② クラッククラック
あかねの葬式から二週間後。
雨の季節は終わり、夏の匂いが漂い始めていた。
日差しは高かったが、温度調節機能が付いたテンダースーツを着ていため、幸太郎は温度に対して不快さを感じていなかった。
幸太郎は京香とライデン、そして隆一とアレックスとトオルを連れてシカバネ町南区を練り歩いていた。
あれから、ほとんど全ての時間を幸太郎は京香と共に過ごしていた。
メルヘンカンパニーがいつまた襲撃してくるかは分からず、この組織がシカバネ町から逃亡したという報告も無かったからだ。
だが、仮にメルヘンカンパニーが既に逃げていたとしても幸太郎達には分からない。
京香達が襲撃を受けた日。幸太郎がドリーミングビューティー流通組織の残党への掃討作戦に出ていたのは秘密にしていた。
この情報が外部に漏れているということはハカモリに裏切り者が居るという事実を示している。
それにハッカイ、ゴクウ、アカズキンと呼ばれたアニマルズシリーズの外見はあまりにも目立つ。通常の方法で関所を抜けられるはずが無い。裏切り者が手引きした何かしらのルートがあるのだ。
既に各関所の人員について第二課主導で総洗いが始まっている。
「次はあそこのコンテナの方に行ってみるぞ」
「おお」
「……」
幸太郎が指差したが、隆一だけが返事して、京香は声も出さずに小さく頷くだけだった。
この二週間、京香はほとんど声を発さなかった。食事もまともに喉を通っていない。睡眠も取れていない様だった。顔は幽鬼の様にやつれ、眼は血走り、踏み出す足に力は無い。
幸太郎もそれに近かったが、食事も睡眠も最低限は取れてしまっていた。
「何処に隠れてるんだろうな」
幸太郎達が今南区でしているのはあかねを殺したメルヘンカンパニーの痕跡の探索である。
この町からメルヘンカンパニーが出たとは幸太郎は考えていない。
いくらハカモリに裏切り者が居るとしても、シカバネ町の出入りにはリスクが発生する。京香を攫う目的で来ているのだ。折角潜入できたのに目的も果たさず撤退するとは思えない。
本当ならば京香を安全な場所に閉じ込めておきたい。けれど、最早シカバネ町に清金京香の安寧の地は無かった。
故に幸太郎は常に京香と共にシカバネ町をパトロールし続けていた。あかねを殺したメルヘンカンパニー、奴らを撲滅しなければ安寧は戻ってこないからだ。
そこまで考えて、幸太郎は自分の考えが間違っていると理解した。
――いや、もう元には戻れないか。
幸太郎達の安寧にはあかねの存在が必要だったのだ。彼女との日々は二度と戻らない。
「……居ないか。隆一さん、トオルは何か発見しているか?」
感傷に襲われながらも、それをおくびにも出さず、幸太郎は調査を続けていた。
「どうだ? トオル? 敵の痕跡はあるか?」
「ないない、何にも見えないよ」
「……見つからねえな。拠点が何処でも良いから一つ見つかれば第二課からワトソンを借りて来るんだが」
「アリシアが素直に貸すか?」
「いざと成れば関口から頼んでもらうさ」
ペラペラと幸太郎は口を開く。
最愛の、最愛にしたかった相手を亡くしたと言うのに、どうして自分はこうなのだろうと幸太郎は思う時があった。
「んじゃ、別の場所に行くか。どこまで探索が終わってるんだっけ?」
「南区全体だとやっと半分だな」
「先は長いな」
やれやれと言った風に幸太郎は息を吐いた。
幸太郎にはそれが無意識から出る演技だと分かっていた。
日が落ちてそろそろ今日の探索を切り上げようかと言う時、トオルが「あ」と声を上げた。
「何か見つけたのか?」
「目当ての物じゃないよ隆一。あそこに並んでるコンテナに人とキョンシーが隠れてる」
トオルが指差したのは港のコンテナ群。どうやらつい先ほど下ろされたばかりの様だ。
シカバネ町の港。わざわざあんな物の中に入る理由など一つしかない。
――素体狩りで潜入してきたのか。
「数は?」
「人間が十。キョンシーが三」
「結構な量じゃねえか。どうする幸太郎?」
隆一が幸太郎の指示を仰ぐ。
お粗末な潜入である。あれくらいならば関所を抜けられず第一課に捕まるだろう。
だが、目当てでは無いとはいえ、素体狩りを見逃すつもりは幸太郎には無かった。
「総員戦闘準備。行くぞ」
「了解」
「……」
幸太郎達は近くにあった倉庫の陰に隠れ、戦闘準備を始める。
「アレックスはいつも通りバットで突撃。トオルは敵の急所を俺達に伝えろ」
「ラジャー! 今日もホームランが鳴るぜ!」
「了解了解」
隆一の戦闘隊形はすぐに終わった。前にアレックスを後ろにトオルを。お得意のスリーマンセルだ。
「……」
対して、京香の準備はやや緩慢だった。
コクリと頷き、アタッシュケース型のシャルロットを展開する。
中にはみっちりと砂鉄と鉄球が込められ、京香がいざマグネトロキネシスを発動しようとしたのが幸太郎には分かった。
ジャリ、ジャリ、ジャリジャリ。カタカタ、カタ。
シャルロットに詰められた砂鉄と鉄球が僅かに揺れ――けれど、浮かび上がることは無かった。
「……あ、れ?」
久しぶりに聞いた京香の声は困惑だった。
僅かにその眼と手に力が入り、もう一度京香はマグネトロキネシスを発動する。
ジャリ、ジャリ。カタ、カタ。
だが、結果は同じ。いや、先程よりも砂鉄と鉄球の動きが鈍くなっていた。
「なん、で?」
困惑の声は止まらない。
もう一度。
ジャリ、ジャリ。カタ、カタ。
もう一度。
ジャリ。カタ。
もう一度。
ジャ。カ。
やろうとすればするほど砂鉄と鉄球の動きは鈍くなっていく。
――まさか?
「京香、お前、PSIが使えなくなっているのか?」
「っ」
京香のマグネトロキネシスは彼女自身の調子によってその出力を変える。それは幸太郎も知っていた。だが、こうしてほとんど使えないレベルにまで出力が下がったのは初めてだった。
「……全員戦闘態勢を解け。ここから離脱する」
「待って先輩。アタシなら大丈夫。すぐに元に戻すから」
「駄目だ。今すぐにハカモリのビルに戻るぞ」
「先輩、ねえ先輩。大丈夫なの、大丈夫だから」
「行くぞ」
縋りつく様な反論を黙殺し、幸太郎は地面のシャルロットを閉じて持ち上げ、京香の手を引き歩き出す。
すぐにハカモリのビルに戻る必要があった。万全ではないにしてもマグネトロキネシスを使えると判断して、幸太郎は京香を連れて探索をしていたのだ。
その前提が崩れた以上、幸太郎が下す結論は決まっていた。
「今日でメルヘンカンパニーの痕跡探しは中止だ」
「……え」
背後で置いて行かれた子供の様な声を出した。
けれど、幸太郎は振り向かない。
何を京香が言って、どんな顔をしたとしてもこの判断を覆す気は無いのだから。
幸太郎は何があっても京香を守ると決めているのだ。
そのためなら、復讐を捨てても良い。




