⑤ アニマルズ
「セバス、PSI発動を許可しマス。血を飲みなサイ」
「承知いたしました、お嬢様」
セバスが牙をヤマダの首筋へと突き立てる。ゴクリゴクリと血が吸われ、セバスの背中が真っ赤に弾けた。
セバスのPSIはハイドロキネシス。ヤマダの血が混ざった液体を制御する能力だ。
弾けた血はセバスの周囲を回り、血の燕尾服を形成する。
血が失われ、僅かに暗くなった視界を無視し、ヤマダが小バックから大小の目盛りが付いた武骨なゴーグル、ラプラスの瞳を取り出して装着する。
警戒態勢が完了するのに僅か五秒。見ると、京香もシャルロットを盾の形に展開し、周囲に砂鉄と鉄球四つを纏わせていた。
「アカネ、どうしたのデスカ?」
「分からない。でも敵が来てる。狙われてるねこれは。フレデリカ、いつでも飛び出せるように」
「おーほっほっほ! 任せなさい! どんな相手でもフレデリカ様が圧し潰してあげる!」
あかねは鋭い観察眼の持ち主だ。幸太郎の直感とは違い、訓練によって手に入れたそれに第六課は何度も助けられたのだ。
――本部に連絡しておきますか。
セバスチャンに抱かれたまま、ヤマダは見もせずにスマートフォンで本部へ連絡する。しばらくすれば応援が来るはずだ。
「狙ってるのは分かってるよ! 出てきな!」
前方へあかねがトレーシーを構える。視線にブレは無い。既に敵の場所に目星を付けているのだ。
ジリジリジリジリ。ダイヤルを回し、ラプラスの瞳でヤマダはあかねの視線の先を見る。
「……見つけマシタ。前方三十メートル先。繊維工場の三階に潜んでいマス。人間が一人、キョンシーが二体ですね」
「了解。流石ヤマダちゃん。京香ちゃん狙える?」
「任せて」
この中で中遠距離の攻撃手段を持つのは京香だけだった。
ビュン!
京香が即座に鉄球を一つ放った。
強烈なPSI磁場で射出された鉄球は真っ直ぐにヤマダが示した地点へと激突する。
「フレデリカ!」
「おーほっほっほ!」
あかねの左手がアイアンテディの耳を掴み、フレデリカが突撃を開始した。
「ヤマダ! アタシ達も!」
「分かっていマス」
ヤマダ達もあかねに続いて敵へと突撃する。
時速六十キロメートル。人体では不可能な速さで鋼鉄のクマがアスファルト割りながら走っていく。
すぐさま、アイアンテディは鉄球によって破壊された工場の一角へとたどり着き、その場で大きく跳躍した。
「くらいなさいな!」
距離を詰めたアイアンテディがその爪を振るう。
ガガガガッシャアアアアアアアアン!
コンクリート製の外壁がクッキーの様に割れ、瓦礫の雨と共にそこから三つの人影が飛び出した。
パシュ! パシュ! パシュ!
アイアンテディに腕一本でしがみ付いたまま、あかねが下方に飛んだ敵影へトレーシーの電極を放つ。
しかし、敵の反応は早い。
「ゴクウ、打ち飛ばせ!」
男の声がし、キンキンキン! とトレーシーの電極が弾かれた。
「フレデリカ! 圧し潰して!」
「ええ!」
壁を蹴り飛ばし、フレデリカがアイアンテディの巨体で敵へと落下する。
「ハッカイ! 受け止めろ!」
だが、これを一つの巨大な影が真正面から受け止め、アイアンテディの両腕を掴んだ。
アイアンテディを着込んだフレデリカの膂力は世界でも有数である。それを真正面から、しかも落下の威力が加わったにも関わらず受け止められ、あかねが眼を丸くした。
男が続く命令を出したのは直後だった。
「燃やせ!」
ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
瓦礫の雨の中、巨大な炎が影の口から生まれ、アイアンテディごとあかねを焼いた。
爪を握られ、あかね達は逃げられない!
直後、自身の有効攻撃範囲にまでヤマダ達は到着する。
「離せ!」
京香が駆け、煙の中、炎を吐くキョンシーを回転した鉄球で狙う。
それらは彼女の狙い通り、煙の中でキョンシーの頭と腰、アイアンテディを拘束する腕を捉え、バランスを崩した。
「ありがと京香ちゃん!」
すぐさま、炎の中でアイアンテディが身を捩り、爪の拘束を剥いで炎から離脱する。
「お前が〝清金京香〟だな! ゴクウ捕まえろ! 殺しても構わん!」
男の声が聞こえ、ゴクウと呼ばれたキョンシーが煙の中から飛び出した。
「!?」
そのキョンシーの姿を見て京香が顔を強張らせたのがヤマダにも分かった。
煙から現れたキョンシー。蘇生符の奥に見えるその顔は猿の物だった。
「Whip」
セバスの肩口から生えた血の触手が猿のキョンシーの蘇生符を狙う。
ピンポイントに蘇生符破壊を狙ったカウンターの一撃。けれど、猿のキョンシーは見事に左手の棒でセバスの鞭を防御した。
僅かな時間。アイアンテディと共にあかねがヤマダの前に、京香がヤマダの後ろへと戻った。
敵との距離はおよそ十メートル。瓦礫で生まれた煙はもう晴れていた。
「……何あれ? あれもキョンシーなの?」
京香が信じられない物を見たかのような声を出した。
煙の中、現れたのは一人の人間と二体のキョンシー。人間はドレッドヘアをしており、何故か破戒僧の様な風貌していた。
異常な見た目をしていたのはキョンシーだった。
二体のキョンシー、それらの顔は〝獣〟の物だった。
ゴクウと呼ばれたキョンシーは猿の顔をしていた。身長は小柄で、身の丈ほどの金属棒を持っている。
ハッカイと呼ばれたキョンシーは豚だ。見上げる程の大柄で、ヤマダくらいならばすっぽりと入れてしまえそうな太った腹をしている。
人間のベースに無理やり動物のパーツを混ぜ合わせた醜悪さが目の前のキョンシーにはあった。
多少燃えた頬を触り、あかねが前方の敵へとトレーシーの銃口を向ける。
「お前達は何、目的を言いなさい?」
その質問へ破戒僧の様な男が眼を笑わせながら答えた。
「俺達はメルヘンカンパニー。チームコードは〝西遊記〟。そこのPSI生体を雇い主がお求めでね。奪いに来たのさ。ああ、俺の事はゴジョウとでも呼んでくれ、これもコードネームさ」
「メルヘンカンパニー。ドリーミングビューティーなんてふざけた薬をバラまいてた組織ね」
「ああ、お前達に最近潰されてるアレのことな? アレは俺達だって本意じゃねえだぜ? 雇い主がバラまけバラまけってうるせえからしょうがなく運び屋やってんのさ」
「ほざくね。そんな変なキョンシー連れてるくらいだし、頭も茹ってるのかな?」
あかねが顎でゴクウとハッカイを指す。
ヤマダはこれらキョンシーについて覚えがあった。
「……アニマルズというキョンシーデスネ。脆弱な人間のパーツを動物に置き換えルことでキョンシーの性能を上げるという眉唾なキョンシーシリーズ。とっくの前に研究開発は凍結したはずデスガ、実用化は誰がしたのデスカ?」
「へぇ! すげえなそこのゴーグルメイドの嬢ちゃん。こんな超々々マイナーなキョンシーシリーズを知っているなんて。ああそうだ、こいつらはアニマルズの完成品さ」
※ドリーミングビューティーを流通させていた組織名をフェアリーテイルからメルヘンカンパニーへ変更しました。




