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④ 失踪







 あっと言う間に一週間が過ぎた。ほとんど全ての時間を幸太郎は京香と共に対策局ビル地下一階に居た。


「もう外は暑くなってきただろうな」


「……そうかもね」


 京香のPSIが復活する兆しは全くとして無かった。当たり前だ。PSIという観点からすると、今の彼女に必要なのは適切なメンタルケアであり、決して地下への監禁ではない。


 一方で、清金京香の命や尊厳と言う観点からすれば、監禁は最善手に近かった。


「京香、夕飯はカレーと焼きそばどっちが良い?」


「……カレー」


 京香の幸太郎への応答は最低限だった。初めて手を上げてしまったあの日以来、ギクシャクとした亀裂が二人の間に生まれている。


「ライデン、神水の補給だ。飲んどけ」


「……」


 部屋入口のライデンへ幸太郎は神水を投げ付ける。


 代り映えの無い一週間。万物の特効薬と呼ばれる時間が幸太郎と京香の間の亀裂を埋めることは無く、それどころかミシミシピキピキと広げるだけだった。


――何とかしねえと。


 その思いが幸太郎にはあったが、打開策が何一つとして思いつかなかった。


 京香との関係がこじれてしまった時、こじれてしまいそうな時、仲裁役を担ってくれていたあかねはもう居ない。だからこそ、自分がどうにかしなければならないのだ。


 しかし、京香の全身からにじみ出ているのはコミュニケーションの拒否の意思である。それを崩すことは幸太郎には不可能だった。


 ポチ、ポチ。


 地下一階での生活は当たり前だがやることが無い。ほとんど会話せず、幸太郎と京香は各々ゲーム機とスマートフォンを弄っていた。


 特に感慨も無く、アクションゲームを幸太郎は起動する。もう何度もクリアして、ドットの位置まで覚えているレトロゲーだ。


 滅びた世界を旅し、数々のオーブを集め、最後には主人公がクリスタルと化して世界を再生するというストーリーだ。幸太郎も、そしてあかねもこのゲームが好きだった。


 特にこのゲームをする理由は無い。だが、脳がボーっとした今の状態では積んでいた真新しいゲームをする気にもならなかった。


 ポチ、ポチ、ポチポチポチ。


 あかねとしたこのゲームでの思い出が蘇る。宝箱や即死ギミックの一喜一憂。ボス戦の初見殺しへの憤慨。クリアした時の達成感。


 思い出はあかねを失ったことの無力感を誘起させるが、画面の中でのキャラの動きに乱れは無い。それだけの回数クリアし続けたゲームなのだ。


「……手洗い行ってくる」


「ん、了解」


 そう言って京香は立ち上がり、共用仮眠室奥のトイレへと向かった。




 ガチャ。


 少しの時間が経ち、仮眠室のトイレから京香が帰ってきた。顔を洗った様で前髪がやや濡れている。


 その顔は先程と変わらずに暗いままで、好転する兆しは無い。


「気分はどうだ?」


「……」


 京香は返事をせず、元の仮眠ベッドに戻り、布団へと包まった。


 時刻は夕方になったばかりだが、寝るつもりらしい。体内時計が狂ったこの環境では無理も無い。


「おやすみ」


「……」


 返事は帰って来ず、幸太郎は小さく鼻で息を吐いた。




 京香が横に成り、二時間かその程度の時間が経った時。幸太郎も寝ることにした。


 夜寝る前にトイレをするのが幸太郎の習慣である。それは自律神経が狂っていくこの環境でも変わらなかった。


 京香を起こさない様に、起きていたとしても刺激を与えない様に静かにベッドを降り、幸太郎は忍び足でトイレへ向かう。


「……ふぅ」


 時間にして一分か二分。余分な水分を放出し、手を洗って仮眠室へと戻る。




「……京香?」




 その時には仮眠室から清金京香は居なくなっていた。







 部屋の入り口で護衛を頼んでいた筈のライデンは倒れていた。


 異常事態だった。幸太郎はすぐさま壁際の受話器を取り、対策局ビルの一階警備室へと電話を掛けた。


「第六課の上森だ。清金京香がたった今地下一階共用仮眠室から居なくなった。情報を求める。何か無いか?」


『こちら一階警備室。監視カメラを確認します。少しお待ちください』


 通話は待機状態に成り、耳に当てたまま幸太郎は膝を降り、ライデンの状態を確認する。


 見た所蘇生符が壊れたわけではない。どうやら、眠っているだけの様だ。


――ライデンのクールタイムには早過ぎる。


 脳を休ませるという意味でキョンシーにも睡眠が必要である。だが、ライデンのそれはまだまだ先だった。


 ライデンは〝何か〟をされたのだ。そして、その〝何か〟は京香の失踪に関わっている。


「ライデン、命令する、強制起動」


 明確な命令が幸太郎の口から発せられ、ライデンの蘇生符がピピっと光った。


 ライデンは瞳を開け、その場で立ち上がる。直後、耳元の受話器から続報が届いた。


『こちら一階警備室。監視カメラで清金京香の姿を確認。一階正門よりビルから出ています』


「一人か? 怪我や様子は?」


『一人です。怪我は見えません。スマートフォンを耳に当てながら走っていました』


「了解。水瀬部長、第一課、第二課、第六課にこう伝えてくれ。清金京香が失踪した。全力での捜索を申請する。上森幸太郎は先んじて捜索に行く」


『承知しました』


 ピッ。


 受話器を戻し、続いて幸太郎はライデンの背後に回り、首筋へスマートフォンから伸ばした端子を突き刺した。


――操作方法はっと。


 マイケルからの説明を思い出しながら、スマートフォンを右に左に上に下にタップし、ライデンの眼球記憶情報を取り出す。これで一体何があったのかが分かる筈だ。


「この辺りか」


 京香が失踪したのは幸太郎がトイレに行っていた僅かな時間。その時間帯の映像データは残っていた。




 映像の中で、京香が入口から出て行こうとしている。その顔は暗く、目も伏せていた。


 当然、命令の通りライデンが部屋から出て行こうとする京香へ立ち塞がる。


 体格差は酷く、PSIを使えない今の京香ではライデンを押し退けて部屋を出て行くのは不可能だ。


 京香は数秒程度ライデンの前で顔を伏せたまま立ち止まった。何かを逡巡しているのが見て取れた。


 迷いの時間は長くなかった。


 京香は手に持っていたスマートフォンを急に振り上げ、その画面をライデンへと見せた。


 直後である。ピカアアアアアアアアアアアア! とスマートフォンの画面が強烈に発光した。




 ライデンはこのスマートフォンからの光を浴びた直後にスリープモードに入ったようだ。


 幸太郎はその場でマイケル宛にこの映像データを送る。信頼する専門家ならば、京香がライデンに何をしたのかを解明できるはずだ。


 やるべき準備は済んだ。


 京香がビルを出てまだ時間は経っていない。


「ライデン、行くぞ」


「……」


 人探しは時間が経つほどに発見の難易度が上がる。


 できる限りの全速力で京香を見付けなければならない。

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