⑧ 雨ざらし
カァン!
「ちっ!」
弾かれた鉄球を操作範囲ギリギリで京香は回収する。
――今の現象は……。
ヤマダはライフル弾が見せた挙動について記憶を掘り返す。
何のPSIであればこの現象を引き起こせる?
「……ハーモキネシス?」
ヤマダの呟きに
「すごいねメイドの嬢ちゃん。こんなマイナーなPSIまで知ってるなんて」
パチパチパチパチ。カーレンが大仰に拍手した。
「その通りだよ嬢ちゃん。このキョンシー、アニマルズシリーズ、アカズキンのPSIはハーモキネシス。振動を操るPSIさ」
「なんて力業。考えた人は頭がおかしいようデスネ」
「自覚はあるよ。はじめ私も、馬鹿じゃない? って思ったからね」
ハーモキネシス、サイコキネシスの一種とされているこれは名前の通り、物質の振動を制御するPSIだ。世界でも発現数は少なく、ヤマダも実例を見たのは初めてである。
このキョンシー、アカズキンのハーモキネシスはおそらく設置型、対象は腹に込めたライフル弾だろう。
そして、適切なタイミングでPSIを解放し、任意の角度での跳弾を可能にしているのだ。
何にせよ、状況は悪いままだ。
敵は無傷のキョンシー使い二人、パイロキネシストのハッカイ、ハーモキネシストのアカズキン。
相性が悪かった。任意角度に跳弾するライフル弾相手ではヤマダとセバスでも回避しかできない。防御札のフレデリカはハッカイに対応しなければならず、京香を攻撃札にした場合、アカズキンの弾丸を避け切れないだろう。
「京香ちゃん、ヤマダちゃん、逃げて」
故に、第六課副主任たる不知火あかねがそう言う結論に達するのは当たり前だった。
「あかねさん? 何言ってるの?」
京香はあかねの言葉の意味を理解できていない様だ。
「ここは私とフレデリカがどうにかするよ。だから、二人は逃げて」
「駄目よ! そんなの駄目絶対に駄目!」
「京香ちゃん、言う事聞いて」
「あいつらの目的はアタシよ! じゃあ、アタシが行けば解決じゃない!」
「うーん。それは駄目だよ。京香ちゃんはコウちゃんの後輩だもん。そんなことさせられないよ」
あかねが京香の言葉を聞き入れるつもりが無いのは明らかだった。
「ッ! あいつは、先輩はどうするんのよ!? 二人で一緒に成るんでしょ!?」
「あ、やっぱり京香ちゃんあの時起きてたんだ」
アハハ。その笑顔はいつも通りで、第六課副主任らしいムービーメーカーたる不知火あかねの物だった。
その眼がチラリとヤマダを見た。
アイコンタクト。ラプラスの瞳を着けていなくてもヤマダにはその意味が分かっただろう。
――ええ、分かっていますよ。
眼を伏せたのは一瞬で、ヤマダは直ぐにセバスへと命令した。
「Entangle」
燕尾服の裾が分裂し、血の触手が一瞬で京香の全身に絡み付いた。
予想外の攻撃に京香が眼を見開く。
小物バックからヤマダはすぐさま拘束用睡眠スプレーを取り出し、京香の顔に吹きかける。
京香は眼を見開き、睡魔に無意味な抗いを見せた。
「コウちゃんを……いや、良いや」
「あ、かね、さ――」
伸ばされた手はあかねに届く事なく、トサリと落ちる。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリ。京香が操っていた砂鉄と鉄球が地面へと落ちた。
「ん? 何だい? 清金京香を私達にくれるのかい?」
「冗談はよしてよ。大切な後輩をあげる訳ないじゃん」
アハハ! あかねが力強く笑う。
「おーほっほっほっほ! あなた達くらい、フレデリカ様とあかねで充分だって言っているのよ!」
トレーシーの銃口とアイアンテディの爪が真っ直ぐに前方へ向けられる。
その様に、カーレンがスッと眼を細めた。
「死ぬよ、あんた」
「死なないよ私は。まだ、やりたい事が一杯あるからね」
ジリジリとした緊張が走る。どちらもタイミングを計っているのだ。
その中でヤマダはセバスへ号令をした。
「セバス、逃げなサイ」
「ええ、お嬢様」
ヤマダを抱え、京香を血の触手で抱き、セバスがその全身を躍動させる。
それが合図だった。
「行くよフレデリカ!」
「おーほっほっほっほ! ええ、行きましょうあかね!」
あかねとフレデリカは突撃し、戦闘音が鳴る。
ヤマダはあかねとフレデリカの姿を最後まで、見えなくなるギリギリまで見ていた。
***
「……」
京香とあかね達が襲撃を受けたという報せを受け、幸太郎が駆けつけた時、もう全てが終わっていた。
ザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザー!
ザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザー!
ザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザー!
叩き付ける様な雨。
幸太郎の眼下ではあかねが仰向けに倒れていた。
一見すればただ寝ている様にも見える程の穏やかな顔。
だが、その胸に、心臓部分に空いた大穴は、彼女の生を否定する。
そのすぐ近くでは至る所が凹み、炎で炙られ酸化したアイアンテディがぬいぐるみの様に座っていた。
アイアンテディの中からはもうフレデリカが回収されている。
幸太郎の周囲では間に合わなかった救援の第一課、後始末の第三課が敵の痕跡を探していた。
幸太郎は膝を折り、あかねの頬を触った。
雨に晒されたその頬からは一切の熱が感じられなかった。
あかねの体を幸太郎は強く抱き締める。
死後硬直はまだ始まっていない。
「あーちゃん」
冷たい体は未だ柔らかかった。




