④ 人類最強の到着
***
「お願いコウ兄、京香を助けて」
助けた直後にあおいから言われた言葉で幸太郎は何が起きたのか知った。
京香はあおいを人質に呼び出されたのだ。
幸太郎はあおいが指差した方向へ走っていた。
ライデンはあおいを保護施設へ連れて行っている。今、幸太郎はたった一人で京香の元へ向かっていた。
踏み締める度、撃ち抜かれた左足から血が染み出す。その疾駆は常人よりも遥かに速いが、幸太郎の全速力よりは遅い。
――舐めた真似をしてくれるじゃねえか。
敵は京香の良心や焦燥感、後悔や恐怖と言った触れてはならない場所へ手を出したのだ。
「ああ、許せねえ。許せねえよ」
そんな京香を気付けなかった自分が一番許せなかった。
怒りが痺れの様に全身を回っている。今すぐにでも京香の元へ行かなければならない。
走る、走る、走る。血の足跡をまき散らしながら。
走る、走る、走る。望まれないエゴのために。
数個の曲がり角を超えて、東区倉庫群に入る。
幸太郎の耳に戦闘音が届いた。
「あそこか!」
両手に紫紺の手袋を装備し、左手に拳銃を握る。
あの先に京香が居るのだ。京香が独りで戦っているのだ。
独りにしてはいけない。そのエゴが幸太郎にはあった。
幸太郎が独りにしてしまったのだ。京香の穏やかな時間を撲滅したのは幸太郎で、京香をどうしようもなく独りにしたのは幸太郎だ。
京香は一生自分を許さないだろう。そうでなければならない。そうだとしても、京香を二度と独りにしないと幸太郎は誓ったのだ。
最後の角を幸太郎は曲がる。
そして、見た。
京香が今まさに豚の顔をしたキョンシーに地面へ押さえ付けられている。
キョンシーの腕には力が入っており、今まさに京香の腕を折ろうとしていた。
「京香ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
裂帛とした声が腹から出た。敵がこちらを認識する。
それで良い。京香を逃がすのが最優先だ。
幸太郎は更に加速する。敵との距離は僅か十メートル。五歩で行ける距離。
左の拳銃を向け、右の拳を構える。
「避けろハッカイ!」
「撃てアカズキン!」
バン、カンカンカンカン!
コンテナと地面を不規則に飛ぶ跳弾が幸太郎を狙う。だが、幸太郎は直感に従い、紙一重で避けた。
バン!
キョンシー使いの老婆を狙い銃弾を放つ。それは狼のキョンシーに阻まれた。
欲しいの一瞬の隙。それがあれば十分だった。
豚のキョンシーが幸太郎から逃げるため京香から跳び退いた。
一手遅く幸太郎の拳が空を切る。けれど、目的は達成された。
「せん、ぱい」
背後から京香の声が聞こえる。その声は悲痛だ。
どれ程の覚悟を持って彼女はこの場所に来たのだろう。
独りでやるという覚悟を幸太郎は否定しない。それはとても尊い物だ。独りだからこそ達成できる事象と言うのは確かに存在して、そうしなければいけない場面は数々存在する。
京香のそれをたった今幸太郎は踏み躙ったのだ。
「大丈夫だ、あおいちゃんはちゃんと助けた。京香、立てるか?」
振り向かずに京香へ問い掛ける。
「……立てるわ」
京香が立ち上がり、息を呑んだのが分かった。血だらけの幸太郎の左足を見たのだろう。今の攻撃で大分無理のある動きをした。傷が開いたのだ。
幸太郎は真っ直ぐに敵を見つめる。数は四。二人と二体。ヤマダからの報告で名前は分かっている。
「訳が分からないね。上森幸太郎、今の動きはなんだい? あんたの左足はアカズキンの弾丸で抉ったはずだよ?」
倉庫で挟まれた通路の一番奥、赤い義足の老婆、カーレンが頬に手を当てて問うた。
「ハッ、あの程度で俺が止まるか。第六課主任だぜ?」
「いやいや、そういう話じゃないさ。人間ってのは大なり小なり痛みで動きが鈍るもんさ。なのにあんたの動きにはそれが無い。これは一体どういうことなんだろうねぇ?」
カッカッカ。カーレンが笑う。この老婆は半ば確信しているのだろう。
「上森幸太郎、あんた、痛みを感じないんだろう? だからそんな無茶な動きが出来るのさ」
背後で京香が固まった。
気にする状況ではない。幸太郎はハハハハハと笑った。
「それがどうした? お前達の状況が好転でもすんのか?」
「しないねぇ。ただあんたの鬼神の様な強さに納得がいっただけさ」
カチャ。カーレンとドレッドヘアの男、ゴジョウが幸太郎へ拳銃を向ける。
無駄話はこれでお終いだった。
――ライデンはいつ戻ってくる?
ライデンが居ないこの状況。いくら幸太郎でも単身で突破は不可能だ。
「京香、構えろ」
コクリと京香がトレーシーを構えたのが分かった。あかねの遺品。いつ持って行ったのか幸太郎には分からなかった。
見た所、京香がPSIを使えなくなっている事は未だバレていない様だ。
スーッ。幸太郎は息を吸う。
そして、高らかに宣言した。
「さあ、撲滅を始めるぞ」




