⑥ 第六課副主任
ゴジョウと名乗った男は笑う。
――キョンシーが二体。ハッカイという方は最低でもフレデリカ並みの膂力を持ったパイロキネシスト。ゴクウもPSI持ちですかね。
ヤマダは冷静に分析する。ラプラスの瞳から送られてくる0と1のデジタルデータは前方二体のキョンシーが体中を機械化した改造キョンシーであると見抜いていた。
――キョンシー自体の身体能力はこちらよりも上。まあ、改造してませんし、これは仕方ありません。問題はPSI出力ですか。
こちらにはセバス、フレデリカ、京香とPSI持ちが二体と一人居る。身体能力で劣った相手に勝ち目があるのはPSI戦のみ。
――不確定要素が多いですね。
増援が来るまでしのぎ切れるか。とても微妙なラインだった。
「ヤマダちゃんと京香ちゃんは前に出ないで。特に京香ちゃんは絶対よ」
前方、フレデリカのすぐ後ろに立つあかねがこちらを見もせずに指示を出す。
「あかねさん、アタシも前で戦うわ」
「ダメ」
前に出ようとする京香をあかねが鋭い言葉で止めた。拒絶の意思が声には込められている。
「敵は京香ちゃんが目的なの。わざわざ前に出すわけにはいかない。京香ちゃんとヤマダちゃんは逃げ切れる位置から私とフレデリカをサポートして」
トレーシーの銃口をクルリと回し、あかねが「ふーっ」と前を見据えた。
「フレデリカ!」
「ええ! 行きましょうあかね!」
おーほっほっほっほっほっほ!
フレデリカの笑い声が響き、アイアンテディが再度突撃を開始する。
テレキネシスによって操られた鋼鉄の四肢はアスファルトを割り、巨大質量の塊と成って敵へと突撃する。
「ハッカイ、今度こそ燃やしてやりな!」
「ぶおおおおおおおおおおおおおおおお!」
豚顔のキョンシーが雄叫びを上げてアイアンテディへと突撃する。
鉄と肉。二つの巨体の距離は一瞬にしてゼロに成った。
バッチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
ハッカイの両手がアイアンテディの腕を狙った。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
アイアンテディがハッカイの顔面へと頭突きする。
豚鼻が砕けるが、ハッカイの腕は止まらない。
「フレデリカ様に同じ手は通じないわよ!」
アイアンテディの爪がハッカイの両腕へと突き刺さった。
この爪は特別性。アイアンテディの中で最も硬く、鋭い。
ブシュウウウウウウウウウウウウウウウウ!
ハッカイの腕から薄紅色の人工血液が噴き出した。
「千切れなさいな!」
グワンとアイアンテディが腕を捻らせ、爪がハッカイの右腕を引き千切る!
――左腕は死守しましたか。
腕の回転に合わせたのか、ハッカイは左腕からフレデリカの爪を外した様だ。
直後、アイアンテディの陰からあかねが横に飛び出し、ハッカイの顔面へトレーシーを構えた。
たとえ耐電加工がされていたとしても蘇生符を直に狙えば関係無い!
「ゴクウ、守れ!」
「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
しかし、あかねがトレーシーの引き金を引く直前、ハッカイが間に体を割り込ませる。その体は宙に浮き、足元には強烈な風の渦が巻いていた。
――なるほど、エアロキネシスですか。
パシュ! キン!
トレーシーの電極はゴクウの金属棒によって弾かれる。
「そのまま殴り殺せ!」
すぐさまブオンと金属棒をあかねの脳天へと振り下ろされる。
あかねは最小限のステップで鉄棒を躱すが、空中からゴクウは詰め寄り、あかねへ鉄棒を振り下ろし続けた。
改造キョンシーの膂力で振るわれる金属棒。テンダースーツの防御機能を貫通するほどの威力があるだろう。
あかねはギリギリで避け続けているが、人間の身体能力ではすぐに捕まるのは目に見えていた。
けれど、こんな時、フレデリカは再び突撃するハッカイを相手しており、手が伸ばせない状況だった。
ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
ハッカイの口からパイロキネシスが吐かれ、アイアンテディの表面を燃やす。
「おーほっほっほっほっほっほ! 豚がこのフレデリカ様を焼くなんて百万年早いわ!」
フレデリカはテレキネシスでアイアンテディを操り、炎から逃げ続ける。一か所に留まっては内部の自身にまで熱が届き、壊れてしまうからだ。
「ゴクウ、ハッカイ、清金京香を狙うのも忘れるな!」
「行かせない!」
あかねとフレデリカはこちらへとキョンシー達が来ない様に立ち回っていた。
戦いは十から二十メートルの位置。
――私達に出来るサポートは。
ヤマダは即決する。この場で自分達に出来るサポートは狙撃だ。
「キョウカ、あの猿と豚を止めまショウ。合図をしたら固めた砂鉄を撃ち出してくだサイ」
「分かった」
悔しそうな顔で京香は頷く。
ジジジジジ。ラプラスの瞳のダイヤルを回してヤマダは敵の動きを計測する。
たとえPSIキョンシーだとしても必ずその動きに綻びが出る瞬間がある。
ヤマダは人差し指を伸ばし、タイミングを計る。まず狙うべきはあかねを狙うゴクウだった。
ラプラスの瞳がゴクウの動きを0と1でヤマダへと伝える。視覚情報の暴力を涼し気な顔でヤマダは取捨選択する。適切に取り出した情報から未来を予測するのは容易かった。
ヤマダは猿へ指差し、三秒後、京香へと合図を鳴らす。
「いマ」
「くらえ!」
京香の瞳の光が僅かに強くなり、拳大に固められた砂鉄が真っ直ぐに撃ち出された。
砂鉄の塊は途中でPSI有効範囲を離れ、空中で分解し、ゴクウの上半身へと激突する。
「キイイイイイイイ!」
――やはりあの猿のエアロキネシスは足元にだけ出力できるようですね。
ジャリジャリ。重さも硬さも失ったが、その分広さを持った砂鉄の一撃。
視界が黒く染まり、ゴクウが声を上げながらバランスを崩した。
あかねに振り下ろされた金属棒は空を切った。
その隙を見逃す第六課副主任ではない。
「ナイスアシストだよ!」
あかねはあろうことかその場で跳躍し、空中のゴクウの腰へと左腕で飛び付いた!
「ゴクウ、吹き飛ばせ!」
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ゴクウの足元で生まれた強烈な突風があかねを吹き飛ばそうとする。あかねの細腕ではしがみ続けるのは不可能だ。
だが、一瞬、ゴクウとあかねの距離はゼロに成った。
あかねの自由な右手。そこにはトレーシーが握られている。
エアロキネシスで吹き飛ばされる刹那。突き出したあかねの銃口がゴクウの顎へと接着する!
「零距離なら避けられないよね!」
パシュ! 炭酸ガスとスプリングが弾け、ピンクのテーザー銃がその役目を全うする。
電極がゴクウの顎に突き刺さり、その瞬間、風圧に負けたあかねの体が浮き上がった。
「かち割ってやれ!」
ゴクウが金属棒を振り上げる。だが、それよりも一手早くあかねがテーザー銃のもう一つの引き金を引いた!
ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!
十万ボルトがキョンシーの全身を駆け巡る!
耐電加工もこの距離では意味が無い!
顎から流れ出した電流は一瞬にしてゴクウの蘇生符を破壊した!
「ハッカイ! 浮いてるそいつを焼き殺せ!」
「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ハッカイが口の照準をあかねへ向ける。宙へ浮いたままの彼女では回避も防御も不可能だ。
けれど、あかねの表情に一切の迷いは無かった。
「Splash」
「おーほっほっほっほ!」
セバスから拳大の血の砲弾が射出され、力強くアイアンテディの爪が伸びた!
血の砲弾は真っ直ぐにハッカイの顔面に激突し、その場で弾ける!
バッシャアアアアアアアアアアアアアア! 圧縮された血の砲弾は一帯を血で染め上げた。
これはただの目くらまし。ハッカイの動きが一瞬だけ遅くなる。
その一瞬でアイアンテディの爪がハッカイの首へと迫った。
――流石ですあかね。二択を迫りましたか。
ハッカイには、正確にはそれを指揮するゴジョウには二つの選択肢があった。
一つはハッカイに回避命令を出すこと。そうすればハッカイはフレデリカの爪からギリギリで破壊を免れるだろう。
もう一つはこのままハッカイにパイロキネシスを発動させること。そうすれば、あかねを焼き殺せるが、ハッカイの首が飛ぶ。そうなればゴジョウに生き残る未来は無い。
自分の命を天秤に。
自分の命を賭けた大博打。
可愛らしい顔をしてあかねの戦い方は幸太郎にとても近かった。
「避けろ!」
果たしてゴジョウが選んだのは自分の命だった。
ハッカイはその身を捩り、後方へと転がる。
ザシュ!
避け切れなかったアイアンテディの爪がハッカイの首を半分切り裂いた。
ゴロゴロゴロゴロ。
図らずも、あかねとハッカイ、両者が地面に転がり、各々パートナーの隣で立ち上がった。
――筋を痛めていますね。
無理のある体勢で動いたからだろう。テンダースーツで衝撃が吸収されているとはいえ、あかねは肩の筋を痛めていた。
「さ、続きをしようか」
痛みをおくびにも出さず、あかねは口元に笑みを貼り付かせたままトレーシーを構え直した。




