② 追跡エゴイズム
***
ライデンにぶら下がり、幸太郎はシカバネ町を疾駆する。
ビル群の空を駆け、幸太郎は眼下へと目を凝らした。
シカバネ町監視カメラの情報から、京香はハカモリのビルからやや外れた路地に止められた青のワゴン車に乗り、東部へ走り去ったと言う。
シカバネ町の東部はオフィス街と教育施設、そして病院設備が集合している地域だ。
既に深夜を迎えようという時間帯。シカバネ町を走る車の数はそう多くない。探すのはそこまで苦ではない。
故に、幸太郎はライデンに掴まって僅か十三分で青のワゴン車を見付けた。
色と車種が一致しただけ、あの車が幸太郎の追うソレとは限らない。
しかし、幸太郎はライデンへと攻撃を命令した。
「ライデン! あの車へ威力を加減して飛び降りろ!」
グングングン!
ライデンは走行機能を全開にし、ビルから飛び降りた。
奇しくも京香の初出勤の再現。ライデンの巨躯はワゴン車の屋根を狙って落下する。
ワゴン車が急に左ハンドルを切った。ライデンの攻撃は外れ、アスファルトを叩き割る。
今の不可解な動き。一般人ならば直撃を受けていた筈だ。
幸太郎は確信する。このワゴン車の中に京香が居る。
「追いかけろ!」
それまでは法令速度を守っていた敵の車が急激に加速した。
ワゴン車のリアガラスから京香が悲痛な顔でこちらの事を見ていた。
「京香!」
幸太郎は叫ぶ。ガラスに遮られ、京香には声が届かない。
「待ってろ! すぐにそっちに行く!」
何で京香が一人で敵の車に乗っているのかは分からない。しかし、京香が裏切ったはずが無かった。
京香はそんな人間ではない。裏切れる様な人間であったのなら、どれ程彼女の人生は楽であっただろうか。
「ライデン! PSIは使わずに前の車を止めろ!」
ライデンのエレクトロキネシスは中距離放出型。有効射程は十六メートル。あそこに京香が乗っていなければPSI発動を幸太郎は命じただろう。
だが、制御の難しいエレクトロキネシスでは京香が死ぬ可能性があった。
ダダダダダダダ! アスファルトを破壊しながらライデンがワゴン車を追う。時速は百キロメートルを超えている。それは敵も同じだった。
顔に当たる風圧。振り落とされればアスファルトは柔らかな体をグチャグチャに引き千切っていくだろう。もう自分の怪我を注意してくれる相手は居ないのだ。幸太郎は意識してライデンにぶら下がる腕へ力を込める。
直線速度はほぼ同じ。ならば追い付くためには小回りを利かせるしかなかった。
――どのルートだ?
幸太郎の意識は冷静だ。追い付ける最短のルートを探す。
前方の道路は右カーブに差し掛かる。
「ライデン斜めに突っ切れ!」
グイン! 幸太郎が命令するのはショートカットだ。直線では追い付けない。カーブで少しずつ追い付く算段だ。
円弧の軌道で逃げる敵。それをライデンは直線で踏破する。
敵との距離が十五メートルから十メートルに縮まる。狙い通りだった。
幸太郎は右手で銃を取り出し、バン! 右後方タイヤを狙い撃つが、弾かれる。逃走車は防弾加工がされているようだ。
「上手くはいかねえか!」
追走劇は続く。ライデンの脚部の稼働限界が近づいていく。時間はあまりない。
けれど、幸太郎は焦らない。敵は直線運動だけでは逃げ切れないのだ。何処かで必ず曲がらなければならない。
キキー! ドリフトしながら左に敵は曲がり、ライデンへ再びショートカットを命じる。
五メートルへと距離が縮まった。
これならばすぐに追い付ける。
曲がった敵が入ったのは十キロメートルに及ぶ直線道路。その終点はT字路だ。今の幸太郎達の速度なら数分で駆け抜ける。
――次の曲がり角が勝負だ。
そこで追い付ける。幸太郎は衝撃に備え、拳銃を握り直した。
すぐ遠くの曲がり角が幸太郎達の視界に入る。十数秒もしない内にチャンスが来るだろう。
そして、T字路に到着し、敵の車が右へとカーブ動作を見せた直後だった。
幸太郎の直感が防衛と回避を告げた!
カンカンカンカンカンカンカンカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!
ゴウゴウとした風切り音の中、硬いナニカが高速で跳ねる音がする。
「止まれ!」
幸太郎の命令にライデンが両脚を地面へ叩き付ける。
強烈な急ブレーキによる慣性力、人間には耐えられる物ではない。幸太郎の体は足から前方へと放り出された。
刹那、幸太郎の左足をナニカが撃ち抜いた。
「ちっ!」
アスファルトへと叩き付けられ、テンダースーツ越しに衝撃が伝わる。
数度のバウンドと十数の回転を経て幸太郎の体は停止した。
すぐさま幸太郎は車の追走を続けるため立ち上がろうとしたが、撃ち抜かれた左足に力が入らず、その場でコケてしまう。
青のワゴン車は既に右へのカーブを終えており、ずっと先まで逃げてしまっていた。
「くそ」
悪態を付きながらも幸太郎は撃ち抜かれた左足を見る。
――やられたのは何処だ? 体の調子は? 動けるか?
やられたのは脹脛。大量の血がドクドクドクドク。そこに指を突っ込んで骨と筋肉の様子を幸太郎は調べる。ギリギリで骨は躱した様だ。
――力は……ダメだ。上手く入らない。
筋肉は大部分断絶し、足首から先が上手く動かなかった。
この場で治療しなければ出血多量で死ぬだろう。幸太郎は苦々しい顔でポケットからコンパクト型救急箱〝チョウトッキュウ〟を取り出した。
「ライデン、俺をそこのガードレールの脇に置け。その後、俺の足を撃ったナニカを探せ。その辺りに落ちているはずだ」
今の幸太郎の左足を撃ち抜いたのは間違いなく敵からの攻撃だ。
ライデンに自分を遮蔽物の近くへ運ばせ、幸太郎は補肉材、ギブス、包帯、それらを使ってできる限り速やかに左足への応急処置を施す。
――左肩と左肘にも罅、右の肋骨が折れてるな。
ゴリゴリと不可解に動く自身の内部から怪我の具合を判断する。この場で離脱するべき怪我の量だった。
「良し。まあ、立てるか」
左足への処置時間は物の五分も掛からなかった。常人であれば激痛で動けないだろう。だが、幸太郎には痛みが無いのだ。体の修理には慣れている。
補肉材には一時的に筋繊維を代替する機能もある。五分もすればある程度動けるようになるだろう。
ライデンが幸太郎に近寄り、ボコボコと不可解に凹んだ長距離ライフル弾を差し出した。
大型の銃弾。まともに当たって居れば左足は千切れていただろう。
「……アカズキンってキョンシーか」
ライフル弾の不可解な凹みには覚えがある。今幸太郎を狙ったのはヤマダからの報告されたアカズキンというキョンシーの狙撃だ。
幸太郎はスマートフォンを取り出し、短縮ダイヤルで第一課オペレーターへと連絡する。
「こちら上森幸太郎、今俺が追っていた青のワゴン車は追えるか?」
『現在補足しています。東区倉庫群へ向かっています。上森一級捜査官怪我の具合は?』
「重症だ。だが、問題ない。今から追跡を再開する」
『しかし――』
ピッ。
スマートフォンの画面を幸太郎は見る。そこには既に青のワゴン車のリアルタイム移動情報が更新されて続けている。
見ると、他の捜査官達も現場へと向かいつつあったが、初動の関係上最も近い距離に居るのは幸太郎だった。
「ライデン、お前は動けるか?」
ほとんど右足一本で振り向いて幸太郎はライデンを見る。
幸いライデンには大きな損傷は無かった。
「良し。ライデン、京香を追うぞ。俺を連れて行け」
ゴリゴリと骨が異常に動く左腕で幸太郎はライデンへ捕まる。この時ばかりは痛みの無い自分の体に感謝した。
――待ってろ京香。絶対にお前を助ける。
これはエゴだ。先程の京香の顔を見れば分かる。彼女は助けられることを望んでいない。
幸太郎が京香を助けたいのだ。




