


「迎え撃てアカズキン!」


 倒れながらカーレンが命令し、倒れたままのアカズキンの腹から銃弾が飛び出した。


 バンバンバン! カンカンカン!


 跳弾の回数は減り、狙いもデタラメだ。カーレンが狙いを付けて初めてアカズキンの弾丸は真価を発揮するのだ。


 全ての銃弾はライデンが肉壁と成って幸太郎には届かない。


「ちっ!」


 カーレンが舌打ちする。体勢が悪い。立ち上がるのは間に合わないのが明白だった。


 そして、ライデンのPSI射程にアカズキンが入った。


「やれ!」


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!


 ライデンの白雷が弾け、アカズキンの頭を撃ち抜いた!

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