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1-23 狸腹のキョンシー技師



【──────────────────────────────────────】


 キキィ。シルバーのファミリーカーがとあるビルの前に停まった。

 運転手は田中和行三十七歳。妻と一人の娘と二人の息子と暮らす五人家族の大黒柱だ。


 後部座席にてホムラを膝枕していたココミはブレーキ音に瞼を開ける。

 クラクラ。ココミの頭は眩み、動きは緩慢だ。


【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】


「こちらですよ、シカバネ町のキョンシー研究施設は」

「……」


 返事はせず、ココミはずりずりとホムラを抱えて共に外に出る。


【──────────────────────────────────────】


「すー、すー」


 ホムラは未だ眼を覚まさず、眩暈と姉の重さにココミはふら付いた。

 田中和行にホムラを支えてもらう手もあったが、ココミはそれをしなかった。

 ホムラに触れるのはできれば自分だけが良かったからだ。


「では、さようなら、お互い良い夜を」


 ペコリと田中和行は頭を下げて穏やかにアクセルを踏んでこの場から去っていく。


【──────────────────────────────────────】


 ココミとホムラが居るのはシカバネ町東部と中央部の境目。

 シカバネ町東部はオフィス街と教育施設、そして病院設備が集合している地域であり、中央部近くにあるビル群はキョンシー関連の研究施設が集中していた。

 ココミはホムラの治療のためにここへ来ていた。


【──────────────────────────────────────】


 ズキズキズキズキ! 頭痛がココミを襲うが、耐えられない程ではない。


「スー、ハー」


 ココミは大きく息を吐く。それで頭の痛みや眩暈が治まる訳ではない。

 これはホムラの癖だ。愛しい姉は何か行動を起こす時、良く深呼吸をしていた。


【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】


「!」


 再びココミはPSIを発動した。

 ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 先程よりも遥かに多くのイトがココミの頭から生まれ、周囲へ巨大な巣を作る。


【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】


 巣は繭となって一帯にあった研究棟のビル群全てを包んだ。

 研究棟とは往々して不夜城であり、中には多数の人間達が居る。

 糸は隙間から入り込み、そこに居た研究員全ての頭へと届く。


【──────────────────────────────────────】


 キョンシーの研究と言っても分野は色々とある。探すのはホムラを治療できるキョンシー技師だ。


──絶対に、居るはず。


 ここで、ココミは一つ勘違いをしていた。研究施設と言うのはあくまでより良いキョンシーを研究開発する施設であって治療や修理を行う場所ではない。


【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】


 故に、普通の町であったならばココミが求める人材はここでは見つからない。

 だが、ここはシカバネ町であり、キョンシー犯罪対策局、ハカモリがある町だ。

 連日連夜キョンシーが破損する組織の研究施設、修理設備が整った稀有な研究棟が此処にはあった。




【──────────────────────────────────────】

「おおい! やっべえな! 何でまだ稼動できてんの!? すげえすげえ! え、え? 解剖して良い!? 大丈夫絶対元に戻すから!」

「だめ」


 ハカモリが保有する六階建ての研究棟の六階にて、マイケル・クロムウェルが興奮していた。その視線はキャスター付きベッドに寝かされたホムラを凝視している。

 スキンヘッドがキラリと光り、三段腹を揺らしながら瞳を輝かせる。


 興奮したマイケルだったが、ホムラの体を触診する手は繊細そのものだ。

 既にホムラの脳と蘇生符の検査結果をマイケルは見ている。故に驚愕していた。


【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】


 検査結果のいずれもがホムラが未だ稼動していることを否定する物だ。

 にも関わらず、ホムラは息をして、生体より低いとは言え体温を持っている。

 その事実にマイケルは衝撃を覚えたのだ。


──どうでも良い。


「治して」

「おいおい、これは難しいぞ。壊れかけ、というか壊れてるパーツが多過ぎる。脳なんてほとんど不良品だ」


 検査結果とホムラの身体の状態を見比べながらマイケルは顔を顰める。


【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】


 クラッ! 眩暈に襲われ、ココミはホムラが寝かされたベッドに腕を付いた。


──そんな答え求めてない。


「おいおい、大丈夫か? どこかに座った方が良いぜ。三半規管に異常が出ている可能性がある。待ってろ、後で検査してやる」

「治して」

「だから、そのためにお前も検査してやるって──」

「おねえちゃんを、治して」


 ホムラを治せる可能性が一番高いキョンシー技師はマイケルだ。

 蘇生符の奥のココミの眼が真っ直ぐにマイケルの眼と当たる。


「あなたは、治せない、とは言ってない」


 その言葉にマイケルはバツが悪そうに頭を掻いた。


「誰が直せないって言った? お前は知らないかもしれないけど、俺はシカバネ町で一番のキョンシー技師だぜ」


 マイケルはペシペシと自分の頭を叩いた後、眼の色を変えた。


「時間は掛かるぞ。脳の修理が一番の難所。早くて三ヶ月。長くて一年だ」

「もう少し早くはできない?」

「無理だ。そもそも直すだけで手一杯。時間を早める余裕は無い」

「……分かった。お願い」

「はいよ。任せな」


 マイケルはガラガラとベッドを動かしてホムラを修理室と書かれた部屋へ連れて行く。

 それに付いて行きながらココミは俯く。

 長くて一年、早くて三ヶ月。


──それじゃあ、


【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】

【──────────────────────────────────────】


 ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!

 クラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラ!


 強烈な痛みと眩暈がココミを襲う。


──私が持たない。


 ココミは無表情のままギリッと奥歯を噛み締めた。

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