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③ 虚勢の足止め




***




 カーレンがあおいの所へ戻って来たのは倉庫から出て行ってすぐ後だった。


「いやぁ、上森幸太郎、あれはバケモンだね。何であの狙撃を避けられんのか理解に苦しむよ」


 ゴーグルをクルクルと振り回しながらカーレンが額の汗を拭う。


「……幸太郎さんを撃ったの?」


「ああ、撃ったさ。心臓を狙ったんだけどね。左足を掠めるのが精一杯だった。何だいアレは? 音速に近い弾丸をどうして避けられるんだい?」


 カッカッカ! 理不尽な物を見たとカーレンが笑う。


 あおいは内心胸を撫で下ろしていた。あかね亡き今、幸太郎はあおいにとって最も長い付き合いを持つ相手だ。幼い頃はコウ(にい)と懐いていた物である。


「まあ良い。これで五分は足止めできただろう。嬢ちゃん、すぐにここを出るよ。すぐにゴジョウ達が清金京香を連れて来る筈さ」




 カーレンの言う通り、京香はすぐにあおいの前に現れた。


「あおい!」


 倉庫の入口に立たされたあおいを見つけ、京香がその場で駆け出そうとした。


「おっと、近寄るんじゃねえ」


 しかし、そんな京香をドレッドヘアの袈裟を着た男が止める。男の脇には豚の顔をしたとても大柄なキョンシーが息を荒く立っていた。


「カッカッカ。よく来たね清金京香。約束を守ってくれて私は嬉しいよ」


 カンカンカン。義足を鳴らしてカーレンが倉庫の奥から現れ、あおいのすぐ左に立つ。


 京香は声を荒げた。


「アタシが来たんだ! あおいをもう解放してよ!」


「いいや、まだだ。清金京香、あんたをこの町から連れ出すまではこの嬢ちゃんは人質にさせてもらう。いつPSIを発動されるのか分かったもんじゃないからね」


「ふざけるな! アタシは抵抗なんてしない! 何処にでも連れて行きなさいよ!」


「信じられないねぇ。なんてったって生体サイキッカーだ。私達に気付かれずにマグネトロキネシスを発動するなんてお手の物だろう? この場には金属だっていっぱいあるんだから」


 カッカッカ! 激昂する京香にカーレンが笑う。


 京香は悔しそうに歯を噛み、カーレンを睨みつける。その肩がわなわなと震えた。


「今ここで殺してやっても良いのよ?」


「良いよ、私を殺しても。人間に殺されるなら本望さ。ただ、清金京香、あんたの攻撃が届く前に、このあおい嬢ちゃんの頭は真っ赤に弾け飛ぶだろうがね」


 スチャ。あおいのこめかみに硬い金属質の物が突き付けられた。拳銃だろう。カーレンが引き金を引けば一発であおいの頭は柘榴の様に散るのだ。


「っ!」


 京香の顔が憎悪で歪み、それを落ち着けるように息を吐いた。


「あおい、ごめん。謝れる様なことじゃないけど、アタシの所為でこんなことに巻き込んで」


「……京香」


 京香とこうして向き合うのはあかねの葬式以来だった。


――少し、痩せたね。


 あまり良く眠れていないし、食事もちゃんと取れていないのだろう。京香は眼に見えてやつれていた。


 京香はメンタルがあまり強くないとあおいは知っていて、そんな彼女がどの様な日々をあかねが死んでしまってから過ごしてきたのか想像するのは簡単だった。


 あおいの脳裏に京香との青春の日々が駆け巡る。


「ごめんね」


 気付いたら、あおいは京香へ謝っていた。何に謝ったのかは自分でも曖昧だ。捕まってしまったことへのかもしれないし、葬式で吐いてしまった言葉に対してもかもしれないし、京香を支えてあげられなかった事へのかもしれない。


 あかねの死によって、京香との友情に罅は入ってしまった。それは変えようのない事実だ。これから先何が起ころうとも、昔の様に無邪気に触れ合うことは叶わないだろう。


 だが、それでも、あおいと京香は親友だったのだ。互いにしか知らない秘密をたくさん共有した、唯一無二の相手なのだ。


 それはまるで宝石の様な物だ。罅割れ、砕けたとしても、結晶の美しさは変わらない。


 故にあおいは強く京香を見た。


「良し。それじゃあさっさとこの気持ち悪い町から出ようじゃないか。ゴジョウ車を出しな! 今乗って来たのとは違う車だよ!」


「もう準備は出来てるぜ」


 カッカッカ。カーレンが外に止められたシルバーのハイエースを指さした。これに乗りシカバネ町から脱出するつもりなのだろう。


 シカバネ町の入出警備についてあおいはあかねから聞いたことがある。


 曰く、シカバネ町は世界最高峰のセキュリティを持っているが、町への入出という部分においてはお粗末である。


 姉にしては珍しいやや苦々し気な顔で吐かれたその言葉。入出ゲートであおいと京香が発見される可能性は期待できない。


――私は戦えないから。


 あおいは後方支援すらできない非戦闘員だ。純粋な一般人よりは肝が据わっているが、それだけである。


 現状を打破する力はあおいには無い。


 ならば、出来ることはリスクを負うこと。そして、そうしても良いと伝えることだけだ。


 更に強くあおいは京香を見た。


 その視線に京香は気付いた様だ。


 一瞬のアイコンタクト。長い付き合いだ。それだけで充分である。


「ほらほら嬢ちゃん達、行くよ」


 背をアカズキンへ押され、あおいは京香と共にシルバーのハイエースへと向かう。


 その瞬間、小さく小さく京香が呟いた。


「走って」




 あおいは、全速力で駆け出した!


 そこにあるのは百パーセントの信頼。あおいが差し出せるただ一つ。




「どけえええええええええええええええええええええ!」


 京香が叫び、体を回し、あおいへと向けられていたカーレンの銃を蹴り飛ばす。


 そして、京香は懐からピンク色のテーザー銃、トレーシーを取り出した。


「アカズキン、避けな!」


 パシュパシュパシュ!


 サスペンションと圧縮ガスによって電極が至近距離に居たアカズキンへと撃ち出され、ギリギリでアカズキンがそれを避けた。


 グルグルグルグル! ワイヤーを巻き取りながら京香があおいへと駆け出す。しんがりを務める気なのだ。


「アカズキン、捕まえろ」


「ハッカイ、あいつを抑え込め!」


 狼と豚の顔をしたキョンシーが京香へと飛び掛かる。


「喰らえ!」


 パシュパシュ!


 京香が振り向き様にアカズキンとハッカイへ電極を放つ。あかねの様な洗練さは無い。近距離だからギリギリで射線上に敵を入れられているだけだ。


 アカズキンとハッカイは一歩右に動くだけで放たれた電極を避けた。


「ちっ!」


 伸ばされたキョンシー達の腕を避けるため、京香が後ろへと転がる。


 チラチラとあおいが見れたのはここまでだった。


 角が見え、即座にそこを曲がる。右に左にアスファルトの路地を駆け抜けて行った。


 タッタッタ! 戦いの音はみるみるとあおいから遠ざかっていく。


――早く助けを呼ばないと!


 眼に見える風景からここがシカバネ町の東区であると分かった。


 正確な時刻は分からない。スマートフォンも腕時計も奪われた。だが、一帯の家屋からは明かりが消えている。もう既に深夜帯だろう。


 この時間、健康な成人女性が一人で出歩くなどあまりにも危険だ。何処に素体狩りを目論む犯罪者が潜んでいるのか分かった物ではない。


 あおい自身の安全を考えた場合、真っ先にすべきなのは各地区の第一課が営む治安部へと駆け込む事だ。


 けれど、それでは間に合わない。


 スー! あおいは大きく息を吸った。


 自殺行為かもしれない。リスクがあるだろう。


 躊躇いはあっても迷いは無いかった。


「だれかああああああああああああああああああああああああああ! 助けてええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 大声をあおいは張り上げる。


 自分ではどうしようもない状況。何者かの助けを求めるしかなかった。


「助けてええええええええええええええええええ! 友達が襲われてるの! 早く誰か来てえええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 全速力で走りながら声を出すのは得意だった。


 姉にも褒められた良く通る声。


 暗いシカバネ町に響き渡る大声。何処かに潜んでいるだろう見知らぬ犯罪者達があおいの存在に気付いただろう。


 恐怖はある。だが、足は止まらない。


 肺と喉が痛く成る。それでも、声は止まらない。


――早く誰か気付いて! 誰か京香を助けて! 何処かに居るでしょう!?


 辺りを見渡しながら大通りを目指す。いくつかの監視カメラを既に通り過ぎている。あおいの姿はシカバネ町の第一課に捕捉されている筈だ。


 助けは既に送られているはず。そう信じてあおいは走る。今ここで何者かに襲われたらもう逃げられない。あおいの体はバラされて数時間後には世界中に出荷されているだろう。


 ハァ、ハァ、ハァ!


 大声を出しながらの全力疾走。息が乱れる。肺が痛い。


「誰か! 助けてえ! 京香が、友達が! ハァ! 早く助けてええええええええええええええ!」


 大通りが見えた。背後から音はしない。


 直後、あおいは右から飛び出してきた何かにぶつかり、地面へと叩き付けられた。


「うっ!」


 アスファルトに頭を打つ。ザリザリと手首が削られた。


「良し! ラッキーだな! おい、早く持って行くぞ!」


 男達の太い手にあおいの両手と両足は押さえ付けられる。


 頭を打った痛みで上手く思考できない。だが、何が起きているのかは分かった。


――素体狩り!?


「助け――」


「――うるせえ!」


 バキッ! 声を上げたあおいの頬へ手加減の無い拳が振り下ろされる。


 ジンジンと骨が痛い。罅が入ったかもしれない


「誰か! 早く助けて! 誰かあ!」


「うるせえって言ってんだよ! おい何か布か何か持って来い!」


 バキ! バキ! バキ!


 何度も拳が振り下ろされる。痛い、痛い、痛い! それでもあおいは声を上げる。


 ズリズリと体を暗い路地裏に持って行こうと男達が引き摺ろうとする。あおいはジタバタとアスファルトへ爪を突き立てて抵抗した。爪が剥がれ、グチグチと血と染み出す。


 ここで自分が連れて行かれたら京香を助けられる可能性が消えてしまう。


「だれか! だれかだれか! だれかあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 結局の所、あおいの行動に意味はあったのか分からない。


 あおいが声を出したから今素体狩りの被害に遭っている。


 だが、何者かに襲われている被害者と言うのは何処までも目立つのは確かだった。


「あおいちゃん!」


 聞き慣れた声が鼓膜を揺らし、


 ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンアアアアアアアン!


 稲妻が落ちた様な轟音が響いた。

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